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屁理屈  飲酒編(酔漢の屁理屈)  わたしに、ついて  Ver 3.1




*註1)以下の文章には、差別表現にあたる単語が何度も登場します。自分について言及している箇所にしか登場しませんが、差別表現をする者は許せん、という方は以下の文章をお読みにならない方がよろしいでしょう。




  わたしは自分のことを、いわゆる差別表現に当たる「カタワ」だと考えている。

  自分のことを、だ。

  元来劣等感の強い人間だが、だからといってそういう意味で自分を卑下しているのではない。

  冷静に考えて、そう判断している。カタワという表現は使うべきでないとおっしゃるなら、奇形と言い換えても良い。

  まぁ、いろいろ細かい理由はあるが、第一にはわたしの体格が、五体満足ながらしかし、正常な人間の域に達していないと思うからである。自己紹介にも書いてあるが、わたしの身体は小柄で、ひどく痩せている。それはもう、人間とは思えないほどだ。

  男の標準体型に達していないのは無論のこと、女の標準体型にすら達していない。身長は小柄な日本人並だが、体重は子供のそれである。それも冗談ではなしに。

  無論、贅沢な言いぐさである。手も足も、目も耳も揃っており、ちゃんと機能しているのだから、文句を言う筋合いはないと弁えてはいる。

  だが、なにを基準にするかにもよるが、わたしの体格は一般的な成人のそれではない。狩猟生活の昔であれば、成人前までに、狩りの最中にかそれとも事故でか、満足に餌も採れずに死んでいたであろう弱い人間だ。あるいはこの子は見込みがないとされて、子供の内に殺されていたかも知れぬ。耐久力だけは異常なほど強いが、膂力も無ければ元気も無い、明らかに厳しい生存環境には向かぬか細い身体をしている(もっともそういう人間は、そう云いながら実は案外しぶとかったりするのかも知れぬが)。

  実際、わたしは誕生直後に保育器の中で誤って酸素を止められ、それだけで一度死にかけたそうである。わたしを取り上げた産婦人科の医者に至っては、生まれた子は元気かと父親に訊かれて「元気だ」と答え、無事に育ちそうかと訊かれて

「わからん」

  と即答したくらいだ。
(ちなみにわたしの出生時の体重は僅か1290gである。まいったか)

  しかも育ってさえ、他者との大きさの比率はそう大きく変わっていない。だからわたしは、発育不良の未熟児ならぬ未熟人だろう(上記の通りおもいっきり未熟児には違いなかったが)。繰り返すが卑下しているわけではない。それで死にもせず、人並みに生きていられるのだから、自分でいうのもなんだが立派なものだと思ってもいる。しかし、少なくとも平均的ではない。大きく劣る。

  その上、内臓が信用できぬ。消化能力は普通人に遠く及ばぬは、原因不明のえずきは起こすわ(検診の結果、結核ではないそうだ。といって原因は不明)、これまたこちらは何年かに一度、原因不明の貧血起こしてイキナリ気絶してぶっ倒れるわで(最近無いが)、ともかくも生まれつき身体頑健とは言いかねる(医者が言うにはそれでもあんたは健康体、なのだそうだが、嘘つきとしか思えない)。医者が診てさえわからぬことだが、たぶんわたしは身体のどこかが決定的に弱い。異常なほど高い耐久力と、持って生まれた強烈な精神力とで根性入れていままで持ちこたえてこそいるが、いつ死んでも別に驚かない。機能不全や欠損は無いが、まったくもってまっとうな身体というのは持ち合わせていない。

  かててくわえて、わたしはたぶん、世の一般的な皆様方より知能がちょっとだけ遅れている。あまりこんなことを気軽に云うと叱られそうだが、わたしの思考能力は、年を経てこのくらいの駄文なら書ける程度には至ったものの、元来が相当に低い。記憶力はほとんど最初から痴呆症に匹敵するほど無い。注意力も集中力もゼロに近いと思ってよろしい(自分でいうのもなんだが)。計算能力に至っては足し算すら間違えるくらいだからこれまた立派なものである。

  なにを思考しても、わたしはじつに愚かだ。たいていどこか間違っている。元来が論理的とはまるで云えぬし、憶え違いが多いから思考しても休むに似たりだ。記憶違いと勘違いなら絶大な自信があるが、それならばこそ知能が低いと云う他はない。人の顔さえ覚えられぬし、思考が的確に働いて答えを出すのは、その必要がなくなったはるか後である。思考速度は極めて遅い。これも自分で云うのはなんだが、ほぼウスノロと云ってよろしい。

  考えることも極めて程度が低い。何を考えても、世の一般的な皆様方にはとうてい及ばぬ。情報に与えている優先度が違うのかも知れぬが、わたしの考えることは世の一般的な皆様方より程度が低い。すくなくともあれほど複雑なことを考える能力はわたしには無い。わたしという人間は、知能の発達が他人よりちょっと遅れているとしか思えない。アタマの何処かが、これも決定的に弱いのだろう。

  発育不良の知恵遅れたる自分を冷静に観察すれば、これはもうカタワと云う他ないではないか。

  だからこれは自己卑下ではなく、単なる自己定義である。

  そのことは別に構わない。なにしろ、それがわたしなのだから。

  それがイヤだとも思わない。なんにせよ、わたしはそういう生き物である。イヤだと云っても変わってもらうわけには行かぬ。自分を拒否しても始まらぬ。自分の身体が人並みになり、知能が突如向上するような、劇的な不思議が今後起こるとも思えない。

  ならば、それがわたしなのである。

  わたしはそのように自分を認識して生きている。

  そして、わたしはそんな自分がダメだなどとは思っていない。

  ダメもクソも、わたしの世界の基準点たるわたしは、そういう人間なのである。わたしという物差しが格別正しいとも思わぬが、間違っているとも思わない。わたしが正しいと保証するなにものもこの世には無いが、わたしが間違っていると保証するなにものもこの世にはない。無論、それをダメだと保証するなにものもこの世には無い。言葉の土俵に載せれば違う正しいと云うことは可能だが、言葉の外の現実世界にそのような保証は存在しない。

  第一、もうあるものをダメだと云ってもなんにもならぬ。そのようにあるものはそのようにある。

  それこそがわたし自身である。

  他人様と比較するならば、それや絶望的に見えるやも知れぬが(実際、他人と比較するのなら自分でもそう思うが)、それは他人に並ぼうとするからである。他人と並ぶ必要はないから、比較する必要もなく、絶望する必要もない。他人に並ぶなら、その自分は他人であって自分ではない。だから、わたしは自分にがっかりはしているが、ダメとは思わない。特に嫌いとも思わない。

  なにしろ、わたしはそのように生まれてきて(成長してきて)、いまなお生きているのだから。カタワであるにもせよ、生きている以上、生きてゆかないわけにもゆかない。今すぐコロリと死にでもしない限りは、毎日は死ぬその日まで続くのだ。

  そして、自分が変わることはない。

  そのことは肝に銘じておいて良い。生き方を変えることは出来るが、自分の本質が変わることは、人間の一生を通じて無い。三つ子の魂百までとも云うが、どんな形であれ、そのように生まれてきたものが自然状態で変化することはない。個人は・・。

  死ぬまで、その個人であり続ける。

  当たり前の話だ。

  だからわたしは、死ぬまで、発育不良の知恵遅れであり続けるだろう。

  そして、もちろん、だからといって生きて行けないわけではないのだ。

  どんなかたちであれ、そう生まれた者はそのように世界を生きる。人は一人一人がすべて異なったかたちに生まれ、そのように世界を生きる。そのようにしか生きられぬ。

  できるだけ、(心に描いたより良い自分を)より良く生きようとすることは、わたしのごとき発育不良の知恵遅れにだってできるのだ。そしてわたしはわたしの物語を抱え、カタワの自分を生きてゆく。たとえ、それがちっとも巧く行かない、ガタピシいうものであっても。

  より良い自分を夢見て生きることは、人間なら誰にだって許されている。カタワのわたしにも、それくらいのことはできるだろうし、現にやっている。それは、誉められて良い類のことだ。たとえ、その物語がえらく偏った、ちっとも正解ではない夢物語だとしても。

  わたしのような出来損ないのカタワにしては、上出来な健気さではないか。いずれ巧くは行かぬとしても。わたしは他人ではないので、他人がどう生きるかはわたしの生き方に関係しない。カタワの自分を、それなりにより良い自分目指して生きるだけである。その方が面白いというだけで。

  わたしはそのように自分を捉え、そのように生きている。そして、そうした生き方は嫌いではない。

  だからわたしは、発育不良で知恵遅れなカタワの自分が嫌いではない。

  出来損ないな中身の割りには、結構あっぱれなものではないかと自分で思っていたりする。

  そういう人間も、この世にはいる。市井の田舎の片隅に、そっと。

  わたしのことである。



*註2)ここでは、カタワという言葉を「正常なバランスがとれていないこと、標準に欠けること」という意味で使っています。

2002/12/18

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