Guilty Pleasure Exceed
〜セクシーギルティ活動演義〜


1 〜演義(ヒストリカルストーリー)へと至る道〜

 目の前に掲示されているポスターには、一字一句違えぬように書き写すと、次のように書いてある。

『「新しい」 アイドルのカタチ。―我々の求める、アイドルの理想像を追及します。
 見つける、育てる。―グループのノウハウを生かした、多角的なスカウト活動。それぞれの個性を生かす、独自の育成プログラム。
 心を通わせる、感動の共有。―イメージに囚われない、多方面へのプロデュース展開。
 活躍の場を広く求め、人々と感動を共有します。
 そして、花開く。                   ―346(ミシロ)プロダクション』

 高らかに掲げられた、ここ―346プロダクション―の理念だ。
 なるほど、であるならばこの身に与えられた役割は、三輪の花を咲かせることに他あるまい。
 彼は思い詰めたままに勢い込むと、手元にある資料に目を落とした。
 1秒……5秒……10秒……1分……まるでテスト前、教科書に目を通す受験者のような表情で。
 はっきりと、そこに浮かんでいるのは苦悩である。
 そう、苦痛ではなく、苦悩。
 準備を整え尽くしてその時を迎えても、なお落ち着かない気持ちがある。
 自ら望んでその場にあろうとも……いや、自ら望んでその場にあるからこそ力が入る。熱が籠もる。限りを尽くせるというものだ。
 苦悩は、己が力が足るか否か―その一点に尽きた。
 個性豊かの一言で括るには、余りにも尖りすぎていたが故に。
 346プロダクション内、中層階のとある一室は、一人で悩むには持て余すほど広かった。



 数日前のこと。
 1から昇順に、目紛(めまぐる)しく表示を変えていくデジタルの表示。
 上昇するエレベーターの中にあって、目線は階数を表す液晶パネルに釘付けである。
 専ら上層階への移動に使われる高速エレベーターの中とあって、ずしりと身体に重みが掛かる。
 まとわりつく空気の重さ。
 心持ち、息苦しい気がした。
 浮かない表情。
 これは本来、彼のような一介のヒラ社員が使う道具ではない。
 慣れない重力感が、身体の節々に異物感でもって訴えかけてくるようだった。
 なるべく、早く立ち去りたい。
 そう思った瞬間、扉が開いた。目的とした高層階だ。
 346プロのスカウトマン(・・・・・・)として全国を駆け巡ってきた男に走った、何処よりも名状し難いアウェー(外地)感。
 その正体は、開いた扉の先に広がるフロアで明かされることになる。
 ここ346プロダクション、本社ビル。
 彼からすれば近くて遠い、高みである。



「おお、よく来てくれた。さあさあ、そこにかけてくれたまえ」
 声の主は雲上人…(うんじようびと)…と呼ぶほどには高貴ではないが、少なくともこのビルのグランドフロアと、現在彼らが存在するフロアの高さ程度には、彼から見れば身分が離れている。
 そんな相手からかけられた、穏やかな言葉。まさに慇懃(いんぎん)と呼ぶに相応しい。決して、断じて、あとに無礼と続く類のものではない。
 どうやら、叱責の類ではない……それが感じられただけでも、彼としては有り難い話だった。
「は、はい」
 だからといって、居心地の悪さが完全になくなるわけでもないのだが。
 ともあれ突っ立ったままでいるわけにもいかない。彼は、眼前の人物のすすめに従って椅子に腰掛けた。
 恐る恐る。ゆっくりと。



 その人物の名は、今西。
 ロマンスグレーの頭髪が上品な印象を見る者に与える、いかにも紳士然とした、我が346プロダクションのアイドル部門を統括している人物である。
 役職は部長。
 スタートして間もないアイドル部門ではあるが……いや、スタートしてまだ日が浅い今にあって、老舗プロダクションである346プロが、その企画運営を任せているほどの……である。
 その貫目は、社内にあっても社外であっても、軽いものではない。
 少なくともヒラ社員をすくみ上がらせるには、十分重かった。



「また随分と面白い子たちを、スカウトしたみたいだね」
「き、恐縮です……」
 今西の手にある、三人のプロフィールが記されたシート。
 それは当然のこと、彼がスカウトした人物……アイドル候補生についてのものである。
『面白い』
 どうということもない一言だったが、どうしたことか、それは彼の耳に強く残った。
 それもそのはず、彼も彼女たちに対して全く同じ感想を抱いたことが、スカウトするきっかけ……契機になったのだから。
 耳目を奪われたからこその、スカウト。
 そこに、信じるに足りるだけの価値を見出せばこそだ。
 ゆえにこの恐縮は、上辺だけのものではない。
「大柄な酪農家の娘さんに元婦警、そして超能力者……と言い張っている子……で、いいんだね? 兎にも角にも、個性的な……個性豊かな子たちを見つけてきてくれたものだね。ありがとう」
「は、はいっ!」
 細められた目。
 湛(たた)えられた微笑み。
 好々爺の見本とでも言うべき対応を前にして、今更何を飾るだろうか。
「君が今回連れてきてくれた子たちは、皆、我が社が掲げている理念を、端的に表してくれるだろう……存在することでね」
「多角的なスカウト活動から始まる、多方面へのプロデュース展開! ……の、一翼は担えたと自負しています……」
 仕事を認められた興奮から思わず上擦り、大きくなってしまった声を、後半は意図的に萎ませた。
 しかしこれは、誇るべきにして弁え(わきま)た竜頭蛇尾(りゆうとうだび)であろう。
「うん。今後とも、大いに頑張って欲しい」
「はいっ!」
 蛇はまた竜となり……。
「彼女たちのために、彼女たちとともに、ね」
「……はいっ?」
 再びして、蛇へと戻っては……。
「はい、辞令」
 今西から手渡された紙―辞令書には、このように記されていた。
『貴殿に プロデューサーを命ず』
 発令日は本日付。
 社印も、代表取締役の署名もされている。
 正真正銘とは、こういうことだ。
『えぇェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!』
 最後に現れたのは場を弁えていたとは言い難い、竜の咆哮(ほうこう)を思わせる絶叫であった。



 今西の語る所によれば、彼がプロデューサーに任命された理由は次の通りであった。
 一つ、事業の順調な拡大により、アイドルの数に対してプロデューサーが不足気味であること。
 二つ、プロジェクトありきで採用されたアイドル候補生ではないため、プロジェクトリーダーとしてのプロデューサーが必要なこと。
 三つ、極めて個性に溢(あふ)れる彼女たちをスカウトしたのだから、生じた責任を負うに足る地位を与えるのは、会社としての義務であること。
 ……などと説明されたが、一言で括ればこうだ。

『墨を擦った者が、筆を執れ』

 かくてスカウトマンだった男は、その日を境にプロデューサーとなった。
 力が足りるか否かは、わからない。
 それでも、やるしかない。
 コンコン。
 はっきりと耳に届いたのは、ノックの音。
 沈思瞑目(ちんしめいもく)している暇(いとま)はない。資料から目を切り机に載せると、声を上げた。
 目線を、音のした方へと向けて。
「どうぞ!」
 声に合わせてドアが開き、彼女たちが入ってきた。
 専業スカウトマンとしての、最後の仕事の成果。彼がその資質を見込んだ、三人のアイドル候補生たちだ。
「わー、ここが今日から私たちのお部屋ですかー?」
 及川雫。
 大柄(全体的にだが、特筆すべきは胸部)な酪農家の娘。
「いよいよ本格的に始まるのね……あたしのアイドル人生!」
 片桐早苗。
 公僕の地位を投げ打った婦警。
「眺めもよくて、さいきっくパワーが充実するのを感じます!」
 堀裕子。 
 超能力(さいきっく)をウリにやってきた少女。
 この三人をアイドルとして売り出していくこと……それがこれからプロデューサーとして、彼が果たすべき使命なのだ。
「おはようございます!」
「おはようございますー」
「おはよう♪」
「さいきっく……おはよう!」
 挨拶一つに溢れ返る、三人それぞれの個性。それだけでも、多難な前途を予感するには十分過ぎた。
「今日からプロデューサーとして、皆さんのアイドル活動をサポートさせて貰います! よろしくお願いします!」
 過ぎたるは及ばざるがごとし。
 度を超えたことで、むしろあっさりと振り切れたのだ。
 出来ることしか出来はしないのだから、出来ることをやるだけだと。
 手始めに、大きい声での挨拶から。



 346プロダクション・アイドル部門。
 これからアイドル界を騒がせ、一大勢力に伸(の)し上(あ)がる存在である。
 その礎はひしめき合っている、数多(あまた)のアイドルたちに他ならない。
 これは、その一片の演義である。
 今はまだ、アイドルとしては何者でもない、彼女たちに捧げられた……演義。 (ヒストリカルストーリー)

 ―誰にも、誰も、予期し得ない―



2 〜誇らしき『罪』(ギルティ)〜

 プロデューサー。
 スカウトマンだった頃はなんとも甘美に聞こえた響きだったが、いざ自分がその地位に立ってみると、どうにもそんな気はしない。むしろ甘美であると自他に説いておかなければ、そのハードワークと釣り合わないのではないか―と、彼には思えるくらいであった。
 来る日も来る日もレッスンの手配に部内外への挨拶回り、同社他社を問わない同業相手を相手に立ち回る仕事の取り合いに経費の確保、プロデュース方針の計画と実行、結果報告のレポート作成……目が回らんばかりの忙しさ。たった三人の……いかに個性豊かとはいえ……常人より手が掛かるとはいえども……アイドルを担当しただけで、この調子。この有り様。
 聞くところによれば、新規プロジェクトで十四人もの新人アイドルをデビューさせる予定のプロデューサーが、アイドル部門内にいるという。しかもそれは、前段のプロジェクトにおける実績を考慮しての人事と計画だとか。
 全くもって恐れ入る話だった。上層階に広いフロアと専属のアシスタントを用意されたとのことだが、わき起こる感情は嫉妬より畏怖、ライバル意識ではなく敬意。
 さておき、大切なのは余所(よそ)の話より、自分たちの話。
 月と鼈(すっぽん)という言葉があるが、鼈には月を仰ぎ見る余裕などないのである。



 プロデューサーの目の前に鎮座している、オフィスユースの仕様にセットアップされたパソコンの画面には、これまたプリインストールされている文書作成ソフトが立ち上げられ、表示されている。
 かれこれ何時間となく眺め続けているものの、埋めるべき空白を文字で埋められずにいたからだ。
 こうなってくると、点滅しているカーソルさえ忌々しい。
「うーん……あとはユッコだけか……うーん」
 何とはなしに、プロデューサーは呟(つぶや)いた。
 特別、何かを期待していたわけではない。
 いや、むしろ期待を抱いていない心情が、思わず漏れたと言った方が正しかったか。
 ともかく先の言葉は、誰に向けたものでもなかった。彼の認識ではこの部屋には、他に誰もいないのだから。
 だがしかし……。
「エスパーユッコ、見参!」
 彼女はいた。すぐそこに。
「おわっ!」
「ふっふっふっ……驚きましたか! 今日の私は絶好調、さいきっくテレポートも大成功です! プロデューサー、全然私に気付いてませんでしたからね!」
「……ってことは、こっそり入ってきたのか?」
「私の足にサイキックパワーを注入してここまで来たんですから、これはれっきとした……さいきっくテレポートです! そのうちプロデューサーの目の前にも、突然現れて見せますよ! 乞う御期待!」
「いや……ああ、うん。まあそのうちに」
 彼女が歩いてきたことは明々白々なのだが、それは今更気に掛けるべき問題でもない。

 サイキックパワー。

 彼女がアイドルとして売り込みたいものは、備わっていると主張しているこれなのだから。
 今更その真偽を問うことには、何の意味もない。
 なにせ、そういう約束で契約したのだから……彼自身が、スカウトとして。



 一目見れば誰もがその存在を意識してしまう、身体の持ち主の雫。
 トランジスタグラマーという言葉を、そのまま体現している早苗。
 先述の二人と彼女……ユッコ(彼女自身がこのように称している)の外見には、強烈な個性はない。
 誤解を招かぬために言えば、彼女は間違いなく美少女と呼ぶに値する容貌(ようぼう)の持ち主である。そこに疑う余地はない。どれほど疑う余地がないかと言えば、彼女自身が『美少女』と公言しても、何人(なんびと)も疑義を呈さぬほどには。
 強烈な……突出したところはないが、均整かつ上質なのである。
 しかし彼女にとっては、それはおまけ程度の価値しか有していない。
 ユッコ自身が考えている、彼女最大のセールスポイント―サイキック。
 平たく書いて超能力。何処も平たい気がしない尖りようではないか。
 特技の超能力を利用したスプーン曲げを世に知らしめるため、アイドルを志す。
 文字に起こすと、一層謎めいてしまう。
 なお困ったことに、彼女がスプーンを曲げることに成功したところを見たものはいない。
物理的に腕力で(かいなぢから)ひん曲げたものを除いては、誰も。
 であるからして、彼女の行動を口頭で否定したり、態度で拒絶することは容易いかも知れない。それを親切とする向きもあるだろう。
 だが、それはできない。
 それが、彼女との約束……いや、契約だったからだ。『サイキックアイドル』として、売り出していくという内容での。
 当初、軽く考えていた。およそ冗談の類だろうと。スカウトして346プロダクションに連れてきてしまえば、あとは自然と薄まっていくはずだと。彼女から路線変更の願いがあれば、それを受け入れてしまえばいいのだから。
 しかし、そうはならなかった。
 アピール用のプロフィールからもそれは消えることはなく、事務所が課したレッスンの合間には、彼女が独自に考えたサイキックトレーニング。
 彼女は自分にそれができると、本当に信じて疑っていない。

 ともかくそれが、ユッコと自ら称する少女なのだ。



 雫や早苗のスカウトの折にもかなり無茶なことをしたものだが、説明に窮するという点においてはユッコの方が上だろう。
 世の中には、偶然などないと説く向きもある。
 ならば、この場にプロデューサーとして存在することも、あるいは必然なのか?
 あるいは彼女たちをスカウトした時点で、運命の名の下にこうなることが決定されていたのか……?
 いずれにせよ、彼がプロデューサーとして片付けなければならない問題は、サイキックに連なることではない。
「それはそれとして……私のことを呼びませんでしたか? さっき、ユッコがどうのと言っていたような気が」
 もっとアイドル活動の根幹に関わる、大事なことだ。
「ああ、さっきのは……これのことだ」
 ディスプレイの首を回して、ユッコの方へと向けた。
 トコトコと歩いてきて、興味深そうに覗き込む。
「……ユニット名?」
「上から急に、今日中に決めろって言われてなあ。どうも仕事を取ってきたらしいんだけど、処理の都合上どうしても名前が必要らしいんだ。早苗さんや雫にも聞いたんだけど、どうもピンと来るものがなくってね」
 早苗のアイデアは、余りにも俗っぽいのが多すぎて使い物にならなかった。イロモノ臭が漂うものばかりで。そこには、お堅い仕事に不向きな自分を自覚したところでの転身という、彼女の個性が光っていた。望まれない場であるにも関わらず。
 それは即ち、彼女だけを形容するものでしかない……ということだ。
 一方の雫からは、アイデアの供出がされなかった。
 彼女は素直で真面目な人間である。不真面目にことに当たった結果ではない。
 真面目であるが故に考えすぎてしまい、形になるアイデアを示すに至らなかったのだ。
 早苗やユッコの特徴を含んだ、最大公約数狙いの思考。
 正面からぶつかっていった結果、疲れ果ててしまったのだ。知恵熱を出してしまうほどに。脅威のタフネスを誇る彼女が、である。
 迫り来るリミット。
 纏(まと)まらぬアイデア。
 先程の呟きは、残された選択肢をなぞったということ。
 ただ、未選択であるという理由を主として。
 正直言って、それほど期待値が高くはないのだが。
「ふっふっふっ……そういうことなら、このエスパーユッコにお任せあれ! さいきっくテレパシーで、正解を読み取ってみせます!」
 これがテストの類なら、その可能性は否定されるべきではないだろう。テストは所詮、正解が用意された問題でしかないからだ。
 しかし、ユニット名の正解という用意されていないものを、一体何処から読み取ろうというのか。
「……どこから?」
 素朴にして、重要な疑問である。
 怪訝(けげん)な表情を浮かべ、隠そうともしないプロデューサーに、ユッコが自信満々で答えを叩き付ける。
「それは……ズバリ、未来の私からです!」
 言い切った瞬間の、曇りなき瞳。
 やる気に充ち満ちた、晴れやかな表情。
 その眩しい笑顔には、立ちくらみさえ憶えた。
「あ、あぁ……」
 勢いに圧され、頷くことしかできないプロデューサー。
 彼は思った。
 今西部長の判断は、このおよそ最も正解に近かったのだと。
 スカウトという身分に託け(かこつ)て彼女を人任せにすれば、無責任の誹(そし)りは免れ得なかっただろう……。



「ムッ! ムムッ!! ムムムッ!!! ムムムムッ!!!! ムムムムムッ!!!!!」
 ユッコは鉛筆を握りしめ、祈り、囁き(ささや)、詠唱し、念じている。
 時折口の端々から漏れてくる呻き声をプロデューサーなりの見識で翻訳したものだが、恐らく大きくは異なっていないだろう。
 鉛筆が灰になったり消えたりしない分だけ、有益である。
 何を生み出すこともなく、時間は過ぎていった訳だが。
「ハァ……ハァ……プ、プロデューサー……」
 何度目かの念を送り込む作業を行った後、やおらユッコが口を開いた。
 日本語として明確に意味を有する言葉が出て来たのは、一時間ぶりくらいだろうか。
「お、何か出てきたか?」
 プロデューサーは、いかにも軽い調子で尋ねてみた。
「今日はどうも、テレパシーの日じゃないみたいです! 調子は悪くないんですけど、なーんにも浮かびませんでした! はい!」
 ユッコの言葉に無言で、頭を(こうべ)垂れてみせた。
「いやー、今日は知恵の輪が一瞬で壊せ……じゃなくって、外せたんで、冴えている日だから余裕でいけると思ったんですけどね! これじゃあサイキック美少女のエスパーユッコじゃなくて、ただの罪作りな美少女、セクシーユッコになっちゃいますね! 弱りました!! さいきっく大ピンチ!」
 それに引き換えユッコは、なんとも軽かった。
 声色も、態度も、表情も。
 そう長くもないフレーズの中に、これほどのツッコミどころを盛り込むセンス。
 失敗をものともしない、ハイテンションの源泉たる、揺るぐことのない自己肯定。
 取り扱いを誤らなければ、間違いなくトップアイドルの器である。例えば連続63週に及ぶオーディションの嵐を潜る羽目になろうとも、平然と駆け抜けてくれるに違いないのだ。
 今は、そのような過酷な時代ではないが……。
 さておき、どのフレーズから突っ込んだものか。
 湿気た顔をして唸(うな)っていればアイデアが湧くというものではない。せっかく彼女が用意してくれたツッコミどころが、これほどにあるのだから、ツッコまぬ手はない。
 最もプロデューサーの耳に残った、彼女の一言は……。
「セクシー……ユッコ?」
「早苗さんや雫ちゃんと私がユニットを組むのは、セクシー系だからですよね! 分かってます、グラビアモデルでも温泉旅館のコマーシャルでも……なーんでもこなしてみせますよ! この……さいきっくパワーで!」
 彼女たちが組むに至った理由は、彼が立て続けにスカウトに成功したという一事に起因している。深い意味はない。特に説明する必要もないので、これは伏せておくことにする。
 巡り合わせで同期となっただけなのだ。雫と早苗に限れば、ある種のテーマを抱えているように見えるのも無理からぬことだが。
 そう、雫は言うに及ばず早苗も、はっきり言って規格外のボディの持ち主である。その二人の中にあって、全く気負うことなく『セクシー』と言ってのける胆力。
 その器は、これも規格外と評されるべきだろう。

 セクシー。

 プロデューサーの脳裏を、稲妻が駆け巡った。
 ユッコが雫や早苗に引け目を感じない……いや、むしろ比肩すると思っているのなら、これを推していかぬ理由は、どこにもないと。
「セクシー!」
 プロデューサーは、気付いたときには絶叫していた。
「プ、プロデューサー!?」
「そうだ、セクシーだ。悪くない。推していくには十分だ。ただ、もう一声……何かあるはず!」
 特徴の特徴を余すことなくパッキングしうる、魔法のような言葉。
「罪作りなまでのセクシーさ! 私が罪作りな美少女なら雫ちゃんもそうですし、早苗さんも美人です! バッチリ決まりますね!」
 それは、知恵の輪が解ける感触。
 いや、力業で砕いたと言うべきか。
「……それだ! それだよユッコ! できた、できたぞぉ!」
「本当ですか、プロデューサー!」
「ああ、どこかしらから言葉が飛んできた。これがサイキックなのかテレパシーなのかは、俺には分からないが」
 インスピレーションという言葉は、ひらめきとも霊感とも訳される。
 そのどちらも本来、内在するものではない。
 正体など、分かるはずがない。
「両方ですよ! なんたってこのエスパーユッコの超能力は、みんなを悦ばせるためにあるんですから……ふふふふふっ♪」
 ……分かるはずもないと思っていたが、どうやら、案外そうでもないらしい。
 サイキックパワーに人の形がないと、どうして断言できるだろうか。彼女が、目の前にいるのに。
 他に誰もいない―ディスプレイさえいつの間にか二人から顔を背けている、この部屋の中で。



『セクシーギルティ』
 これがプロデューサーとして、彼女たちに与えた名だ。
 人の心を騒がせる存在が、罪でないはずはないのだ。
 それは人の世にあって珍しく、祝福されるべき、誇らしき『罪』(ギルティ)のカタチ。

 ―それをして人は、彼女たちをアイドル(偶像)と呼ぶ―

(続く)



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