「おーい、セリオ」
 あれどこいっちゃたんだ? さっきまでそこに居たと思った
んだが……

 セリオが我が家に来て数日たったある日のことだった。





「To Heart」より
『それさえも恐らくは平穏な日々』
「第二話 セリオがセリオだから」

作者:武陵桃源

 




 すこし時間は遡る。


 それは何気ないセリオの一言から始まった。

「―霧音さん。冷蔵庫に何も無いようなのですが」
 台所でがさがさと何をしているかと思えばどうやら我が家の
食料事情をチェックしていたようだ。
 誤解の無いように言っておくが普段はきちんと食材は買って
ある。一人暮らしとはいえそこらへんにぬかりは無い。
 が、しかしここ最近忙しくてね。
 本当だ。嘘じゃ無いぞ。今回はたまたまだ。

「買い物に行くのならコーヒー牛乳も買ってきてくれっかな」
 俺はセリオに話しかけながら財布を捜す。
 なんとなく「―買い物に行ってまいります」なんて言うと思っ
たから先回りして言ってみた。
 ここ数日のセリオとの生活でなんとなくセリオという存在を
掴みかけている証拠だろう。
 セリオはなんと言うか…… 真面目だ。それもかなり。
 真面目であり頭も良いのだが時々「それ本気(マジ)ぼけ?」
というような行動もする。そこらへんは中々可愛げあってよい
のだが、ときおり麗から言われているらしい、おかしな行動を
とるのはは止めてほしい。セリオいわく「―マスターから言い
つけですので」てな感じで聞き入れてくれないのだが。

 事のついでについでに何でコーヒー牛乳かというと、それは
風呂上がりのコーヒー牛乳は宇宙の味がするからだ。
 あぁ本当のことさ。
 口にひろがりふくよかな味をかもし出すダークマタのような
コーヒー。まろやかな風味をあたえる星のきらめきような牛乳。
 渾然とその二つが交じり合い溶け合い生まれるコーヒー牛
乳。
 宇宙の味がして当然だな。
 うん。
 最高だね。
 まったく関係無い話だがね。
 うむうむ。

「―わかりました」
「財布の中身はこんだけで足りるかな?」
「―はい。大丈夫だとおもいます」
 セリオは少し首を傾げ「他に何かご要望はありますか」
 俺は少し考え…
「特に無し」
 この首を傾げる動作、どっかで見たような……
「―食材について何かご要望はありませんか?」セリオの言
葉で俺の思考は途切れる。
 返答を少し考え「安くてうまいもの」
 デフォルトの返事だろう。
 安くて美味いもの、人として当然の欲求だな。プラス我が家
の経済事情にも非常に有効的だ。
「あとシイタケは禁止。菌糸類だけに禁止ね」
「―わかりました」
 うぅ、セリオ反応が寒いよぉ。あっさり流されるとそのネタが
寒いだけに余計にさびしいんだよぉ。
 そこでふと考える。標準でツッコミ機能装備のセリオという
のもイイかも……
 こんど麗に言ってみるか。
 それは置いといて。
 さすがに一人で行かせるのナンだよな…
「買い物に行くとき声かけてね」
「―はい」
 誰かと一緒に食料の買い物なんて久しぶりだね。


           §


 というのが40分ほど前のできごと。
 現状とそれ以前の状況を考えると、ずばりセリオは買い物
に出かけたと考えられる。
 一緒に行こうと思ってたのにね、一人で行っちゃうとはつれ
ないな。
 セリオてっば俺に遠慮でもしてるのかな。
 ま、まさか、嫌われている?!
 ま、まさか、俺を好きになっちゃって照れている?!
 正解は30秒後?! 実際はどうなんだかね。
 うーん。
 まぁ唸ってても仕方無い。
 実は俺が声をかけられているのに気がつかなかった、とい
う可能性もある。
 俺は一点に集中していると他のなにかに全く気がつかなく
なるらしいからな。
 そのことでよく麗に怒られる「あたしのような美人をほっぽ
といてなにをしてるかぁっ」てな具合。
 ついでに頭をひっ叩かれる。
 怒ると麗は凶暴だ。て言うか自分で美人って言うな、せっか
く本当に美人なんだからね。これは麗にはナイショ。

 ちと話が脱線。

 ちなみに俺は何をしていたかというと、本の整理をしていた。
 買って読むのは良いんだが置き場所に困るんだよね。
 実際これは切実たる問題。
 何もせずほっぽとくと地震なんかくると本の雪崩が発生する。
 まあそんなんだから時々こうやって整理している訳なのだが、
「くぁ」いきなり頭をひっ叩かれた。
「なにすんじゃいっ」
 俺の後ろにはいつのまにやら麗と、そのまた後ろにセリオが
いた。
 どーも俺が思考の海に潜っているうちに家に勝手に入ってき
たようだ。
 俺に気配も感じさせないとは、なかなかやりおるわっ!
 気合を入れても全く意味は無い。
 というかここまで近づかれて全く気がつかなかった俺はこの
先大丈夫なんだろうか?

 しかし人の家に勝手に入ってきた挙句に人の頭を殴るとは、
いったいなんだってんだ。
 まったくもー……
 どーいう了見だと麗を見ると、どー見ても怒ってる、て感じだ。
 怒髪天を突く、て感じ。
 怒りが含まれている視線が痛い。

 セリオは、何となくおろおろとした感じがあるような無いような。
 …… なんか好いかも。

 なんか麗の視線の中に含まれる怒りゲージの度合いが上がっ
たような気がする。

「……な、何怒ってんの?」
 とりあえず訳を聞く。
 ぐい、と麗の形の好い眉が上がる。
「―マスター、ご説明い…」
 セリオは麗の服の袖を掴んで何か説明しようとしているが「セ
リオはだまってなさい。このアホたれによく言って聞かせてやる
んだから!」
 聞く耳もたず。
 なんだ? 俺なんかしたか?
 だいたい女なんだからそんなに鼻息を荒くするなっての。
「霧音、あんた女の子に重い荷物持して自分は何やってたわけ
なの」
 人差し指を効果音が出そうなくらいの勢いでこちらにつきつけ
る。目と鼻先1cmてとこか。俺ってば冷静。
「…え〜、その、ナンと言うか」
 麗の勢いに気押されている。
「さっさと答える!」
 怖っ。
「部屋の本のかたづけ」小さく返事。
 麗が大きく息を吸い込む。鼻の穴を広げるなよ。
「こんの大バカ者っ!!」
 どわっ。
 思わずあたまを竦める。
「―マスター、よろしければご説明をいたしますが」
 言葉を続けようとした麗に絶妙のタイミングでセリオが割り込
む。
「そうよ、セリオからもばーんと言ってやんなさいっ」
「―はい。それでは、私が買い物に単体で出かけた訳ですが、
出発の際に―」
「ちょっと待って!」
 騒がしい女だねまったく。
「霧音に文句を言うじゃないの?」
 首を横にふるセリオ。
「―いいえ」無表情。
「なんで?」不満タラタラな麗。
「フッ。それはな、セリオが俺の味方だからだ!」勝ち誇り。
 胸を張り大威張りの俺。
 麗が憐れな奴、といった視線でこちらを見ている。
 セリオはこっちを見て「―いいえ違います」
 あっさり否定。
 ちと寂しいのですがセリオさん。
「フフン、アホ」さらに冷たい麗。さらに勝ち誇った笑顔。
 立場逆転。

 くやしいー。

 俺と麗の顔を見て「―改めてご説明いたします。私が買い物
に行く際に霧音さんは本棚の整理をされておりました。私はH
Mです。私一人で買い物行くことが妥当と判断し買い物に出か
けたのですが…」
 ここでもう一度俺と麗の顔を見て、「―なにか不都合がありま
したでしょうか?」
「で、でもセリオは荷物、重かったでしょう?」
 なんとか俺を悪者にしたいらしいな、この女。
「―いいえ、荷物の重量は腕部限界重量点に達するにはまだ
余裕がありましたが」

 なんか違う気がする。

「あー、セリオ。」
「―はい」
「まぁ確かにその、限界重量点? というか重くなかった、てな
ら良いんだが、今度出かけるときは一声かけてから行ってくれ
ないかな」
「―今回も家を出る際には一声おかけしましたが?」
 ぬぁ。
 そうだったのか。まったく気づかなかった。
「アホ」
 麗、冷たい……
「…それは、その、悪かった」
 ちとバツが悪いね。
勝ち誇った麗が「ふん。いいセリオ、今度なんか荷物がありそ
うなときは、きっちりこの鈍感男に言うのよ」
「―いえ、霧音さんのご迷惑となるので私一人のほうが―」
 セリオの言葉を遮り「セリオ、ちょっと質問」
 何が違うか解った気がする。
「セリオは、自分がHMだからとかそういった事で遠慮してる
のか?」
「わたし達、HMは人の役に立つためにあります」当然といっ
た風のセリオ。
「あのね、HMとかは全然かんけーないのさね」
 少し首を傾げるセリオ。
 ちらっとこちらを見る麗。
「気にいらない奴であれば何も手伝いとは思わない。手助け
したいとも思わない。すくなくともセリオがセリオだから言って
るんだ」
 セリオの顔に困惑の色が見える。
 今はわからなくとも、いつかわかるときが来ると思う。
「―複雑です……」
 麗が笑いながら「そう複雑でもないと思うよ」俺の方をチラッ
と見る。
「―そうでしょうか?」
「きっとね」
 俺と麗との思い。



                §



 その夜……
「―夕食ができました」
 今夜はカレーだ。
 俺はイヤだっ、て言ったのに麗の奴が「今夜はカレーが食
べたいね、セリオ」などと言って今夜のメニューが決まった。
 だいたいしゃれや冗談でもなくカレーは辛いから好きじゃな
い。
 おまけに人の家のメニューを勝手に決めるなっての。
「なんか不満がありそうね」
 うっ、人の心が見えるなんて、こやつニュータイプか?
「別にニュータイプでもエスパーでもないからね」
 本格的に怪しい。

 セリオが皿を持ってくる。
「へへ、セリオの料理っておいしいのよね」
「―どうぞ」
「あぁ、さんきゅ」俺が皿を受け取る。
 麗がこちら見てニヤニヤしながらセリオから皿を受け取る。
「ありがと」
   なにかデンジャラスな予感。
「いただきます」とりあえず一口……
「にゃっ!!くくくぁ」
「―あのどうされました?」
 大爆笑する麗。
「は、はめらな、れひ……」
「たまには30倍カレーもイイじゃない」
 くぅう、辛いぃー、口から火が吐けそう。
「―水です」
「ありはと」
 水を飲み干す。
「―こちらをどうぞ」
 セリオがもう一皿カレーを出す。
「―こちらは0,01倍です」
 きっちりもう一皿用意されているというこはセリオも一枚か
んでたのか。
 恨みがましい視線をセリオと麗にむける。
 笑いすぎで涙目になっている目を拭きながら「ごめん、ごめ
ん。もうやらない」
「―もうしません」セリオも笑っているような気がする。
 たのむよぉ、もぉー。



 こうして夜は深けていく。


【おわり】【つづく】

武陵よりちょいと一言:
 へい、第二話でした。
 ようやく登場人物が自分でもつかめてきた感じです。
 しかしせりおの登場回数が少ない気がする……


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