九官鳥の九ちゃん

暑い。大阪の夏はねっとり、ねばねばしつこくビルもコンビニも公園も商店街も包んでしまう。

そのねばねばが家の中にも侵入して体も椅子もねばねばにしてしまう。

過酷な環境の中でも生き延びた僅かな昆虫や小動物はアスファルトやコンクリの上で

平面図のような姿で生涯を終えている。

炎天下、虫の足が一本動いていると思えば、蟻達が餌として運んでいるものだった。彼ら、壮絶に黒く、働いている。



ぴっ、ぴりっ、ぴかっ。

1、2、3、・・秒

かっ、がら、がらがらがら。  ボカーーーン。  ゴロゴロぐろぐろぐろ。

「チロリラー♪、チロ〜リラ〜♪おいっちょ」

閃光と落雷の中、のんきに歌っている腹の据わった鳥がいる。

九官鳥である。

おーい、お前な、恐ないのかー、と突っ込むと

「ふぁ、ふぁ、ふぁ、ふあーーーっ」 といたって暢気(のんき)そうである。



とある休日のこと。

その日は予定通り惰眠を貪っていた。

ピンポーン。ピンポーン。

誰か来た。布団在住の中で、きっと集金人や。いや、訪問販売やからええわ。と自分に言い聞かせていると

家の中から「ハーーイ、○○ですがー」と返事をする者がいる。外の人もそれが聞えたのか「えーと○○ですがー」と

応答している。んっ、嫁(妻)がいたんやと安心していた。

ところが・・、なんども同じやりとりをしている。ん。んっ・・。むむっ。

おおっ。しっしまったー !

急ぎ服を着替えて、狭い家、3歩も行くと玄関のドア。勢いで開けると、もうそこには誰もいなかった。

お前な、またやったなとつぶやいても、遊んでくれへんからやといいたげにピョコタンピョコタンと

止まり木を行ったり来たりしている。その表情は強気の亀の目にとぼけたくちばし。いつも通り微塵(みじん)も表情がない。

特別に教えなくとも喋り好きな何割かの九官鳥は日常会話やテレビの音、外の音を気まぐれに拾っている。

そう、そしてそのタイミングや、やり取りの音声は絶妙である。



よくなりすました話はこれだけではない。電話。。

これもまた予定通り惰眠を貪っていたある日。

プルルルッっと電話が鳴った。

きっと誰かでてくれる誰か誰かとタカをくくって寝ていると「ハイもしもし○○ですがー」と嫁の声がした。

それっきり何の会話もない。これは間違い電話かなんかだなと思っていた。

突然またプルルルッっと電話の音。

間髪いれず「ハイもしもし○○ですがー」プルルルッ「ハイもしもし○○ですがー」プルルルッ

やられた。

最初の電話はタイミングよく切れたのである。

何年も日本にいて日本語を覚えない名監督もいるかと思えば僅か2年で意味も分らずペラペラな鳥もいる。



これもほんとうにあった話です。電子レンジ。。

弁当を温めようとレンジに入れ時間をセットしてテレビを見ていた。

ピーピーピーっと終了の合図。

えらく早いなと思いつつもレンジを覗きにゆくと、明るくまだテーブルが回っている。

彼は止まり木の上で、ヤッタとばかりに嬉しそうにマサイステップを踏んでいた。

九官鳥にとっては電子音も当り前のありきたり、ユビキタスなのである。



九官鳥の権利意識。水浴び。。

九官鳥はほんとうに水浴びが好きである。

朝になって自分が一番に水浴びするものだと思いこんでいる。

そこに自分より先にシャワーの音をさせる者がいると大変である。

最初はビッビッ(警戒音)終いにはピーピーと悲愴な鳴き声をたてる。

最後には「シンドイワー」と捨て台詞。



実は、今いる九官鳥の九は二代目です。

初代の九官鳥は商店街の一角にあるペットショップにまだ尾羽の生えていない状態で居た。

思い合わせたように夫婦でふと足を止めると、待ってましたとばかりに店員がにじり寄り

おもむろに二羽のヒナ鳥に餌をやる。

本当に腹を空かしていたのか競って手渡しの餌を奪いあっている。

横から手を引き「キャー可愛い」。参った。参った。

もう一羽の頭を大きな足で抑えつけて餌を独り占めしようとしたヒナを飼うことにした。

選んだ基準が若すぎた。それが原因だったのか欲望に忠実な鳥だった。

今思えば餌の争奪戦に遅れをとっていた、もう一羽のそれからが気になってならない。

自分達より過剰に期待しない心優しき人に飼われていたと信じることにしている。



さて、早速、本屋で育児書(九官鳥の飼い方マニュアル)を買い、肩肘張った英才教育が始まった。

これはこうするべき、それはそうするに決まっていると思いこみが始まった。

朝は「オハヨウ」の挨拶で始まり、お腹がすけば「ゴハン」と言わせた。

本当に思惑通り順調な滑りだしだった。

朝起きると「オハヨウ」の応答、Qちゃん「御飯」はと「ゴハン」と言わせて餌をやる。

ほぼ定刻の水浴びの後、洗濯物を干すような感覚の日向ぼっこ。

青空の中、首を太陽にかざして暖をとる姿は一見、幸せに感じているのかとも思わせた。



初代のQは実は雌だったと判明した出来事があった。

八年を経た後、原因不明の病気に犯され鳥篭の隅でうずくまっている。

慌てて動物病院に駆け込み犬や猫の大群の中、一羽の九官鳥を抱き診察してもらった。

雄か雌かにも興味のない鳥類は苦手そうな獣医にとりあえず抗生物質を貰い受けた。

翌朝、暖めていた被せものの布をとると青白い破卵が産み落とされているではないか。

卵詰まりから開放された初代は少し元気を取り戻し餌も食べるようになった。



しかしそれからの初代は少しずつ変容していった。ものに怯え、言葉も一つずつ忘れていった。

食も細くなりQちゃん、もう御飯いらんのかと問うと「イランノ」とだけ意志表示する。

忘れた言葉を復習させようとしても「イランノ」、巣箱の掃除もおやつの葡萄も「イランノ」

もっと食べて生きてほしいと押し付けがましい行為に毎日「イランノ」の連続だった。

それから五年の後、鳥篭の片隅で母鳥が大切な卵を抱くようにうずくまった姿で冷たくなっていた。

ゴメンナサイ。無理に生かされた命の期間は「イランノ」だったのかも知れない。

その黒羽の剥製(はくせい)のような抜け殻を桜の木の下に埋め別れを告げた。



今いる二代目はまだほんの若鳥。基本の挨拶言葉だけを教えあとは構わないようにした。

初代の紋切り型教育からずいぶん変わったものである。

奴は餌が無くなれば足で桶をゴロゴロ転がしているし、

水が古くなれば水桶を咥えて放り投げている。

こちらが恐がっているとみれば噛み付きにくるし、オリャーと脅せば逃げて

竹篭の壁にへばり付いてこちらを睨んでいるので餌水の入れ替えがスムーズに済む。

テレビを見ていれば一緒にテレビに向き多分そこから憶えてしまって、

気に入らない場面の「コノヤロー」流れる音楽を真似て「チロリラー、チロリラ〜、オイチョ」と

変幻自在の直感型、すこぶる調子がいい。

人に同化させられ飼われてしまった運命でも、少しでも遠い国の祖先のあるがままに

生きてください。複雑な自責の思いです。

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