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屁理屈    「人間様の勘違い」





  私たちの唱える安易な人生観の一つに、「〜するために生きている」というのがある。

「〜」の中身は様々だ。メシを喰うため、というしごく真っ当な理由もあれば、騒ぐため、と思っている尻軽な者もいる。

  楽しくなければ、生きている意味がない、と言ってのける同情心のない者もいれば、せっかく生きているんだから、〜しなくっちゃ、と夢を見ている者もいる。

  いずれもひどく大事なことを勘違いしている。

「生きている」という状態は、それらすべての思考の出発点であり、土台であって、目的ではない。そしてもちろん、どうかしなくては意味がないようなあいまいなものではない。

  私たちは、何かのために生きているのではなく、「生きているから何かする」のである。

  無論のこと、死人はなにもしない。死んでいるのだから。生きるために何かしようとは、もちろん思うはずがない。死んでいるのだから。

  私たちは、生きていることに「拠って」、それを出発点にしてなにかをし、あるいはなにかを望み、欲する。その結果喜んだりがっかりしたり、夢を見たり希望をなくしたりするわけだが、それらはすべて、生きているという状態があって、始めて発生する、言い換えれば意味を持つ概念であって、これまたよく云われるように、生きていなければ意味はない。

  生きているのは、なにかしたり思ったりすることを「可能にする」前提条件であって、間違っても目的ではない。生きていなければ、思ったり望んだりする状態はない。

  しかしながら、私たちは底抜けに勘違いをし続ける生き物であるから、

「生きるために頑張る」

  などといった、救いようが無くて目眩がしてくるような勘違いを大いにやらかしてしまう。(時には、それが美談として語られてしまうほどに、だ)

  逆である。

  生きている状態があって始めて、私たちは思い、考え、望み、喜び、悲しむことに意味を見いだし得る。つまり、生きている状態に自分があるとき、始めて「頑張る」とか、「〜のために」といった意識が(意識にとっての)意味を持つことができるのだ。生きている状態にある、その間だけ。

  それらは生きている状態が作り出す、「機能」あるいは「現象」なのである。

  生き物が見る夢のようなものだ。それは生きている状態ではあるが、生きることの目的だったり、あるいは生きる「ための」原動力であるわけではない。生きている「から」そう思う、のだ。

  それが証拠に、死んだとき、それらのすべては意味を持たないではないか。

{〜のために」生きている状態があるのではなく、生きている「ために」、〜の状態があるわけではなく、それらは生きている間に生き物が生じる現象である。生きている間、私たちは、そうした状態の中にいるが、死んだ後は、それらの状態の中にはいない。そうでない状態の中にいるのだ。あるいは、そうでない状態の中に帰還する、と云うべきだろう。世界そのものとして自覚することなしに(もっともたいていの場合、生きている状態にあってさえ、私たちは世界そのものであることに無自覚なものなのだけれども)。

  私たちは生きている状態にある時、はじめて「〜のために」と思い、「生きるために〜しよう」と思う。そう思うのは時として人を幸福にするから、そう思っても別段悪いわけではないが、それが基本的に勘違いであると知ることは、私たちの生を一層幸福にすることであるから、私たちはそれを知るべきであるのだろうと思う。

  私たちは「〜のために」生きているのではなく、生きている状態によって、「〜のために」、いわば生かされているのである。それをあたかも、自分たちがそうしなければ「生きている状態が危うくなる」などと思うことは、生きていることへの侮辱であるように思えてならない。(たとえそれが、ある意味で私たちのお手軽な幸福のシステムであるのだとしても)

  だから私たちは、やっぱり忘れないでいるべきなのだ。

  生きていてはじめて、「生きている状態に限り」、私たちは思い望むのだ、ということを。私たちは、元来そうした存在であるのだから。そうした存在であることを自覚することにこそ、私たちの、「本来そうであった」、元来の生がちゃんとあるのだから。

  解りにくいだろうか?

  だが、逆立ちして生きていようとも、私たちがそうした存在であることには変わりはないのである。

  忘れているか、気づいていないのか、さもなくば勘違いをしているだけだ。


2005/01/21

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