天才達の贈り物十三話




暑い秋ですね ..  コロコロコロ
しっ 

今日は昔 鳴り物入りで現れたポマトの話から
始めようと思いましたがやめます
ポマトの話は今度するつもりです。







<フランクルのフランクルたる世界>

フランクルは4歳のとき人はなぜ生きるのかという
どこから聞こえてきたのか分からない問に答えるために
人生を歩み始めた

その意味ではフロイトとは道が違う
フロイトは心の地下組織の解明に向かった

フロイトは心を意識、前意識、無意識の三層に分けた
その各所にイド、自我、超自我が存在し
無意識にある快楽欲求のイドを前意識。意識に
存在する自我が現実的にしようとするが
超自我が過ちのないようにまてまてと見張っている
イドが原点ならばフロイトの哲学は快楽への意思だと
いうことができます

みなさん

愛はどこから生まれどこに在りどんな姿をしている
と思いますか

脳外科医で外科手術もし哲学探究者でもあり心理学者
でもあるフランクルは人間を体と心理と精神からなると
考え

そこから"ふかん"するとアドラーやフロイトは心理だけに
固執しすぎると思ったみたいです
身体的(リビドー)なるものが心理に影響するとはいえ
そんな心の動きだけで人間を語れるものでしょうか
フランクルの経歴からするとそう思うのも
自然だと思います

心の地下ばかり掘っているフロイトと
精神の高みを探究したフランクルと対比して
人はフロイトの深層心理に対してフランクルは
高層心理と表現しています、分かり易いですね

そしてフロイトとアドラーは例えば同じ
ヒステリーの患者を診ながらこれは性的な何か
が作用していると考えたフロイトに対してアドラーは
この患者は自分のほうが上だと(権力(力)への意思)
身体的異常により場を支配しようとしているだけだと
考えた
それを観察していたユングは両者は単に解釈の違いだけだと
見ていた (河合隼雄さんの話で)

ルビンの壺を壺と見るのか二人の顔と見るのか
二人は譲らない

心理学者が百人いれば百通りの解釈がある
そうしてフロイトとアドラーは決別してゆく

壺でも顔でも描かれたものは絵である
白い馬でも黒い馬でも目の前に現れたものは
馬である
そう言ってしまえばそれぞれの心理学は生まれなかった

ではフランクルは収容所で見たものをどう表現されたのか
夜と霧より読み拾ってみたいと思います


<夜と霧、その四、非情の世界に抗して>

前々回よりアウシュヴィッツ収容所からバイエルンの
ダッハウ支所へ送られたフランクル達はここで
長い収容所生活を送ることになる

どこにいっても悲惨な収容所生活の中でほとんどの
文化的な価値は失われてゆく
その中で二つの関心があった一つは政治のこと
つまり軍事情勢のことでこれは自分達がどうなるのか
という切実さからくるもので
もう一つはこれは注目すべきことで宗教的な関心であった
と書かれている

揺さぶられる軍事情勢の憶測された噂により
オプティミスト(楽天家)ほど神経がどうにか
してしまったという

次に つづく







~~~ 



どうしたんだろうみんな集まって来た






今日は歴代天皇の崩御から何十日もおこなったという
日本古代の神話"古事記"にもある葬送儀礼もがりについて語ろう
(昭和天皇もおこなったという)

昔々、仏教もまだまだ伝来していない大昔
人々は大切な人が亡くなるとみんなで集まって死者を棺に入れ
だんだん腐って虫が湧きやがて骨と皮になるまで何日も何日も
故人の話をして泣き笑いの宴をしては悲しみをいやしたという
(近年は忙しいし衛生問題があるので短日)

そうして埋葬された
今のお通夜はそのなごりだという

そこではどこまでが生でどこからは死という決まりはなかった
(意識や身体による基準で白黒はっきり死を決定する線引きは
なかった、死に近い灰色とか)
(ハイデッガーはん聞いてるかー)

日本のことではありませんがキリストさんは死してのち3日で
復活したという
今の復活祭の起源である

そんな話は世界各地の古代文化の中によくある
お通夜で瞑想していると時を越えて古代人の心情に出会えるか
もしれません
ほとんど交流のなかった世界の人々に偶然共通する
同じ思いがあった
それはユングの有名な普遍的無意識の一つのヒントとなった

話を戻します
そこで当時の話で何々さんはもがり何日目で立ち上がって
お前たち何をしているんだと
暴れだしたという話もなにがしかの草子にも残されている
という (おいおい ほんとうか ?)





))  くちゃくちゃ

犬でも分かる
犬のテレビ

今日は瞑想すると
死んだように
見えるよワンコ
ワンコは死に見えよ
ワンコワンコ

提供は
綱吉の父
徳川家光


翌日



キャー ワンコ死んでる

うさ、その表情この場ではちょっと

だってここの人キャラ変えてくれないもん

かわいそうにワンコ
カラス達と一緒に捨てられた毒ふぐ食べても
失神したカラス達横目にワンコは元気にしっぽ振ってたのに
そんなワンコが

そういえばワンコ自分が死んだらもがり
してくれて言うてたの思いだした


それやったらみんなで盛大に骨と皮になるまで何日も
ワンコの話で泣いたり笑ったりしながらあの世に送ったろ



もがり一日目






ワンコ悲しいよー 向こうの黄泉の国で幸せにねー
黄泉の国で御馳走してもうたらもう帰ってこられへんよー
黄泉の国でイザナミにおうたら私ら絶対いけへんいうとってなー
そういえば稗田阿礼さんが言うとったワンコは乞食になるんやて


古事記やろ、本居宣長さん生きとったら怒られるぞ


もがり二日目






そういえばワンコどこからか鹿のツノ拾ってきて頭の上にのせて
奈良の鹿に化けたつもりで鹿と同じようにお辞儀して鹿せんべい
貰おう思ったけど隣の鹿にばれて蹴られたんやて あほや
当たり付き自動販売機の釣銭口に足を入れて釣銭のこってへんか
探ってたら急に缶ジュース出てきて頭に当たったんやて
アホや



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そういえばワンコ痩せてきてへん、腐敗臭もせえへんし
ワンコ元々臭かったからわからへんのやろ
虫かってちかづくの嫌がってたし あほや
あんたそろそろ次のワンコ見にいったらどうや
今度は可愛いいて賢そうなんがええで こんな
アホや
あんながらくたワンコテレビも売ってしまいな




もがり三日目





フー グフゥ ガルルー
なんや棺から変なうめき声聞こえてきたでー

あれーワンコ棺からでてきよった
うわーっ こっちに一直線に突進してきたー

だだだだだ

ワンコ生き返ったんかー



ワンコの気持ち私がうけとめたる こい !



いてて 財布に亀の子だわし入れるな !

今わかった
あほで厚かましくてデリカシーのないワンコやけど
ワンコは理不尽に捨てられて放浪する間に生きる技術を
何かに生かされている愛を
知らず知らずに学んでいたんや
ええんやワンコいつまでも一緒にいよな

 ?


ところが初対面に見えたこのワンコあのねと過去に
深い因縁があることを
今は一人と一匹の間には知るよしもなかった

次回も乞うご期待



ふう今回も来てくださって
ありがとうございます

目線を変えて世界地図をみれば
なにかが変化しつつあるように
思えます というより今まで放置していたつけが
各地で悲惨な決着という現象で
現れるように思えます

でも日本にいればそれは
一見平和な現象なのかも知れません

ありがとうございます
また来てくださいね





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