第一話「プロロ〜グ」 1998年8月7日深夜 |
蒸し暑い熱気が街を薄っすらと覆っていた。 思ったより早く仕事を終えたミケくんは、安堵のため息をついてタバコに火をつけた。 今日はツイてる!イスの上で大きく背伸びをするとタバコの火を乱暴にもみ消してそそくさと帰り支度をすませた。 部屋のドアを蹴るようにして急いで廊下にでると思い出したようにコッソリとエレベ〜タホ〜ルに向かった。 また上司に捉まってしまったのでは元も子もないではないか、 なにしろミケくんには今日から楽しい休暇が待っているのだ。 ここはシトツ慎重に・・・ 気がつくと神経質そうに何度もエレベ〜タのボタンを押し続けていた。 ビルの外に出ると都会の熱気を持て余した真夏の夜空が今にも一雨来そうな面持ちだった。 もう夜も遅いのか辺りに人影は無くひっそりと静まりかえっていた。 彼は、これからの長旅を思うと気が早った。・・いつの間にかスキップになったりしてる。 突然、スコ〜ルのような強い雨が彼の足下に拡がり、みるみる視界が遮られていった。 慌てて背中に背負ったバッグから傘を探したが、どうにも見当たらない。 彼は首をかしげて、舌打ちをすると意を決したように走り始めた。 近くの地下鉄の駅の階段見つけて足早に駆け降りていった。 雨に濡れた髪の水滴を不機嫌そうに振り払って薄暗い地下に降りていった。 ふと不思議なものが彼の目に入る。 見慣れた階段の中程に不安定に机を構えてそこには老婆の易者が座っているではないか。 そういえばさっきからこっちを見ている。 机に置いたロウソクの炎に浮かび上がった皺だらけの顔、白髪だらけの前髪に隠れた目が妖しく光っていた。 行く手を塞ぐようにして座っている老婆の不自然な姿に彼は一瞬ひるんだものの先を急いでいたので老婆を無視して通り過ぎようとした。 その瞬間何かがミケくんの目の前を遮った。その老婆だった。そんなバカなっ! 階段のステップににレ〜ルがついているのが目に入った。 ババァは机ごと横にスライドして来やがったのだ。 駅員に怒られるぞ勝手に階段にこんな動力システムつけたら・・と思った。 ミケくんのと老婆は20cmで向き合った格好になる。 不気味な緊張感が走り抜ける。 雨脚はさらに強くなり、まるでビジネス街を飲み込もうとしているかのようであった。 老婆はしわくちゃの顔をさらに歪めて、意味深に間を置くと搾り出すようにミケくんに向かって叫んだ。 「アンタっっ、やめといた方がいいよっっっ!」 と、その瞬間耳朶を打つほどの雷鳴と目も眩むような稲光が走った。 老婆の顔がピカチュウのように音速で点滅している。 彼は、恐怖にとっさに身構えた。 一瞬の後、我に返ったミケくんの前に老婆の姿は無かった。 再び雷鳴が辺りに轟き五感が麻痺して真っ白になっていく。 目を凝らすと稲光の中で駅員に怒られている老婆の姿があった。 老婆はどやされながら、やけに慣れた手つきでレ〜ルを解体している。 ヤバい電車が来たっっっ!!ホ〜ムにダッシュで駆け降りた。 「脅かしやがって。だがなんか知らんが、あからさまに不吉だっっ」ミケくんは顔をしかめた。 彼の飛び乗った電車は一度傾いで目的地とは逆方向にゆっくりと動き出した。 |