「NIGHT WRITER」より

クロスワード・ラヴ
                                         作者:P・Nとらはマニア(仮名)



 客足も落ち着いた午後――。
 商店街の一角にあるこのCDショップも、今はゆっくりとした時間が流れて
いた。

 店内を流れる有線放送に合わせて鼻歌を口ずさみながら、芳晴はカウンター
で事務処理をしていた。

 本名、城戸芳晴。
 一見、人の良さそうな青年アルバイターだが、その実、有能なエクソシスト
である。
 しかし、本人があまりその事に触れたがらないので、彼の力のことを知って
いる人間は極々僅かだ。

 その隣では同僚の絵美が、彼と同じようにカウンターの上に置いた紙にペン
を走らせていた。
 もっとも、こちらの場合は事務書類というわけではなく、どうやらクロスワ
ードパズルのようだが。

 絵美というのは偽名で、本名はエビル。
 魔界屈指の力を誇るデュラル家頭首、ルミラ・ディ・デュラルの家臣の一人。
 現在ルミラ以下家臣の面々は、訳あって人間界に出稼ぎに来ており、エビル
はこのCDショップでアルバイトをしていた。
 尚、他の家臣達もそれぞれ別々の場所で働いている。

 中性的なスレンダーボディーに、人とは思えないほどの涼やかな美貌。
 それ故、彼女目当てに店に来る者も多いが、当の本人は別に気にしていない
ようだ。

 絵美は感情の起伏が少ない女の子だった。
 それは、彼女が死神であることに由来しているのかもしれない。
 しかし芳晴のこと同様、絵美の正体を知っている者は少ない。
 知っているのはルミラと仲間達、それに芳晴と彼のパートナーを名乗る天使、
コリンくらいだろうか。

 エクソシストと死神――。
 とても不思議な組み合わせだが、実際彼と彼女の間には過去に一悶着あった。
(正確には、芳晴&コリンペアとルミラ一家にだが)
 しかし、今ではお互いに和解し、別段争うこともなくなっていた。

 芳晴にとって、絵美は以前から《少し気になる異性》だったが、騒動前も後も二
人の仲に変化はない。
 同じ仕事場で働く者同士――それが芳晴には寂しくもあり、また嬉しくもあった。



「芳晴」
「はい? なんです、絵美さん」

 絵美に呼ばれ、芳晴は書類業務を打ち切って彼女の方を向いた。

「ダイナソアで、ヤール王配下の4人の守護者達の名前なんだが…」

 突然の質問、それも10年近い昔のPCゲームの質問に、思わず「は?」と
首を傾げる芳晴。
 だが絵美は構わず、いつもの淡々とした口調で続ける。

「…タルシス、トリニトラ、アリエルと、あと一人は誰だ?」

 芳晴は「新手の冗談?」と思ったが、絵美が冗談を言うとは思えないし、今
まで言ったこともないし、なによりも彼女の眼差しは真剣だった。
 口元に手を当てながら、必死に記憶のページをめくる芳晴。

「…えっと、確かセラクだよ」
「セラク?」
「うん、そう」
「そうか、すまない…」

 視線を手元のクロスワードパズルへ落とし、なにやら記入していく絵美。

 ――あ、なるほどね。

 納得する芳晴。

 ――しかし、妙にオタクくさいクロスワードだな…。

 などと心の中で苦笑してから、芳晴は再び事務作業に戻った。



 数分後――。

「芳晴」
「はい?」

 また絵美が訊いてきた。

「アーケード版ロードランナー4部作で、最終作品のタイトルは?」
「最終作?」

 再び記憶のメモリーを漁る芳晴。

 ――ん〜、2作目が《バンゲリング帝国の逆襲》で、その次が《魔神の復活》
だから…。

「えっと、確か《帝国からの脱出》だよ」
「帝国からの脱出?」
「うん、そう」
「そうか、すまない…」

 カリカリとクロスワードパズルの空欄を埋めていく絵美。

「凄いな、芳晴は」

 ペンを走らせながら絵美が言った。

「昔のゲームのことを全部覚えているのか?」

 顔を上げ、芳晴のことをジッと見つめる絵美。

「え? い、いや、そんなことは……」

 憧れの絵美に見つめられ、照れる芳晴。

「質問されてもすぐに答える。それに比べ、私は知らないことばかりだ」

 ――そりゃ、絵美さんには判らないだろう。

 なにせ彼女は魔界の住人。向こうにはテレビゲームなんて代物があるとは思
えない。
 知っていたら、ある意味恐ろしいものがある。
 ゲーマーな死神――。
 その姿を想像して、芳晴の頬が緩む。

「どうした?」

 絵美が不思議そうに訊いてきた。

「え? あ…べ、別に…」

 慌てて頬を引き締める芳晴。
 そして、話題を変えようと切り出した。

「そ、そういえば絵美さん、それクロスワードパズルでしょ? なにか懸賞と
かに応募するの?」
「ああ」と頷く絵美。

「これ、今度隣町に出来るレストランの前で配っていた葉書だ」

 と言って、クロスワードパズルの書かれている紙を芳晴に見せる絵美。
 彼女の手からそれを受け取り、まじまじと見つめる芳晴。
 それは確かに葉書で、パズルの裏側の宛先には、隣町でオープン予定の高級
中華レストランを経営している会社の名前と住所が書かれていた。

「そのクロスワードパズルを解いて送ると、抽選でペアの無料食事券が当たる
らしい」

 なるほど、良く読んでみると絵美が言っているような事が書いてある。

「いつも芳晴にゴハンを御馳走になっているからな。たまには私が御馳走したい」
「ははは、いいよ、そんなの……」

「…気にしなくて」と言いかけて、ふと芳晴は気付いた。

 ――え!? い、今、絵美さんはなんて言った!?

 パズルの解答者には抽選でペアの無料食事券が当たる。
 そして絵美の言葉。
 この場合、ペアとは自分と絵美の事を指しているのではないか?
 即ち、絵美からのデートのお誘いだ。
 但し、当たればだが――。

「芳晴は、私のオゴリでゴハンを食べるのは嫌か?」

 先程の芳晴の「いいよ」を断りと受け取った絵美が、少し残念そうな顔で訊
いてきた。
 慌てて、ブンブンと物凄い勢いで首を何度も横に振る芳晴。

「嫌だなんてそんな! とっても嬉しいですよ、絵美さん」
「そうか?」
「是非お供させて下さい!」

 ビシッ! と絵美に向かって敬礼する芳晴。

「大げさだな、芳晴は。まだ当たるかどうかも判らないのだぞ」

 クスリ、と絵美が笑った。

「でも、私も楽しみだ。芳晴と一緒に食べるゴハンはとても美味しいし、とて
も楽しいからな。…ルミラ様や他の仲間達と食べるのとは、また少し違った
楽しさだ」

 とても自然で優しい微笑みだった。

「絵美さん…。いい顔で笑うんだね…」

 いつの間にか、芳晴の口から言葉がこぼれ出ていた。
 気障な言葉だったが、別に狙った訳ではなく、芳晴の素直な感想だった。
 それほど、絵美という少女は笑わない女の子だった。

 そして、その一言は絵美の心に響いたようだ。
 氷で作られた仮面のような美しい相貌が、見る見るうちに朱に染まっていく。

「と、突然なにを言う! よ、芳晴…なんか変だぞ…」

 ――うっ! か、かわいい…。

 普段の彼女からは想像もできない狼狽ぶりに、芳晴の胸もときめく。

「絵美さん、俺…」

 芳晴の喉が鳴った。
 無意識のうちに、彼の足は絵美に向かって一歩前へ踏み出していた。

「あ…」

 絵美の潤んだ瞳が芳晴を映した――と、その時、入口のシャッターが開いて
何人かの客が店内に入ってきた。

「い、いらっシャいマせ!」

 反射的に芳晴は絵美から飛び退くように離れ、上擦った声で挨拶する。
 一方の絵美は、「ざ、在庫見てくる」と言い残し、カウンターから出ていっ
てしまった。

 ――とほ〜、いい感じだったのに〜。なんてタイミングの悪い客なんだ〜!

 心の中でぼやきながらも、営業スマイルを忘れない芳晴。
 嗚呼、哀しき接客業――。



「それじゃ、お先に失礼します」

 タイムカードを押し、事務所の中に向かって挨拶をすると、芳晴はディバッ
グを肩に担ぎ、小走りで従業員出入り用の裏口へ向かった。
 裏口から外へ出て、店の表へ回る。
 既にシャッターの閉まっている店の前には、絵美がポツンと立っていた。

「お待たせ、絵美さん」

 芳晴の声で振り向く絵美。

「芳晴」

 相変わらずの無表情だが、芳晴には彼女の顔が心なしか嬉しそうに笑ってい
るように見えた。

「じゃ、行きましょうか?」
「ああ」



 流れゆく雑踏の中、二人は商店街のメインストリートに備え付けてある赤い
ポストの前に立っていた。

 絵美は自分の荷物の中から葉書を取り出すと、ポストの口へと持っていく。

 その手に触れる芳晴。
 絵美は不思議そうに芳晴の顔を見た。

「芳晴?」
「二人で一緒に出した方が当たる確率も増えるよ」

 クスッ、と微笑む絵美。
 本日二回目の彼女の微笑みだ。

 こんな可愛い死神にこんな顔で微笑まれたら、魂を差し出さない男なんてい
ないんじゃないかと思わせるような、それは素敵な笑顔だった。

「芳晴はロマンチストだな」
「え? そ、そうかな?」
「ああ、そうだ。…でも、そういう芳晴って嫌いじゃないぞ」
「え!?」

 カタン――。

 二人の願いが込められた葉書はポストの中へ。

「当たると…いいな……」

 絵美が呟いた。

「当たるよ…きっと……」

 芳晴が呟いた。

 見つめ合い、視線を交わす芳晴と絵美。
 今の二人には、夜の闇を行き交う人々の喧噪が、何故かとても心地よいもの
に感じられた。



【おわり】


武陵よりちょいと一言:
またまた「P・Nとらはマニア(仮名)」さんより頂き物です。
今回は「らぶらぶ」な「NIGHT WRITER」でした。
ギャグも良しらぶらぶシリアスも良し。毎度良い味を出してくれます。
毎度のことながらありがとございました!!


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