拳銃を突きつけあう二人。
「久しいな」
「あぁ」
 互いにニヤリと笑う。
 銃口は動かない。
 互いの銃門と銃星が相手の額へと結ばれている。

 カメラアングルが変わり教会が映し出される。
 さらにもう一度アングルが変わり青空へ飛び立つハト達が映される。
 教会内部へと再び帰ってくる。

 不敵な笑みを浮かべる二人を困惑した表情で見つめる女性。

「仲間なんじゃないの?」
 二人が女の方に顔を向ける。
「「これが俺達のあいさつだ」」




「To Heart」より
『それさえも恐らくは平穏な日々』
「第三話 そこにあるものみえぬもの」

作者:武陵桃源

 



 今日俺達は映画を観に来ている。
 懸賞で映画のチケットが当たって「こりゃらっきー」とばかりに観に来た、と
いうわけだ。
 ちなみに面子はというと、当然俺、そんでもってセリオ、さらにさらに瑚潤氷
狩。ちなみに氷狩(ひかり)は麗のアシスタントをやっているマルチタイプのH
Mだ。んで、麗、だったのだが、麗は急遽これなくなった。
 その理由は、というと単純に仕事。休日出勤ゴクローさんなのだ。
 元気にやってるかねぇ、麗は……

                 §

「なんで休日出勤なの〜。それもこんな急に、主任のバカアホマヌケ馬面」
「いやぁー悪いね。どーしても手伝ってもらわないといかん作業でねぇ」
 気の抜けたように言う。
「主任のアホ。呪ってやるぅ」
「ボキャブラリーが貧困だよ。あ、そこ間違えてるよ」ちらっとディスプレイをの
ぞき見て言う。
「う、うぅ。霧音ぇ…」
 嘆きと呪いの言葉を吐き出しつつ仕事に励んでいた。
 一応と元気。

                 §

 麗のことだ、元気にきっとやってる。そういうことにしとこう。
 ナンのカンのと言っても仕事は好きみたいだしな。そんだけやり甲斐のある
仕事なんだろう。少〜し羨ましいよ。マジでね。
 実のところ朝の時点では俺の家に麗は来ていたのだが、仕事場の主任?
とやらに呼び出しをくらって泣く泣く仕事場に向かった、と言う訳だ。
 その際に氷狩も一緒に戻ろうとしたのだが、麗が「氷狩は霧音と一緒に行っ
てくること」と言い残して行った為、俺達にくっついてきている、というわけだ。
 麗もなに考えてるんだか。社会勉強の一環というやつだろうか? HMに社
会勉強なんて必要なのか?
「…ついた」
 ぼそっと氷狩が言う。
 その氷狩なんだが、言葉使いのとうり少し、というかかなり普通のマルチタイ
プとは違う。麗の助手をしてるくらいだから何かいじってあるんだろうとは思う
がね。何をどーしたらこうなるんか。
「―つきました」
 まぁ、普通か普通じゃないかなんてどーでもいいけどね。大体普通ってのは
平均化された値を言うものであってそれぞれの個人単位で見た時には決して
普通等ということは無い。たしかに基準としてそれが無いと混乱を招くとは思
うが、あえて言うなら色々な、それぞれの『普通』が各個人に存在している、と
いうことだと俺は思う。
 ようするにオリンピックに出場するような『普通』もあれば、てれてれと日常生
活をおくるのも「あんたそれでいいんか?」と言うよな『普通』もあるってこった。

 それはともかくとして映画館の看板には『The Testament』の文字。
「うむ。今日観るのはこの『The Testament』という映画だ」
 ガンファイトに定評があるという噂で俺も麗も期待の一作。麗も来たかったろ
うが、チケットの期限が今日までなんだよね……、いや貰ったのは結構前なん
だけど中々腰が重いもんで。俺と麗との都合がつかなかった、というのもある
が…、結局の最後の最後でダメになったな。麗のやつも楽しみにしてたから少
々哀れだよ。
 面白かったらDVDでも買うかな。あ、面白いという話をして麗に買ってもらうと
いうのはどうだろう? 我ながら良い考え。という訳で麗、よろしくたのむぞ、お
前のほうが稼ぎが良いんだからな。

                  §

「…くしゅん」鼻をすする麗。
「風邪かい?」眼鏡のずれを直しながら主任。
「休日に仕事なんかさせるからです」ご機嫌斜め。
「あはは、まぁ頑張ってよ。あ、また違う」どことなく力の抜けた励まし。
「ふみぃ」泣き声。

                  §

 チケットを係りの人に渡す。
 何やら一瞬不信そうな顔をするチケット係の人。
「こちらHM2体分の、ということですね?」
「え? はぁ、そうですけど」少々まぬけな感じの俺。
 セリオはチケット係の人を見る。
 氷狩は俺の顔を見る。
 チケットの半券を受け取り、俺は構わず映画館へと足を踏み入れる。
 なんか物珍しいそうに俺をみる。
「失礼しました」
 俺の顔になんか着いてんのか?
「顔になんか着いてる?」
 歩を進めながら聴いてみる顎のあたりに手をやって聞いてみる。
「―いえ」
 いやそこで「―うーん、まんだむ」ってセリフがほしかったのだが、セリオが
んなこと言い出したらある意味怖いわな。

 館内はまぁまぁの人の入り。封切して4週目にしては人が多いほうかもしれ
ない。中々に期待できそうだ。
 俺的に定位置とも言える一番後ろの席の中央に座る。一般的には館内中
央付近より少し後ろが一番良い、と聞くが俺はあんまりそこいらは好きじゃな
い。人が多くてねそこらへんは。大体において画面はデカイんだから何処座
ってもたいして変わりゃしないじゃん。俺だけかそーいう考えの人って。
「―なにか買ってきましょうか?」
「ん、いや、いいや」
 氷狩がセリオと俺を見ている。
「どーかした?」
「…べつになにも」視線を外す。
 なんだかねぇ、この子は…

 ちなみに俺はパンフも買わないし基本的に飲み食いは館内ではしない。パ
ンフなんざ無くとも良い映画ってのは自然と心に刻まれるもんだからな。
 良いものとはそういうもんだろう。
 パンフは邪魔になるってのも正直なところではある。
 ありゃでかいしね。あと取っておくと意外に邪魔になる、さらに中々に捨てら
れんしな。
 というか捨てる奴っているんかな? あんま聞かんよな。


「氷狩は映画観に来たことはあるん?」
「…2回」
「麗と一緒に?」
「そう…」
「ふーん。セリオは? ってさすがに今日が始めてか」
「―はい。起動からまだ2ヶ月半程しか経っていませんから」
「つうと、麗んとこで起動して直ぐくらいに俺ん家に来たのか」
「―そうなります」
 むぅ、麗の奴なに考えてんだが。
「ふーん。そーいや氷狩は麗とはどれぐらいになるん?」
「…2年くらい」
「2年か…」
 2年ってぇとあいつは大学中退して、今の会社に入社してだから…え〜と、
大体入社1年くらいで知り合った、ってことか。
「結構長いんだな」
「…そうでもない…」
 ん〜、そうか2年もつきあってれば映画の1つや2つは行くだろうなぁ、いや、
麗のことを考えると1〜2回という数字は少ないような……、あいつは多いと
きは1ヵ月の間に3〜4本観に行ってる時もあるって言ってた気がするし大体
思い立ったら吉日状態で平日仕事帰りに観に行くから俺ともそんなに観に行
ってないんだよな。そーか、だから少ないのか…?
 そーいえば普通HMと映画観に来るやつなんているんだろうか? 館内を
見まわしてもさすが誰もHMを連れて来てる奴はいない。俺ってば中々に貴
重な体験をしてるのかもしれない。ひょっとしてブルジョワな若者に見えてる
のかも。
 ニヤリと笑う。
「―……」「……」俺を見る二人の視線に気づく。
「……な、なんでもないぞ、なんでも」とりあえず誤魔化しておく。
 俺様危機一発だな。あぶないあぶない。


 程なく場内が暗くなり幕が上がり始める。
 5〜10分は宣伝タイム。俺はこの宣伝を観て次に何を観るかを決めたりし
ているのだが、麗の場合は雑誌を見てフィーリングで決めたりするらしい。そ
れでいて俺と大抵同じモノものを観に行きたがるのが不思議だ。
 まぁなにか通じるものがなきゃ彼女彼氏の関係なんざ続きゃしないだろうと
は思うがな。

 映画本編が始まり4〜50分くらいたっただろうか、俺はふと隣りに座るセリ
オに目をやる。
 上映開始からピタリとも動かんのだろう、と思ったもののそういう訳ではない
らしい。微妙に首を傾げている。何か思うことでもあるのかねぇ。
さらにその隣りの氷狩に目を向けてみる、こちらは… セリオの服の袖を掴ん
でいる。さらによく観察すると銃撃戦のシーンは何でもないようだが肉弾戦の
シーンになると時折体を硬直させているようだ。

 目をスクリーンに戻す。
 なんとなく何か形にならないものを考える。
 なんだろう、こう、なんかだ。なんというか、あれだ。
「―どうかしましたか?」
「っっつ」びくっと、びくつく俺。
「んっっ」さらにそれにびくつく氷狩。
 氷狩が目を大きく広げて俺見てセリオが悪気なさそうにこちらに顔を向け首
を少し傾げている。
「……いや、なんでも無い。氷狩、悪りぃ」小声で謝る。
 心臓止まりそうだったけどな。いや心臓止まるどころか臓物語(ゾウモツゴ)
を話しちゃうとこだったぜ。
 ……まぁいいか。
 映画に集中、集中と。

                   §

 スタッフロールが流れていき最後に翻訳者の名前が出る。
 程なく幕が閉じていく。
 むぅ、中々に良い出来だった。74点の点数をつけてあげよう。
 特にお約束とも言えるセリフの数々、あれはいい。
『ここから先は片道切符。行き先は地獄の一丁目だ』『死神の接吻をくれてや
るぜ!』『引き金を引けないとでも思ってるのか?』『諦めた奴? みんなあの
世に行っちまったよ』などなど。
 実に味わい深い。

「さて行くか。てどーした?」
 セリオが氷狩の肩をゆすっている。
「―はい。ブレーカー機構が働いてしまったようです」
 ブレーカー? あの家についてる? なんだ?
「え〜と、なんでそんなん付いてんの?」
「―その質問に対しての詳しい説明は社外秘となるためお話できません」
 あぅ、冷たいなぁセリオさんは。などと心理描写いれつつ、
「はぁ。さいですか…、で復旧するの?」
「―はい。長くとも5分すれば」
 しかしなんで社外秘? 機能説明とか買った人にはするんだろうに。なんか
よう解らんが社外秘にせにゃならんほど氷狩は特別製ってことか? 妙だとは
思ってはいたがどーいうことなんだろうねぇ。
「―市販されているマルチタイプのHMにもブレーカー機構は付いています」セ
リオのフォロー説明が頭に「?」をつけている俺に入る。
「ふーん」
 色々とあるってことか。
 そーいえば麗の勤め先の部署が開発課だかなんだかだったから『社外秘』
ってのも結構あるはず、大人の事情ってやつか。
『ぶぅん』とも『ぶゎん』ともつかない音とともに氷狩が目を覚ます。ハム音ってや
つがたぶん一番近い音だな。
「………」
 セリオと俺を見る。
「なんだかわからんが大丈夫か?」具合を聞いてみる。
 俺と視線が合う。
「…平気」と言いつつ俺から目線を外す。
 セリオが席を立ち氷狩に手を貸す。
「そか。んじゃ行くか」
 俺は上着を着込み席を立つ。
 その仕草にいったい何が見えたのやら、何が解らなかったのやら。

 映画館から外に出ると夕暮れ時。オレンジ色が街を染めている。
 俺が好き時間でもあり、好きな風景の一つでもある。
「永遠はあるよ」なんて声が聞こえてきそうな見事な夕暮れだ。
 電源切っておいた携帯電話の電源を入れ、留守録を確認。
 麗からの伝言で「近くの喫茶店で待つ」とのことだ。しかし近くの茶店で待つ、た
って何処よ? その茶店は?
 とりあえずキョロキョロと周りを見渡す。それらしい物は無し。
「―なにをお探しですか?」
「ああ。麗の奴が近くの喫茶店で待つ、て伝言なんだが…」
「―検索をしますか?」
「ああ、じゃお願い」
 セリオの動きがピタっと止まる。
 こーいう時はセリオのサテライトシステムだっけか? は役に立つ。衛星から電
波を受け取るって話だけど電波受信中というのはなんか怪しいと言えば怪しいよ
な…、終いにゃトースターENDになったりして。
「…霧音」
 にやりと笑って妄想に浸る俺の袖をくいくいと引っ張る氷狩。
「なんだ? どーした?」電波ってるのは俺の方か。
「…知ってる」
「へ?」
「場所…」
「場所? 茶店の?」
「こっち」
 てくてくと歩き出す。
「あぁちょい待ち。セリオ、場所解ったって」
 ん、という感じでこちらを見る。
「場所解ったって。行こうぜ」
「―はい。参りましょう」
 少し残念そうに見えたのは俺の錯覚だろうか?

                   §

 店には氷狩の案内で程なく着いた。
 喫茶店の中に入るとすぐに麗のいる場所が解りそこに向かう。
 四人がけのテーブルに麗の隣りに氷狩、俺の隣りにセリオが座る。
「いやー、もう参ったわ。今日は、ほんとに」
「休日出勤ご苦労さん」
「ほんとご苦労さんよっ」
 紅茶をすすりながらゲンナリした表情の麗。
「…進み具合は?」ぽそりと氷狩が聞く。
「ん、あぁぼちぼち、ってとこね。大体会社の上層部がアホたれだからいけないの
よ。新製品だせだの、Osのバージョン上げろだの、ドライバーの不適合だのやれ
どこそこの製品はあーだのこーだの。全く、現場がぴーぴー言ってのわかんない
のかねぇ、いっぺんに全部なんて出来ないっての……」
 鼻息荒く不平不満をたらたらと垂れ流す。
「へいへい。大変だぁねぇ。地球がだいぴんち、て感じだ」
 気の無いてきとーなあいづちを入れ、店員さんを呼んでカモミールティーを注文。
 ハーブティーの類ではこれが一番好き。
「霧音……、真面目に聞いてる?」一オクターブ低くなる声。
 やば、こりゃ危険だ。
「聞いてる聞いてる。な、セリオ。なんか飲む?」あせってセリオにふる。
ちなみに『なんか飲む?』の部分は氷狩にもふっている。
「―判断しかねます。私達は飲食物の摂取の必要はありません」
「…」以下同文ということかい、その沈黙は。
「うむ。そういうことだ麗」
 偉そうに頷く俺に、麗が静かに身を乗りだす。
 ゴスッ、と拳骨がおれの頭にヒット。頭部にクリティカルヒット、深刻なダメージを
確認、忍者からの一撃で首ちょんぱだよ。
「ぐあ、痛いぞ、麗ぃ〜」
「あらぁ〜、ちょっと力入りすぎたかしら」
「さらにセリオぉ、今の場面は俺に援護してくれなきゃ」
「―申し訳ありません」
「いいのいいの。ちょっとくらい脳細胞死んだってどーってことないって」
 むー、俺の脳細胞だぞ。
「―…」セリオはノーコメント、ということかね。
「まぁ、そんなことほっといて、映画どーだった。ねぇねぇ」
「うむ。面白かったぞ。俺評価で74点」
「うーん、そうか…やっぱ面白いか。あぁ観に行きたかったなぁ」
 残念そうに溜め息。
「二、三ヶ月もすりゃDVDで発売されるだろうから買えば?」
「うう、映画は大画面で観るから良いんだよ。霧音だってそう自分で言ってたじゃ
ん」
 そーいやぁそんなこと言ったかも。
「プロジェクターでも買え」
「プロジェクターかぁ…、うぅ。ほしいかも」
 そんなことをうだうだと雑談して店を出ることとなった。


                §


 駅から出て家に向かう途中、俺は一つのことを麗に聞くことにした。
 ちなみに俺の家も麗の家も同じ駅だ。
「なぁ麗」
「ん、なに」
 マジな顔で麗を見る。
「あのさぁ」
「教えてあげない」質問を遮る。
「ずりぃ。でも質問解ってる?」
「解ってるよ。あんたと何年付き合ってると思うわけ」少し笑みを浮かべる。
 氷狩の頭を優しく撫でながら答える。
「ん」氷狩はちらっと麗を見る。
 セリオが俺を見てる。
「あたしの私見としては、ちょっと違うけどさ、古くは『変化』なんて考えもあるんだ
しさ、いいんじゃない、別に」
 年を経た器物に心、魂が宿るか、たしかにちょっと違うな。
「おまいさん妖怪なんて信じてんの?」ちょっと茶化してみる。
 進んだ科学はご都合主義の魔法に似ている。そんな言葉を思い出す。それさえ
もまだ彼女達には当てはまることは無い、と思う。
「さぁてね」
 立ち止まり月を見上げる。
「あたしは妖怪も幽霊も見た事無いけど、心や魂なんてのも見た事無いよ」
 つられて俺も月を見上げる。
「俺も無いぞ」
 暫く月を見上げていた。
 セリオと氷狩は不思議そうに俺達を見てる。
「さぁてね。ここまでいいよ、おやすみ」俺に軽くキス。セリオの頭を撫でて軽く抱き
しめる。
「んじゃな、麗。氷狩もまたな」
 手を上げて別れを告げる。
「……うん」
「―それでは失礼します」

「そいじゃ俺達も帰るとするかね」
「―はい」
「なぁセリオ」
「―なんでしょう」
「妖怪っていると思う?」
「―いいえ。そういったものは人の空想の産物です。生物学的にみても―」
「あー、わかったわかった」セリオの言葉を遮る。  訝しげこちらを見る。

 そう、すくなくとも、俺にはそう見える。

「さぁ、帰るべぇよ。セリオ」
「―はい」

 とある休日の一日だった。

【おわり】【つづく】

武陵よりちょいと一言:
 第三話でした。
 一応メインの登場人物が出揃いました。
 まだ続きます。


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