第二の策略 |
その頃、東部戦線から突然姿を消したベニテングの部隊はエノキンの追撃を避けて、以前エミールたちが身を隠していた大森林地帯の村、ブルーシャトーに居た。 エノキンにしても、あの村は皆殺しにしたはずという油断があったのかもしれないが、ベニテング部隊の行動はまさにエノキンの虚をついたものであった。 武闘派として名を馳せた彼等ではあるが、ただ力押しだけの部隊では無い。 戦場で生き残るための術を心得たゲリラ戦のプロ集団である。 こと戦場においてはエノキンの密偵の裏をかくなど雑作もないことであった。 そして大森林地帯の奥地に拠点を置き、独自の情報網をもってエノキンの動きを監視していたのであった。 「やはりそうか・・・・・」 部下の報告にベニテングは顔をしかめた。 「ヤツらは遺跡で発見した物の一部を大王様に報告しておりません。」 部下の報告が続く、 「ううむ、エノキンのヤツめ何を企んでいる・・・まさか大王にとって変わるつもりか?」 「ヤツらの行動からするに、その可能性も否定はできません。」 ベニテングは暫しの沈黙の後、部下の男に言った。 「ならばこちらも手を打っておかねばな、マッシュを呼べっ。」 「はっ。」 男は命令を確認すると、急ぎ足でベニテングの部屋を飛び出して行った。 部下が出て行ったのを確認したベニテングは目を伏せ、今まで収集した情報を頭の中で整理し始めた。 ・・・帝国は巨大になり過ぎたのかもしれん。 大王の掲げる理想も末端まで浸透しているとはとても思えない。 兵士のモラルもここ最近は著しく低下している様子だ、このままでは民衆の意は帝国から離れてしまうではないか。 あそこまで巨大化してしまっては、とても大王が全てに目を配るのは不可能だろう。 本来ならば忠実で優秀なブレーンによる補佐が必要となる規模だ。 だがしかし、大王はその選択を誤った。 たしかにエノキンは優秀な頭脳たりえるだろう、だが奴はそれ以上に狡猾だ。 奴は自分に大王程のカリスマが無い事を知っている、それ故に権力に媚び、力を求めているのだろう。 たしかに大王は武力と言う手段を用い、強引に勢力を拡大してきた。 エノキンはそれに協力を惜しまなかった。 だがそれは、帝国の拡大が奴の利害と一致したからに過ぎないと言う事にどれだけの者が気付いているだろうか。 奴にとっては帝国も大王も自分の欲望を満たすための道具に過ぎないのだろう・・・・ 「エノキンめ、そう簡単に我々を出し抜けると思うなよ・・・」 ベニテングがそう呟いた時、 「お呼びですか?隊長。」 いつのまにかベニテングの横には地味で貧相な兵士が立っていた。 「相変わらずだな、マッシュ。」 ベニテングは振り向きもせずに笑った。 「やはり隊長だけは出し抜けませんな。」 そう言うとマッシュは笑いながらベニテングの脇腹に突き付けたナイフをひいた。 ベニテングもまたマッシュを狙う銃口を下げる。 なんとも物騒ではあるがいつもの挨拶を済ませると二人は相談を始めた。 そして、しばらくするとベニテングの部屋からマッシュの姿は消え失せていた。 姿無き暗殺者、マッシュの名を知らずともこの通り名を知らぬ物は大陸には居ない。 最も抵抗の激しかった東部戦線においてベニテング部隊が最強とうたわれた所以である。 彼の特徴は、そう、全く特徴が無いというところであろう。 存在感も気配もなく、とりたてて特徴の無い彼の素顔を知るものはベニテングを除き誰も居ない。 隠密行動で彼に匹敵する者は、おそらく帝国軍には一人も居ないであろう。 大陸で最も有名でありながら誰も知らない男、それがマッシュであった。 「ふふん、エノキンめ、策略が得意なのは自分だけとは思わぬ事だな・・・・」 ベニテングはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。 |