民話、 雁風呂より

津軽の山に雪が降るほんの少し前、

弓のような隊列で雁が次々とやってくる。

遠い北の国より今年も海を渡ってやってきた。


その愛嬌のあるくちばしには、海に浮かべて、
つかの間の休息をする小枝が、大事そうに(くわ)えられている。

雁達は一羽ずつ、小枝を浜にそっと置き、

この地で落穂を拾い長い冬を過ごす。


吹雪で雁達がどこで過しているのか分らない日もあった。

そんな厳しい冬の津軽の人里にもやがてほんのり春の気配を感じる頃、

雁達はそれぞれ浜に置いていた自分の小枝を

咥えて、また生まれ育った大地に連れ立ち、帰ってゆく。


もう野に雁がいなくなった穏やかなある日。

村の人が浜に残った小枝を静かに拾い集めていた。

そして大切に大切に一本ずつ燃やし、風呂を焚く。

それは、持ち帰ることのできなかった雁達の、命の、小枝なのです。


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