寒い日が続いている。
 12月25日
 クリスマス当日。
 以前もこんな風に忙しかったことを南は思いながら机に向かっていた。



「こみっくパーティー」より
『White Night』

作者:武陵桃源

 


「―……ぃ…さん…―…お…それは……―」
 チューニングがあっていないのか雑音をはきだしているラジオ。
 細い指がやさしくチューニングをしていく。
 ノイズが次第に消えていき鮮明な声が聞こえ始める。

「―リクエストありがとう。この曲も根強い人気があるよね。それだけ良い
曲ってことかな。わたしも好きな一曲だよ。彼氏とうまくいってない時とか、
会いたくても会えない時に聞くとグッとくるよね。うんうん。え? 彼氏がい
るのかって?あ… あはははは、どーせ独り身ですよ。はぁ……
 今日はクリスマスだっていうのにねぇ……ふぅ。
 ちょ〜っとブルーになったけど気分を入れ替えてと、聞いてください…」

 Djの声がフェードアウトしていき、静かな伴奏が流れ始める。

―すれ違う毎日が 増えてゆくけれど
 お互いの気持ちはいつも 側にいるよ
 ふたり会えなくても 平気だなんて……

 数年前に流行った曲。
 じっと歌に聞き入る。
『WHITE ALBUM』たしかそんな名前の曲だ。

 当時この曲が流行ったころ南は「こみっくパーティ」のスタッフとして忙しく、
この曲に耳を傾けるひまもなかった上に、特に気に入るような曲調でも歌
詞でもなかった。
 変わったと感じられるのはあの年のクリスマス。
 そうこの曲のヒットからしばらくたった年のクリスマス。
 彼に思いをつげた、彼の思いに答えをつげた、あの雪の日。きっとそこ
からだろう。いや、ひょっとすると彼と出会ったあの日に変わり始めたのか
もしれない。


 歌は静かにラジオから流れている


―過ぎてゆく季節に 置いてきた宝物
 大切なピースの欠けた パズルだね

 歌に耳をかたむけていると彼の顔が浮かぶ。
 困惑した顔。
 真面目な顔。
 怒っている顔。
 笑っている顔。
 さまざまな顔が浮かぶ。

―白い雪が街に 優しく積もるように
 アルバムの空白を全部 埋めてしまおう

 どれも南の好きな顔。
 大切な思い出。

 新人同人作家の彼、準備会スタッフの南。
 彼と出会ったあの春の日から始まる思い出。

 夏には一緒に海に行った。

 秋には遊園地。
 
 冬、彼からの告白。そしてクリスマスのおにぎり。

 お正月の大切な思いで……
 少し頬を赤める。

 春、再び巡る季節。
 ホワイトデーの指輪。


 彼との別れ……


―降り積もるさびしさに 負けてしまいそうで
 ただひとり 不安な日々を過ごしてても

 彼に相談一つ出来ずにいた自分。

 この町での思いでを、彼との思い出を胸に去りゆこうとする自分に投げか
けられる言葉。


―大丈夫だよって 肩をたたいて
 あなたは笑顔で 元気をくれるね


 彼がしてくれた約束。


―たとえ離れていても その言葉があるから
 心から幸せと言える 不思議だね


 彼にした約束。


―淡い雪がわたしの ひそやかな想い込めて
 純白のアルバムの ページ染めてくれる

 曲が静かにフェードアウトしていき再びDjの声が聞こえてくる。



 ふと窓を見ると白い雪が降ってきている。
「どうりで寒いはずね……」
 窓を開けて、はぁー、と白い息を外にはきかける。

 あの時の約束。彼の言葉。
『だったら迎えに行く! 卒業したら、必ず、必ず南さんを迎にに行く!!
 そして同人も続ける。それで、南さんの夢が叶ったら一番に駆け付ける!』


 そして今も夢を追い続ける自分。
 夢を追い続けてくれる彼。

 窓を閉める。
 ラジオは彼女に会いに行けない彼氏の手紙を読んでいる。

「はぁ。今日は来てくれないかな……」
 ちらっと、恨めしげにラジオを見る。
 ため息だけがもれてくる。
「うぅ。たしかに必ず来てくれる、とはこの間言ってなかったけど……」
  先日の電話を思い出す。

 時刻は8時を過ぎている。
 だいたい同人作家の人というのはこの時期は忙しいものとわかってはいる
ものの、やはり未練はある。

 電話が鳴ってる音が耳に入る。すぐに鳴り止んだところ考えると両親が出た
らしい。
「みなみー、電話だよ。千堂さんからだよ」
 表情が緩むのがわかる。
「はーい、今行く〜。痛っー」
 あわてていたため机カドに足をぶつける。
 母親がのんびりと催促する声がする。
「なにしてんのー、千堂さんまってるよー」
「はぁーい」ちょっと涙声。嬉しいし痛いしちょっと複雑。
 ぱたぱたと電話に向かう。

「はい、南です。はい。はい。あ、いえなんでもないんです。本当です。あ、ひど
いです。私そんなにボケボケしてないです、もぉ」
 半ばくらい何をやったか見透かされている。少し悔しくすごく嬉しい。
「はい。ええ、わかりました。まってます」
 ちょっと考える。グットアイディア「あの……」

 一方、和樹の方は……
「えっ、う〜ん、いいよ、雪で電車遅れてるし… あの南さん南さん? あぁ、切
れたよ…… なんか相変わらずみたいだな…」
「どうかしたか、まい同志」
「ん、いやぁ、南さんとこに遅くなりそうだから、って連絡入れてたんだけど話最
後まで聞かずに電話切っちゃったんだ」
「フッ、南女史も相変わらず、といったところだな」
「あぁ…… って大志!おまえ何処から現われた!!」
「なにゆうとんねん!」
バシッとハリセンで頭を引っ叩かれる。
「気づくのか遅いっちゅうの」
「やめようって言ったんだからね。二人の邪魔しちゃ悪いってあたしは…」
「むか、むか! 温泉パンダじゃまっ」
 詠美が割って入ってくる。
「なんでおまえらここにいる?!」
「あぁ、詠美ちゃんさまの下僕のくせになまいきにゅっ……」
 詠美をハリセン一発で黙らせる由宇。
「クリスマスパーティ及び春の即売会の打ち合わせや」
「そういうことだまいブラザー」
「うぅ、そういことよ下僕」
「あたしはやめよう、って言ったんだからねそれをこのバカが」
「何を言う、まいシスター。そもそも最初に…」
 うんざりした表情の和樹。
 大志が瑞希からかい、ぎゃあぎゃあ喚く詠美をあいてにしている由宇。よく見
るとその他の面子も勢ぞろいしてるようだ……
 ため息をつきながら窓の外を見る和樹。
 そとの雪は深々と降りつづけている。


「それじゃいってきまーす」
「寒くないようにして行きなよ」
「はーい」

 足取りは軽く寒さも気にならない。


 上を見上げ呟く。
「早く会いたいな」

「早く会いたいな」
 窓の外を見る和樹が呟く。

 想いが重なる。




 神の御子が生まれたとされる聖なる夜。
 全ての人々を祝福する光のように舞い落ちる雪。


 Merry Xmas!!


【おわり】

武陵よりちょいと一言:
 クリスマスSSなんか大変でした。
 まにあってよかったすっ。


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