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第四話「んだから今夜だってばさ」
2000年8月18日15:00 仙台
達之はいつものように〆切り間際の仕事の最後の仕上げにとりかかっていた。
合間に行われたミーティングの席で、携帯に電話が入った。
ミーティングが終わってから、ポケットから携帯を出して番号を見てみると…
なんだか覚えの有るような無いような番号が表示されていた。
いったい誰だろう??そう思うまもなく、ドアの前で手招きしている課長の姿が目に留まる。
なにしろ会議続きで目の回るような金曜日だったので、やっと昼食に出られる頃にはすっかりその事を忘れていた。
この時間までランチをやっている店は数軒しかない、幸いなことに行きつけの豚カツ屋なら大丈夫。
食べ終わって達之は新聞を片手にしばし安息の一服を愉しんでいた時、ふと先程の携帯のことを思い出した。
「え〜と、さっきの番号って誰だろう?…ワン切り業者だったりして(笑)」
さほど気にも留めずに、達之は魔法にかかったようにリダイヤルしてみた。
と、時を同じくしてKMの携帯が小刻みに震えていた。
番号を見るやKMはニヤリと笑みを隠せなかった。
五六回ほど呼び出し音がしたあと、達之が切ろうと思った矢先に相手が出た。
この時、一瞬早く切っていれば、あのような事態に巻き込まれなくてすんだやもしれない…
「ふっふっふっ、はいもしもし」そのくぐもった声には、どこか聞き覚えのあるような無いような…
なんなんだ、この不気味な笑い声は…
「…あの、先程お電話を頂いた者ですが」こんな時にも達之は礼儀正しかった。
「ワシワシ!、たっちゃん」いかにも何気なさそうな雰囲気でKMは語りかけた。
「ああ、KMさんか。びっくりした〜」知った者の声とわかって安心したのか、急に達之の声が明るくなった。
「こないだはお疲れさん」KMは網に掛かった罪なき蝶に、蜘蛛のように慎重に躙り寄っていった。
「どうもどうも、KMさんもお疲れ様でした。で、どうしました?」
どこか嫌な予感でもしたのだろう、達之は本能的に不穏な空気を察していた。
「東京組が月曜日に打ち上げOFFやってさ」そこまで言って、KMは達之の言葉を待った。
「はいはい、マスターの掲示板で見ましたヨ。」
「それでね、いやー今夜とか今週末とかは暇かな?と思ってさ。」KMはいよいよ核心に迫ってきた。
「え・・・暇って言えば…暇ですけど…」即答しちゃって、なんだか後から後悔しそうだなと達之は口ごもった。
「よし、決定!今夜ね」鬼の首を取ったかのよう電話の向こうで叫ぶKMの姿が目に浮かんだ。
「決定ってなにが?」仙台組の打ち上げの飲み会かな?とまだ半信半疑だった。
「これで盛り上がりますな、うひひひひ」KMは達之の問いには答えなかった。
達之の疑念がムクムクと起き上がってくるまで、そう時間はかからなかった。
「いや〜コラさんたちも喜ぶな」その時、達之はKMの言葉に我が耳を疑った。
「コラさんたちって…あの…」そのあまりに不吉な名前を聞いて全身凍りついた。
つい先日の旅行でのてんやわんやの大事件が脳裏をよぎって手足が痺れてきた。
「なんか東京組にうまく乗せられちゃったかもな〜。」KMは溜め息混じりに呟いた。
「もしかして…コラさんたち来るの?こっちに…」僅かな望みに縋り付く遭難者のように達之は声を搾り出した。
「いや、行くのは俺たち。」
ガーーーソ!。なんか嫌な予感的中!
従姉妹の子に鳩尾に跳び蹴りを喰らって以来の激痛が走り抜けた。
達之は身体全体に駆け巡るショックに足が震え、にわかに眩暈がしてきた。
「行くってどこに?まさか東京?」自分でも蚊の鳴くような声になっていると感じた。
「経由はね。」KMはどこか面白がっているようだった。
「…経由って、なにそれ?!!!まさか…」強く握り締めた携帯がミシミシと不気味な音を立てて軋んだ。
「たっちゃん、冴えてるね、目的地はなんと例のトコ。」KMは意味深に間を置いて言った。
「ぎゃぁぁああああーーーうそでしょーーー!!こないだ行ったばかりなのにーー!!!」
思わず大声をあげたからか、親子連れの子供が気持ち悪そうに達之を指さしている。
「って誰だって思うでそ?んだからこそMaroさんやSakaさんも腰抜かすわけよ。」意に介さぬとばかりに笑顔で話を進めるKM。
「ちょっと、そんで寄るって…まさか東京経由?」いつしか携帯を握り締めていた達之の指から見る見る血の気が引いていった。
「そう、そのまさか。」サクっと言ってのけるKM。
「ごべべべべ〜〜〜〜!!!ちょっと、それっていつ出発なの?」達之は何がなんだかわからなくなり混乱を極めていた。
「んだから今夜だってばさ。」
「ぐえぇぇえぇえええーーーーーーーーーマジデスカっ!マジデスカっっ!!」
さっき昼食で掻き込んだカツ丼を今にも吐きそうだった!吐きそうだった!吐きそうだった!
「マジマジ、つーことで詳細はのちほど。今夜8時にラブミー牧場のそばのコンビニ駐車場で待ってるから、じゃヨロヨロ〜。」
プチ・・・・ツーツーツー
「・・・なんか、嫌な予感したんだよな・・・」達之は買ったばかりの最新式携帯を地面に擦り付けたい気分だった。


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