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つくづくやなタイトルだなぁ


なめし


  新年の七日には小松菜を刻んだ菜飯を炊くのが我が家の習慣である。
  炊き上がるちょっと前に、刻んだ小松菜をぱらりと入れて、炊き上がってから混ぜて、神前に供えてから皆でいただく。
  塩を振らないと味が薄いけれど、少しの塩で十分に味わい深い。
  おせちより、雑煮より、この菜飯を食べると新年が来たような気がする。畑の菜の味だからだ。
  あぁ、生き延びている、という気がする。菜飯が食えなかったら、それはつまり、死んだ時なのである。
  酒よりも、旨いものよりも、菜の味の方が生きている感覚に直結している。
  畑のもので育った私らしい感覚なのだと思う。生きている実感を味わう手段にしては、実に安上がりだが、安い分には特に損はない。
  毎年が開けるたびに、それは神聖な、静かで安くて厳かな聖杯になるのである。
  菜っ葉を刻んだ、田舎の聖杯だ。

(2016/01/07)



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