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屁理屈  あの人この人物語




勢いが悪かったせいか、この文章はいつにも増して読みづらい文章となっております。それもこれも猛暑のせいということにして、「暑いからねぇ」とご勘弁のほどを(お願い)

  人間の「生きる」は、世界を物語化する事と同義である。自分と、自分を取り巻く世界の現象と行動とを定義し(設定し)、一つの物語とすることで「生きる」のが人間だ(ただしここでいう物語とはファンタジーに近いニュアンスの価値定義、舞台設定のようなもののことである。起承転結のある物語のことを指しているわけでアリマセン)。

  自分はこのようなもの、という自分の定義、世の中はこのようなもの、という世界の定義、そして私はそれをこのように価値定義し、且つこのようにしたい、という行動の定義によって、人は「物語の中を生きる物語化された自分」を現実に生きることができる。(必ずしも意識で定義したように演じるわけではないが)

  本来は無意味な「行動に与えられる意味付け」が、しかし秩序を構成する要素として自己設定されたとき、それは自分を取り巻くドラマとして、ファンタジックな意味合いを持った自分の物語を成り立たせるのである。

  あるいはそれは、行動の前にではなく、後に存在するのかも知れない。常に後付の、それはいいわけであり、解釈であるのかも知れない。すべての理屈と屁理屈がそうであるように。いずれにもせよ、人の生存と行動は、物語化されて認識世界の中に位置づけられる。物語化されない自分と世界は、すなわち無秩序と不安の世界であり、人はそのような自分と世界とを容認しないか、あるいは容認できない。「不安な世界」こそ、生まれ落ちたときから、人が全力で忌避し続ける脅威だからである。

  だから人は世界を秩序付けはするものの、その中に自分をも組み込もうとするとき、自分は希望と期待と幻想とを一身に担って、物語の存在となる。世界の中に生きている自分は、各人各様の設定をもって進行する、ドラマチックであったり、なかったりする個人だけのドラマとして認識されるのである。フィクションとは言い切れない。それは現実であるところの、現実を構成するフィクションなのだ。そのリアルなフィクションという、はなから矛盾したものが人間、自分そのものである。

  結果、人はそれぞれの物語を生きる生き物となる。価値定義という物語、自己定義という物語を生きる自分は、類例無く自分だけの物語を生きているのであり、他の誰とも似て非なる、各人固有の物語を生きる。自分が作る、自分だけの物語の中を人は生き、その設定は多少変動するにしてもそこから出ることは一生できない。しかもその物語は自己設定こそあるものの、シナリオなんかありゃあしねぇという代物なのだ。当然どう転がる話なのかも、作者であり演者であり、観客ですらあるところの自分にだって、ちっともわかりゃしないのである。なんとタチの悪いフィクションであろうか!
(ちなみに、ここは笑うところである。どっとわらひ)

  人の物語には設定しかない。自己と世界の設定書があるばかりである。シナリオはない。キリスト教の思想の一部がそうと導き出したような、人は「世界に手を加えるもの」ではありえないからだ。当然だ。人は感覚受容者なのだから。人は、世界に次々わき起こる現象をただ受容して、解釈し、設定書とニラメッコのあげく、既存の方法でなんとか対処を企みつつ、大概はおろおろするしかできないのだから。せいぜい自分に関する設定書の一部を書き換えて、現象に適応しようと苦労するのが関の山である。何がタチの悪いといって、これほどタチの悪いところはこの話にはない。そしてたぶん、生きている人にとって、これほどタチの悪い話は、この世にほかにありゃあしないのだ。

  あなたが駅のホームで大混雑する人波を見たなら、個々の物語がぶつかり、すれちがい、併走し、溢れ流れていると思うがよろしい。ただの一人も、同じ物語を生きている者はいないのだ。人の流れは、ぶつかりあいこすれあい、時には手を取り合って流れて行く物語の流れにほかならない。

  それだもの、人づきあいが、そう簡単なわきゃあないのだ

あぁやっぱり読みづらい。申し訳ない

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2001/08/02

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文責:@ Kaikou <木下裕文>