釣りに行き本物のサギに出会った



大阪より南の山々に囲まれた入り江の静寂な海で釣りをしていると、

竿一本分以上は離れた右隣に変なのがいた。

そやつは、ながーい首を持ち、海の底を覗くように、じぃーーとしている。

鵜(う)のようだが、体毛は乳白色に包まれ、頭に武士の月代(さかやき)を囲むような黒羽。

水中にいる魚からみれば、空の色に擬態して、なにがなんだかわからないようになっている。


そやつは鷺(さぎ)、それも青サギであった。


こちらがサギに気づいて振り向いても、やはり、じぃーーとしている。

じぃーと、水中の魚を隙あらばと狙っている。

サギはおそらく後から来て釣り場を共用する常識ある釣り人ならそうするであろうように、

一定の距離を保ち鶴のような長細い足で凛として立っている。


そうこうするうちに、こちらの浮きがスパッと水中にひきこまれアジが釣れた。

期待はずれのアジだったので向こうの食にあぶれそうな、サギの前にホイッと投げてやった。


するとサギは、こんな、とんでもない幸運にしばし面食らい、呆然とピチピチ跳ね回るアジを見ていた。

まさかの不労所得か。

それも水中の魚が空から降ってくると言う、でたらめ臭い出来事を経験しなかっただろうサギはそれでも、

すーと、そ知らぬ顔で左足を延ばしたかと思うとこの魚を押さえ込み、

さらに首をかがめ、これも菜箸のような長いくちばしを魚にピシッビシッ、と、突きたて、絞めて、

パクリと横に咥えたかとおもうと、こんどは食べやすいように縦に向け、頭から一気にあんぐりと丸呑みしてしまった。

その一連の所作のみごとなこと、みごとなこと。


おもしろくなり、それからというもの浮きが沈むたびに釣れる魚を投げてやった。

キタマクラ、ネンブツダイ、スズメダイ、イソベラ、どれをとっても、釣り人にすればおそらく落胆する外道であるが、

お帰りねがった危ないキタマクラ以外、サギは、毎回見事な喰いっぷりで給仕する者を楽しませてくれた。

しかしここはろくでもないものしか釣れない。



そんな時間がどれだけ続いたのか、その間サギは自分で魚を獲ることができなかった。

首の細長い木鶏のように自信に満ち溢れ、悠然と落ち着きはらっているのに。

なんだ、しょせんサギの能力もこの程度か、自分では魚一匹とるのにこんなに苦労している。

そう侮るようになっていた。

思い込みがいかにサギの知能を見失っていたか、やがて思い知らされることになった。




潮の流れが強くなり、仕掛けが早く流され、回収しては投げ込んで、

目で浮きを追いかけるのがやたら忙しくなってくる。

と、気がつけば、隣のサギの様子がなにやら怪しい。


なんと、なんと、見ればゆっくり首を振りながら、頼みもしないのに

こちらの浮きを同じように目で追っかけている。

遠くから眺めている人がいれば、人間とサギが同じ浮きを追いかけて、はやく釣れないか

首をふりふり右往左往しているこっけいな姿を見たことだろう。



笑ってしまった。

サギは浮きが沈むと天与の餌にありつけるつながりを会得したのだろうか。

自然界のサギが澄んだ目で俊敏に狩りをする姿。を、想像していたのに。

この辺りのサギは何か間違った方向に進んでいるような気がする。


サギに出会った一日。

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