水と木と土と光と風と人、そして自然の恵みである素材たちと家(建築)をつくりたい。
想像するだけで、どんなに気持ちがよいだろうなと思います。
僕たちの住むこの国は、古来より自然と共に生きて来ました。それがいつの日からか消費することを目的とした工業製品(新建材)に溢れ、世の中は無機質な建築とそれらの集合した町となってしまいました。豊かさを求めて来たはずがほんとうに豊かになったのだろうか。

工業製品の表面的な奇麗さは時間と共に風化していきます。ですが本物である有機的な素材たち<木・土・紙・草・石など>でつくられた建築は、時間と共に熟成された美酒の如く味わい深い空間をつくり人々の暮らしの中に心地良さをもたらしてくれます。今一度原点に戻り人も地球の一部であることを思い出して自然と共に建築づくりをしていきたい。






家(建築)は風景の一部になりますから風景をつくることの責任をもっと持たねばなりません。
自分のデザインする一軒から町並みを変わっていくのだから、きっちり意識して設計していくものだと思います。昔の集落が美しいのは一軒一軒を建てる場合でも周囲におさまるようにこう建てるという意識がとても強かったから。お互いさまの精神でお互いに協調する心があったからではないでだろうか。

『全体の中の自分』として町の風景を感じて自分たちの家を建てる。地域と共に暮らす連帯感が少しでもあれば今みたいな町の無秩序さは生まれないのではないかと思います。施主も建築家も工務店も、そこを意識して調和していくことを目指していく、そしてその中で家(建築)をつくることを考えていけるのであれば、もっと世界は変わるように思います。





居心地がよいということは好きなモノで空間を満たすという物質的なことではなく精神(心)が満たされることの要素の方が大きいように思います。
ところが大量生産大量消費社会の渦中にいると、その大事なところが忘られがちになり一生懸命働いて一生懸命モノを買い所有することで生きている手がかりを確かなものにしようとしてはいないだろうか。ほんとうにそれで満たされるのであろうか。

包まれる場所が、自然である素材たちで囲まれることって、やっぱり自然と気持ちよいものです。
つくられた人口的(不自然)なモノでは心地良さには限界があります。足ることを知り、モノが溢れるではなく、人の精神(心)に溢れ、満たされる美しい場所づくりを目指していきたい。






古からの町並みを歩いていると統一された風景に何か懐かしさと居心地の良さを憶えます。
なぜなのだろう。その土地の気候風土からの課題を解決し地元の素材を使いつくられてきたからこそ町を構成する建築の色や素材感には統一感が生まれ、それが町の表情になっていたのではないでしょうか。

時代が変わり現代に至るプロセスにおいて自由主義が主役となりお金があれば正に自由に好みに合った建築をつくることができるようになりました。ですが『自由』ということは決して『自分勝手』ではいけないと思います。本当の意味の『自由』とは過去も現在も未来も、外なる世界、内なる世界も精神が『自由自在』に想い巡らすことができることを言うのではないでしょうか。つまり広く深く高く多次元的な視野を持ち、相手(人や町や自然の風景)の立場を考えた上で『自由』であること、町づくりの大切な気持ちです。





個人主義が海の向こうからやって来て数十年、所有の中であれば、好きなように個人の自由に家(建築)をつくることができる世界になってしまいました。無秩序に乱立する原因の一つに『合理化』という近代主義が目指した大号令があります。合理化=便利(コンビニ社会)な世界がほんとうにみんなの幸せにつながったのだろうか。

人が沢山住んでいる都会に行けば行くほど孤独を感じる人が増えてるように思います。
人は一人では生きていけないのです。同じ時代に共に生きる喜びや実感とは共に時間を共有することができ精神(心)が満たされる充実感と場所の存在にあるのではないでしょうか。かつて、この國では一つの集落ごとに助け合う『結い』の精神が生きていました。縁が結ばれ環になっていく場所、建築には人を結ぶ大きな力が備わっていると思います。そんな場所を創っていくことの喜びも共に共有できたら、そんな嬉しいことはありません。





日本は国土の67%が森林の「森の國」であります。
それが市場経済の名の元に、海の向こうから安い外材が横行し、森の國を支えてきた林業にも大きな影響を及ぼして来ました。そして世界の森が大量伐採され、枯れ、天然の緑のダムである森自体が保水することができなくなり、地球環境、生態系のバランスが完全に崩れています。

身近ででも奥山にいたはずの動物たちが里山に下りて来たり、温暖化の影響で今迄越冬できなかった鹿をはじめとする動物たちが増え森の若葉を食べ尽くし森が枯れる原因にもなっています。
今、建築にたずさわる一人として奥山からはじまる森の再生活動に関わっていきたいという想いがあります。川を基準に奥山・里山・里町・里海・海へと循環の仕組みを元に戻す活動をすることで町の第一次産業である、林業・農業・漁業が復活していくのではないかと考えています。町づくりはそれら基礎があってのことで、建築家には全体を知る社会的な責任があります。





家(建築)を創ることによって、そこに新しい人生、時間、新しい充実した生活が営まれます。
お店ならば新しい繁栄が期待されます。そういった目に見えないものを建築の上で芸術的に美しく表現していくことが建築の仕事だと思います。設計が単なる技術だけの製図作業ではない由縁です。

つまり、計算では出てこないような人間の生活とか、そこに住む人の心理を寸法によって数字に置き換え表現するのが建築家の仕事であって、そこに旧くより受け継いで来た簡素(シンプル)でありながら心地良く美しいもの足ることを知った削ぎ落とされた美学、自分たちの住んでいる日本の長い歴史風土や伝統文化により培われて来たさまざまな建築、家具道具や芸術たち、そこから和の精神を学び、気持ちから素直に出たものを建築としてつくることが大切なのです。