僕があの人に何が出来るのだろう――――。
この腕で抱きしめて。震える躯を包み込んで。

それでも・・・貴方を苦しみから。悲しみから。解き放つ事は出来ない―――――

 leave


「う〜む・・・。やはりエネルギーが足りぬか・・・。」
「そうですね。なにせ、ずっと使ってませんでしたから。」
バタバタと騒がしい崑崙山の中、二人で考え込む。
時間もエネルギーも全然足りない。
あきらかに崑崙画側が不利な状態で、今金鰲島と崑崙山の全面対決が始まろうとしていた。

「まあよい!とりあえず使えそうな物から整備に取り掛かれ!!
 破損しておる外壁の強化もおこたるでないぞ!!」
はい、太公望様!と、周りの道士が慌しく返事をしながら動いていく。

「で、楊ぜん。このままではバリアーもろくに張れん。
少々お主の力を貸して欲しいのだが・・・。」
「何をおっしゃる。貴方の為なら、僕は何だってしますよ。」
さも当然かのように答える楊ぜんに苦笑しながら、カーソールパネルに目を移す。

「それでだな、崑崙に残っているエネルギーは原始砲の為に出来るだけ温存しておきたいのだ。
バリアーに使っているエネルギーはない。」
「・・・つまり、僕にバリアー代りになれという事ですか?」
太公望の言葉を聞く前に言い当てた楊ぜんにまた苦笑して。
「うむ・・・。しかし・・・・・」
太公望の意を察した楊ぜんが、頭一つ分違う身長をあわせてかがむ。
「心配しなくても僕は大丈夫ですよ、師叔。
 僕は貴方を残して死んだりしません。天才ですから。」
「・・・・・・っったく、不謹慎な奴だのう・・・。」
ポカッ!と楊ぜんの頭を叩くと、痛いです。と答が返って来る。
でも二人とも、顔はとても穏やかに嬉しそうに笑っていて。

・・・もうすぐこんな些細な会話すら出来なくなるかもしれない。
そんな不安感は二人とも同じで。

自分の判断一つで、数多くの命が生きるか死ぬかが決まる。
・・・・・その中には、この楊ぜんも含まれている。
けしてミスは許されない。
負けるわけにはいかない。

「師叔。」
不意に額を掴まれて上向かされ、唇を塞がれる。
ただ、かすめるだけの口付け。

「〜〜っっ!楊ぜん!!」
顔を赤く染めて怒る太公望に優しく微笑みながら。
「では、行って参ります。」
そう言って、自分に背を向けて歩いていった。
・・・さいわい周りには誰もいなかったから、まあよかったけど・・・。
とゆーか、あの男がそんなヘマをする訳がないが。

「望ちゃん。」
突然後ろから掛かった声に驚いて振り向いた先にいたのは、
いつも笑みを絶やさない、崑崙十二仙の内の一人。
自分の親友でもある普賢真人。

「ふ・・・普賢か・・・。おどかすでないよ。」
「別におどかしてなんかないよ?」
そう言ってクスクス笑う仕草に、むう。と唸る。
「楊ぜんと何か見られちゃまずい事でもしてたの?」
「!!」
見られたのかと思って慌てたが、それを見て悪戯に笑う普賢を見て冗談だと気づく。
「〜〜〜っ普賢〜!!」
かわいいなぁ、などど言ってからかう普賢にギャアギャアわめくが、軽くあしらわれる。

「っわしは今忙しいのだっ!!おぬしと遊んでるヒマはない!!」
そう言ってスタスタ歩いて行こうとするわしを、怒らないでよ〜。なんて言いながら追い掛けてくる普賢。
久し振りの戯れに、二人して同時にプッと噴出す。
「相変わらずだね、望ちゃん。」
「おぬしものう!」
少し笑い合ってから、太公望が問うた。

「で、おぬしわしに何か用があったのではないのか?」
あ、そうだった。なんて抜けた答えが返って来る。

「うん・・・・・。」
途端に暗くなった普賢の表情に、普賢?と疑問符を投げる。
「望ちゃんと楊ぜんの事なんだけど・・・・・。」
太公望がピクリと反応した。
普賢がゆっくりとした口調で話し出す。

「この戦いで、きっとたくさんの人が死ぬ。」

「もちろん・・・楊ぜんだって例外じゃないんだよ?」

「もし、もしも楊ぜんの身に何か起こった時、望ちゃんは冷静に指揮を取れる?」

「きつい事言ってごめんね・・・。だけど、僕は望ちゃんの事を想っていっているんだ・・・。」

「僕は・・・楊ぜんを失って壊れる君を見たくない――――。」

太公望は下を向いて俯いたまま、黙って聞いていた。
しばらく沈黙が続いた後、太公望が静かに口を開く。
「・・・・わかって・・おる・・・・・。」
だが、と小さく続けた。
「わしは楊ぜんを信じておる。たとえ、わしの命でどんなに危険な目にあったとしても
 必ず生きて戻ってくると信じておるよ。」
そう言って、上げた顔はひどく辛そうな表情をしていた。
「・・・・・望ちゃん・・・・・。」

 

―――そして戦いが始まり
数多くの魂魄が跳び
崑崙山と金鰲島の全勢力をぶつけ合う、全面対決が始まる。

のちに・・・・楊ぜんは囚われた。

 

「わしらはこれから楊ぜん救出の為、金鰲島に潜入します。
 なにより・・・・楊ぜんを一人ぼっちにしておきたくはないのです――――。」

楊ぜんの命と引き換えに玉鼎の魂魄は封神台へ飛び、
楊ぜんの心に消えない、深い傷跡を残した――――――。

 

「楊ぜん――――・・・・・。」
一人、小さく嘆いた言葉は虚しく部屋に響き渡り、消えた。
名を呼んだ彼の人は水の張った床に力なく横たわり、電紫の瞳を見せる事はなく。
いつものように自分に答を返す事もなかった。

「すまぬ・・・楊ぜん・・・・・。」
極度の疲労で変化を保てなくなった彼の躯は
躯の至る所に妖怪である事を示した文様が浮かび上がり、頭には長い角。
綺麗な長い指は三本の異様な形をした指へと変わっている。

あの時――――。
玉鼎を押とどめて、自分が楊ぜんの元へ行けばこうはならなかったかもしれない。
楊ぜんは自分の師を失わずに済んだかもしれない。
わしは・・・・感情に流されて選択すべき道を間違えたのだ。

「指揮官失格だのう・・・。」
自称気味に笑った顔は序々に歪み、
瞼の奥からこみ上げてくる物えを押さえる為にきつく歯を食いしばる。

そのとき、頬に何かあたる感触がして目を開けると。
「師・・・叔・・・・・?」
そこには電紫の瞳を覗かせて自分の名を呼ぶ楊ぜんの姿があった。

「楊・・・・ぜん・・・・・。」
一瞬呆けていたが、安心感から涙が滲みかける。
胸が押しつぶされそうなくらい息苦しい。

「す・・・まぬ、楊ぜん・・・。わしのミスで玉鼎はっ・・・・・・。」
声が震えているのが自分でもわかる。
「あなたのせいではありませんよ、師叔・・・・。
 むしろ謝らなくてはいけないのは僕のほうだ。ずっと貴方達を騙して――・・・」
「もうよいっ!!」
楊ぜんの言葉をさえぎり、大声で叫んだ。

「お主は何も悪くない!!こんな状態になるまで戦いおって・・・・。
 悪いのはすべてわしだ!わしが・・・」
「師叔っ!!」

パシャンと水が跳ね、次の瞬間。
太公望の体は楊ぜんの腕に包まれていた。
「師叔っ・・・・。何も、全て貴方が背負い込む事はありません・・・。
 この戦いは皆が自分の意思で行っている事です。貴方を責め立てるいわれはない・・・。」

「――っ。」
胸の奥が熱い。

優しく・・・するな・・・・・。
今ここで泣けば、わしは――――っ・・・・。

「楊ぜんっ!!」
バッと勢い良く起きあがり、楊ぜんの胸から半無理やり抜け出す。
「スー・・・」
「おぬしはここで休んでおれ。
 わしらはこれから金鰲島に侵入し、十天君を打つ。」
そう言ってまるで逃げるかのように立ち去ろうとする太公望を
追おうと動いた所で、躯中に鈍い痛みが走った。

「ぐっ!!」
そのまま体は傾き、音を立てて水に沈む。

今のあの人はあきらかに無理をしている・・・。
そんな時、あの人は自分の身も省みずに能力以上の事をしようとする。
・・・そうして、傷ついていくのだ。彼は――――。

「師叔っっ!!」
太公望の背中は大きな扉の向こうへと消えて行った。

・・・すまぬ、楊ぜん・・・・。
だが、今お主の手を取ってしまったら、わしはもう二度と立ちあがれなくなる。
それだけは・・・ならぬのだ・・・・・。
わしには、お主の優しさに甘える資格はない―――――。

 

そして・・・・・十二仙が死に、普賢が死に、武成王が死に、
戦いは終わった――――――。

 

「御主人・・・・・。」
主人に忠実な霊獣、四不象のみを従え、
瓦礫と化した崑崙山と金鰲島の跡でうずくまる小さな影。
どこを見ているとも知れない藍色の瞳からは、涙が溢れ出していた。

いたたまれなくなり、もう一度声をかけようとした四不象の後ろから
それを遮るかのように紺色の道着を着た道士が現れた。
「楊ぜんさん・・・・・。」
四不象の口から発せられた言葉に、太公望の体がかすかに反応した。
悲しげに微笑んで太公望の元へと近づく楊ぜんを黙認して、四不象はその場から離れ
た。

「・・・・・師叔・・・・・。」
名を紡いだ声は、冷たく吹き抜ける風によってかき消されるように消えた。
太公望は返事を返す事も無ければ、顔を上げることも無い。
「師・・・叔っっ!!」
優しく包み込むように小さな震える身体を抱きしめた。
抱きしめた体は拒絶することもなく小さく身じろいだ後素直に胸に縋り付いてくる。
「―――ぜんっ。」

抱きしめてくれる腕が優しくて、力強くて。
温かな体温が酷く切なくて、心地よくて・・・。
縋り付いて、声を押し殺して、涙を流した。

でも――・・・わしは―――――。

「す・・まぬっ。す・・まぬ、よ・・・ぜっ!!
 わしの・・・せ・・で、・・・しの父やっ師ま・・でっっ!!」
「もう・・・もう良いんです!貴方さえ生きていてくれれば・・・
 貴方のせいではありません!!」
そう言って一層強く抱きしめてくる楊ぜんの腕・・・。

でも・・・・・わし・・には・・・・・。
楊ぜんに甘える資格は無い――――。

「やめて・・・くれ・・・・・。
 わしには・・・おぬしに甘える資格などないっっ!!」
そう言って楊ぜんの腕を強引に外した。
「師叔っ!!」

『この人の手を離さない』

叫んで、外された腕で力強く太公望の躯を引き寄せた。
痛みに顔をしかめた太公望を、また腕の中に閉じ込める。

『僕の魂ごと』

「は・・なせ・・離せっ!!」
「嫌です!!」

『離してしまう』

楊ぜんの言葉に、太公望の躯がビクンッ!と震えた。
「・・・何故です?どうしていつもそうして自分一人で責任を負おうとするのですか!?
 貴方一人が悪いわけではない・・・・・。
 貴方だからこそ、被害をあそこまで食いとめられたんです!
 貴方無しでは崑崙は負けていたかもしれない。」

『気がする』

「違うっっ!!」
大声で楊ぜんの言葉を否定する。
きつく楊ぜんの道着を握り締めて涙を耐えるのにせいいっぱいで、
それ以上の言葉が出ない。

「それとも・・・今の貴方が僕を拒絶するのは、僕が妖怪だからですか・・・?」
静かに告げられた言葉に驚いて顔を上げた先にぶつかった
電紫の瞳は、酷く悲しそうに揺らいでいた。
「そんな訳なかろう!!お主の正体が何であろうとわしには関係無いっ!!
 元がなんであれ、楊ぜんは楊ぜんだ!!」

「師叔・・・・。」
幾分か抱きしめる力を弱めて、もう一度繰り返す。
「聞いてください、師叔。
 あの戦いは皆が全て自分の意思で戦ったんです。貴方がいたからこそ崑崙は勝利できた。
 崑崙最高の頭脳を持ち、周りを大切にする貴方だから、
 皆が貴方を認め貴方を信頼したからこそ今の僕達がいるんです。」
黙って俯いている太公望に、
まるで言い聞かせるかのように楊ぜんは続ける。

「誰が悪い訳でもない。
 多くの命を失わせてしまった事を詫びるのならば、皆同罪です。
 貴方だけがその荷を負う事など誰も望んでなどいない。
 だから師叔・・・・・。」
そっと愛しげに抱き寄せて、太公望の顔を自分の首元に埋める。

「甘えたっていいんです。泣きたければ泣いてもいい。
 ・・・人前で弱さを見せたくないのなら、今ここで、僕の傍でだけでは泣いてください。
 堪える必要なんて無い。弱さを見せる事が本当の強さなのだと、
 教えてくれたのは他ならぬ師叔、貴方なんです・・・・・。」

今まで胸に押し込めてきた物が、箍が外れたかのように溢れ出してきた。
藍色の瞳からは次々と涙が溢れ出し、周りには押さえる事の叶わなくなった叫びが木霊していた。

 

 

そう、今だけは・・・今だけは・・・・・。
傍で優しく抱きしめていてあげる。
貴方の悲しみや苦しみを消す事は出来なくても。
貴方を連れ去り、逃げる事は叶わなくても。

傍で、支え続けよう。貴方の望むがままに・・・・

 

 

『――――この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がする――――――』

-----to be conteneued-----

久崎歴さまより頂きましたV


 <作者さまのコメント>

・・・・・・・。まず突っ込まれる前に申し上げます。
ごめんなさい。(死)
あああ!!待ってください柚木さん〜!!見捨てないで下さい〜!!(T-T)

いきなりなんの前触れも無く『読んで頂けないでしょうか・・?』
などとぬかした挙句、何ヶ月経ったかも判らないほど待たせるなんてっ!!
そして、書いてる途中に柚木さんのサイト様で話題になった『ICO』とゆーげぇむのセリフで、

『僕はこの手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がする。』

を無理やり入れたらこーんな素敵な事に。クス。(死)
ホントはこの話しプロットの時点では別れ話だったんですが・・・・(滝汗)
『ICO』のセリフ入れたらなんないぢゃないデスカ!アウチ。

あああダメ人間。
こんな訳わかんないブツを貰っていただき、本当にありがとうございました。(>_<)
これからもよろしくお願いしますvv(待てぃ。)


うわ〜「ICO」だ「ICO」!タイムリーな小説をありがとございます(笑)やはしあの台詞は萌えですね!駄菓子菓子。間違った台詞を流してごめんなさい……(死)ほんとは……ほんとは……

「この人の手を離さない。
  僕の魂ごと離してしまう気がする。」

だったのです(泣)うろ覚えもいい加減にしなさい。ごめんなさい歴さん……

楊ゼンさんの前でのみ泣く師叔、というのはやはりツボだったりします。誰の前でも泣かない人だからこそ。甘えを許さない人だからこそ。だからこそ泣いて欲しいんですが。嗚呼泣かせたい……>私が言うといかがわしいのは何故だ。
四不象の前では泣いたんだよなあ……いいなあ四不象……

つか、もしか続き物ですか?……続き、楽しみにしております♪

歴さん、素敵な小説をありがとうございました!(>_<)

柚木拝 02/01/22