俺は「星原 霧音」
いきなりだがちょっと質問だ。
朝、目を覚ましたら見知らぬ少女が自分の布団の脇に座っ
ていたらどうするだろう?
こちらをジッと見つめていたりするわけだ。
あわてるなりその娘の名を聞くなりするだろうか?
ちなみに俺の場合は…… もう一回寝直すことにした。
だってしかたないだろう、見知らぬ少女、それ以前に見ず知
らぬの他人だ。夢でも見ているんだろうと思ってみたってしょ
うがないさねっ。
なにせ寝起きだったし。昨夜は遅くまで起きてたしね。
そんな感じで俺達の生活は始まりをつげた。
「To Heart」より
『それさえも恐らくは平穏な日々』
作者:武陵桃源
目が覚めた。
時計を見る。
「―10時24分になります」
10時25分少し前だ。
とりあえず体を起こし布団から出る。
窓から日の光が射し込んでいる。
今日はバイトも休み。
二度寝もして中々に気分も良し。天気も良し。
幻覚の少女もいるし……
とりあえず台所で顔を洗う。椅子に引っ掛けてあるタオルを
手探りで探す。
「―タオルです」
何やらタオルを手渡された気がする。プラス、何やら幻聴も
しているような…
俺ってば疲れているのかな?
な〜んてなっ、疲れるようなことしてねーっての。
なんて一人ボケ一人突っ込みをしつつ歯磨きに進む。
背中になんか非難がましい視線を感じる。
しゃかしゃかしゃか、ぐぶぐぶ、ぺっ。
歯磨き完了。
目も覚めた。
気分は一点を除けば上々。
視線が痛いかも…
そろそろ現実を直視したほうが良いかもしれん。
腕を組んでうんうんとうなずく。
振り向いて誰もいなかったらどーしよう。
へへ、そん時は休み返上で病院へGoだぜっ。
とりあえず振り向き後ろの人物を確認、質問。
「君、誰さ?」
そのとき初めて気がつくが耳かざりというか耳カバー。
彼女、人じゃ無い。
たしか来栖川エレクトロニクス製の…… なんだっけ?
どことなく、無表情ではあるが、かすかに喜びを表したよう
な気がする顔で自己紹介。
「―始めまして。私はHM−13型セリオ、と申し上げます」
ぺこりと頭をさげる。
「ああ、どうも……」
一応と彼女の名前は判明。
しかしまだ謎は多い。
とりあえず現状で判っていることを整理。
1、この娘はHM(ホームメイド)である。
2、なんでか俺の家にいる。
3、この娘はセリオという名前らしい。
こんなところ。
なんか名探偵ポイなっ、俺。
それはさておき、一番聞きたいところは何故、俺の家に居る
のか。誰がこの娘を遣したのか。
俺はHMなんて買った覚えは無い。
一体買うだけでもめちゃくちゃ高い。たしか高級車数台分の
値段がしたはずだ。うちの家計にそんな余裕はナイ。
全くナイ、全然ナイ。
大体そんな高価なもの必要ナイのだ。
俺は家事全般は自分こなせる。
嘘じゃないぞっ。
ここで再質問だ、質問は解りやすくせんとなっ。
そいじゃ……
「あの〜、きみはなんでここにいるの? 誰がきみを遣したの」
うむ、俺的に簡潔でいて完璧な質問だ。
「私は霧音様のお世話するためにマスターから言い付かって
います」
「なぬ? 俺の世話? マスターに?」
誰が、何の為に?
ちりりり・ちりりり・ちりりり……
おりょ、電話電話。
彼女は来栖川製?
そんとき、なんとなく「ピン」ときた。
誰が、の部分にだ。何故? に関しては判らん。
「はい、星原です」
「ど〜も、麗だよ」
やはりこいつか…
名前が「湖潤 麗」年齢は25だ。いちよー俺の彼女だ。
来栖川エレクトロニクスに勤めてる、ハズだ。
なにやってるかは知らん。
聞いてみたことがあるが、
「企業秘密」
の一言で終わった。
「何の為にかな? この娘は」
必要な事だけを聞く。
これで十分わかりあえる仲だ。
「えー、何の事?」
「とぼけんな(怒)」
「えへへ。やっぱりばれた?」
「あたぼーだ」
「あたしからのプレゼントだよ。厳密にはあたしの研究助手で
登録されてるからあたしんだけどね」
会社からの支給品?
なんか支給品というより派遣人て感じだ。
まぁどっちであろうとかまわんが…
「なんで俺のとこに? 自分の助手だろーが」
「おー、良いいとこに気がついた、さすがあたしの男だ。エライ
エライ」
「なんか遠まわしに自分のことをほめてねぇか?」
「あははは、まぁそれは置いといて。あたしには前から一緒に
いるマルチタイプの氷狩(ヒカリ)がいるしね」
緑の髪のちまいHMを頭に思い出す。
「この子はいろいろカスタマイズしてあるからね」
すぐ近くに氷狩がいるらしい。頭でも撫でてるのか?
「それにあんまり手がかかるような仕事はしてないし… そん
なわけで霧音のとこに預けることにしたの。ちょっと約束はま
だ果たせそうにもナイし」
どんな訳だ? まったく…… 約束? なんのことだ。
「セリオなら家事一般なんでもできるしね」
ちらっ、とセリオを見ると、ぼー、とした感じでこちらを見
ている。
あくまで俺的主観に基づいた視線での、ぼー、とした感じで
見えるだけ。
「とりあえずは、てことで」
「まぁ、預かっておきゃーいんだろ?」
「そーいうこと、大事にしてあげてね」
声のトーンが一ランク下がり、
「あと、浮気したら殺すわよ」
怖っ
「んじゃ、よろしくぅ」
「あぁ」
と電話を置こうとしたときだ。
「ああ! まった! まった! 霧音!!」
「なんだ騒がしい。まだなんかあるのか?」
「一点忘れてた。セリオの名前なんだけど、変える?」
「変えたほうがいいのか?」
「別にぃ、でも結構デフォルトでセリオ、ていう人がいるから姓
だけでも付けたほうが良いかも」
「んじゃ、星原セリオでいいんじゃない?」
電話の向こうで、ムッ、とした声がする。
「それはダメ。絶対だめ」
「なぜ?」
「どーしてもっ!」
なに怒ってるんだか?
「んじゃ、瑚潤セリオ」
「それもねぇ、氷狩が瑚潤だしね」
「んなら、鈴科セリオ」
「鈴科?て」
「俺ん家の母方の旧姓だ」
電話の向こうで、う〜ん、という声がする。
「了承」
「セリオに替わって」
なんかキーボードを打つ音がしている。
「セリオ、麗が替わってくれって」
セリオに受話器を渡す。
なにかぽそぽそと会話している。
そーいえばセリオの耳はどこにあるんだろ。
あのカバーの中か? だいだい耳があるのか? 謎だ。
カチャと受話器を置く。
こちらを見るセリオ。
見詰め合う俺達。
あらためて、こう見てみるとなんというか… 美人だ。
そのままセリオの動きがとまる。
なんだ、どうした…… もしかして故障? 燃料切れ?
「―あらためましてHM−13型 鈴科セリオと申し上げます。
以後よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしく。ところで、今なんで止まってたん?」
「―はい、サテライトシステムの使用中は極力不要なノイズを
押さえるため動作を押さえるようになります」
ふ〜ん、故障じゃないならいいけどね。
「サテライトシステム、てのは?」
「はい。来栖川エレクトロニクスが保有するデータ衛星へのリ
ンクシステムです。このシステムにより数々のデータをダウン
ロードし、さまざまなエキスパートになることが可能です」
あぁ、なんだろうね。
頭を掻きながら。
「まぁいいや、便利な機能、てことだな」
「―……はい」
なんか間が気になったが良いだろう。
そんでその夜……
「……セリオさんや」
「―はい」
「俺の布団の脇で何をしているのかな?」
朝と同じ用に俺の布団の脇にちょこん、と座っているのだ。
「―はい、寝顔を拝見するようにとマスターからのご指示があ
りましたので」
「お願いだからやめて……」
「―わかりました」
すごすごと隣の部屋(セリオ用に空けた部屋だよ)に入るセ
リオ。
「―霧音様、お休みなさい」
「あぁ、お休み。その前に一つ、霧音様は止めてくれ」
朝から気になってたんだよね。
「―ではマスターからの指示どうり、霧音さんとお呼びします」
麗から言われたとうり? なんか麗に踊らされているような…
「OK。麗からほかになんか言われてない?」
「―それは…」
「それは?」
「―秘密です」
くぁ。
「それも麗からか?」
「―はい」
あいつ良い性格だ。
この先なにがあることやら……
「とほぉー」
こうして俺達の生活は始まった。
【おわり】【つづく】
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