天才達の贈り物十一話
<美味しいししとう>
正直おいしいかどうかは主観です、それよりも
夏は鉄分補給が大事と思い鉄製のフライパンを
探したのですが満月より大きそうな中華鍋
しかなくいつものフライパンを使うことに
しました。
プランターで育てた20個のししとうはへたを取り除き
ごま油をしいたフライパンに
抵抗もなく素直に横たわってくれました。
全員整列 !
ごま油を敷き
時々プチプチと愚痴を言ってはいますが
シュワッーーと見事なハーモニーです
適度な焼き目が入った後、だしとみりんと酒と醤油の
入ったカップ一杯のだし汁を入れ、ことこと煮れば完成です
深みのある小皿にいげた風に日本的に高く盛り
残り汁をかけ鰹ぶしをふり
炊飯器の蓋をぱかりと開けもくもくと湯気がたつ
釜のなかから水に浸しておいたしゃもじで
ふっくらとした飯をすくい
青い縦じま模様の茶碗にもっこりと盛る。
いただきます 手を合わせ
豆腐とわかめの味噌汁を少し口にふくみ
だしの具合と体調を確認し
いよいよテカテカと焼き目の入ったししとうを一つ
口に入れもぐもぐと、はー旨い
料理番組始めたんか
はー旨い
はー旨い
ししとう ?
危機一髪ゲームになるわよ
なんせ うまいぶん
はー旨い パクパク
はー旨い
はー旨い モグモグ
はー旨い
?
アヒーーヒーーー
水、 水、 水っ ! はー
勘弁してー みずをくれ !
ししとうも沢山あれば中には変わったもの
もいて普通のししとうに成りすまして
いるんです
ナス科トウガラシ属の本名、獅子唐辛子は
沢山できれば中には先祖がえりするものも
います
しかしほんとうに辛かった
怖い。。 どれやろ ?
みんなで
ししとう黒ひげゲームしようぜ
食べもんで
ゲームをしてはこのわしがゆるさん
荘園の奪い合いやと勘違いして武士が
やってくるわよ
さっき何食べてたんだろう
真夏の夜の出来事でした
お粗末
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夜と霧の話ですが最近気になりだしたことが
あります
アウシュビッツ到着の項目で書かれていた
奪い取られた原稿のことです
フランクルはそれは私のライフワークなのだ
といっていた
だとすると
これはひっょとして原稿とは、実存分析(を元にしたロゴセラピー)
のことが書かれた原稿じゃなかったでしょうか
だとすると
一、プロローグ
二、アウシュヴィッツ到着
三、死の蔭の谷にて
四、非情の世界に抗して
五、発疹チブスの中へ
六、運命と死のたわむれ
七、苦悩の冠
八、絶望との闘い
九、深き淵より
の中で
四、非情の世界に抗して
五、発疹チブスの中へ
六、運命と死のたわむれ
の辺りは
ロゴセラピーの人生に意味をみいだす
3つの価値の一つ
どんな状況でも、例えば
死を前にしてもなお人生に価値を見出す
こと「態度価値」
になるのでしょうか
これからも勘違いであっても
自分なりに読み解いてみたい
と思います
さて四、非情の世界に抗して
ですがこれは非情の世界にあらがう
という意味です
じゃあ、現実の非情の世界の中で生き残った番号だけの
囚人達はどうやって人間性や希望を持てたのでしょう
早速読み解いていきましょう
その項の最初は
収容所の生活では生命を維持することに集中せざる
を得ないで始まる
この排他的な関心に役に立たないものを徹底的に
無価値なものとした
そしてその例としてアウシュビッツからダッハウ
収容所に行く途中の貨車の二つの小さな窓から
故郷の都が見えた、しかしそれはもう亡霊のような
効果しかなくみんな生きているというより死んでいる
ような感じだった
みんな残りの生命が平均一か二週間より長くはない
だろうと思っていた。
列車は数時間停留所に留まった後、動き始めた
そして横町を通る頃、横町、私の横町 ! にさしかかった
フランクルはもの珍しそうに外を眺める
若者をかき分けここは「私の故郷だ」と小窓に近づこうとした
すると軽蔑されるかのように拒絶され
次の言葉で片づけられた
「おめえはそんなに長くここに住んでたんだって ?
そんならもう嫌という程見ていたんじゃないか。」
(ああっなんという虚無感)
この非感傷性は生命維持という最も原始的な関心に
役立たない全てのものの価値がなくなったということの感情的
表現に他ならないとフランクルは記述している。
(どこかでマズローが覗いているような)
そこで話を大きくしてしまいますが
ハイデッカーの生と死の哲学に根源的時間というのがあります
上記の囚人達は身近にやってくる死という
ものを諦めに遅くともあと数週間と期限づけした
今、仮にこんなところにいず自由な普通の生活をしている
囚人達なら先を争って不自由な小窓から
(外からみればぎらぎとした目しか見えない)
初めてみる外の景色を街角を目に焼き付けようとはしない
若くとも後余命いくらと自覚して初めて人の有限性に気付く
(学生時代、知り合いにそんな人を看取った、その人が
残りの生にどのような態度価値を持ったかは追悼演奏会での
親戚縁者友人の人達の思い出話で知りました)
ただ
死を前にして
若い囚人たちは今このかけがえのない瞬間という存在
(唯一自分の意志で選択できる瞬間)
(過去の姿を決定できる瞬間)
フランクルは今を起点に「あのとき」を選択した存在
に戻っていたのです
(積み重ねられ確定し変えられない閉じられた時間を遡る)
(若い時の死や老いることとは自分とは
関係性の薄いただの開かれた未来(時間)の
知識だったと思います)
(人間はみな有限の時間(根源的時間)の存在であるとはっきり
自覚したときその今生はいとおしく輝きはじめる)
(ただ中にはそれを受け入れられずにあらぬことを考えたり
心が病むものもなかにはいる、そんな
人達をフランクルは同志と共に何千人も自死から救っている)
(若くとも多くの天才達や偉人ほど死を見つめた生の輝き
その偉業その創造は感じられる)
どんな状況でも人生に価値を見出そうとする
死を前にしてもなお人生を意味で満たしたい
非感傷性と客観的に記述しながらも
フランクルは気づいていたはずです
またいつかテレビで見たフランクルの人生の砂時計という
フランクルの人生観の話も実存哲学と繋いで自分なりに
考えてみたいと思います
そしていよいよ次回は愛について
その精神性の高みについて語りたいと
思います
つづく
おいっ
そうそう今日はこれ
< 机上の空論 >
ふふふもうすぐよ
なにがどうしたの ?
あのね// ウィーンに行きたくてそのための服を買うの
あのね// それで毎日500円貯金してきたの
あのね//それもあとすこし
そうしてとうとうその日がやってきた
1日500円だから60日で3万円ね
郵便局
あのね// すみませんこれ数えて預金してくださいふふふ
はい分かりました
ジャラジャラ、ウィーン チャリンチャリン
はい29500円です
あのね// えっそんなはずない、もう一度かぞえてください
ウイーン チャリンチャリン
局員// やっぱり29500円です
おかしいな
おかしいな 60×500=30000 ?
ただいまー
クゥーン
あのね// おかしいなどこで落としたのかな ? ワンコ探してきて
クゥゥーン
あのね//いつまで座ってるの早く探してきてワンコは鼻ええんやから
あのね//ほらどいて
なんやこれ ! レシートまであるやんか
あのね//500円玉一枚たらんかったんこれでやな
あのね//あしたごはんなしやで プンプン
あのねワンコ許したって
あのね//なんで人のものとったらあかんて教えなあかん
まるめ//それはそうなんやけど ワンコの放浪時代
お腹すかして庭にプールのあるお家の横を通りすぎようと
したとき小綺麗なハスキー犬の横に
カチカチボーンが投げ捨てられてたんだって
いらんのやったら貰おうとお家の玄関の前に
行儀よく座っていたら、そこのお嬢ちゃんが
でてきて
ワンコどこのトリミングサロンにいってるのって
聞くんだって
なんのことか分からないのでワンコが困っていると
家の人がでてきて 糞したら困るって水撒かれたんだって
よし許したる
あのね//んっ、でもあのレシートには250円てあったのに
あのね//ドライアイやから見間違うたんやろか
そういえばレシートの後ろワンコ踏んでたっけ
〇チャリーン 〇チャリーン 〇チャリーン
いててて甘がみでも耳かむな
あれ 財布に歯形に穴開いてる
よし許したる
ところが初対面に見えたこのワンコあのねと過去に
深い因縁があることを
今は一人と一匹の間には知るよしもなかった
次回も乞うご期待
暑い中ご来場ほんとうに
ありがとうございます
これから世界中旧態勢力と決着が
つきそうですねどのように着地するのでしょう、
今後ともよろしくお願いいたします
ありがとうございました
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