もう放さない
あなただけを永久に愛しい人よ――――――。
永久に。(5)
「さようなら―――――楊ぜん・・・・・。」
そう、彼に微笑みかけて。
嘗て妲己がそうしたように、伏羲の躯は崩れ始めた。全ては、己への裁き
罪への罪過
自らの幸福を望むことは、決して許されはしない。「待ってください・・・師叔っ!!」
目の前で散っていく彼を呆然と見つめて、楊ぜんは叫んだ。
徐々に地球に飲み込まれていく器を、
必死に阻むように抱き寄せて、強く掻き抱く。
ばらばらに分かたれた漆黒の衣装が、風に揺れた。
「お願いです・・・どうか、消えないで・・・・・!!」
自身でもわかるほどに、楊ぜんの声が震えていた。辿り着いた果ては、あまりに残酷で。
何故、こんな結末になったのだろう・・・
それとも、本当は最初から宿命られたことだったのか。そんな事よりも、今は、ただ。
「師叔っ!!」
眼前で成される現実に、為すすべも無い自分自身への無力感と。
何も告げずに消えようとする彼への哀しみにも似た感情。「・・・貴方は又、僕を独りにするのですか・・・っ。」
楊ぜんにとって、彼だけが唯一己を存在させる理由だった。
太公望という存在が無ければ、この世界など何の意味も持たない。「僕にはもう貴方しか・・・―――――」
残されて、いない。
全て失った。全て奪われた。
父も師も還る、場所も。
それでも尚戦い続けたのは、彼の為。
全てを癒し、包み込んでくれた彼の為。
乾いた砂地に、雨が降り注ぐように。
氷りついた花が解かされるように。なのに―――――・・・
「・・・楊・・・ぜん・・・・・。」
小さな体が、独り言のように呟き。
それでも消滅していく躯はとまらない。後悔など、してはいない。
する訳も無い。
しては―――――――ならない。「・・・・・っ・・・まぬ・・・。」
聞き取れない程小さな声で、伏羲が嘆く。
器が分かたれていく痛みなどは無い。
別の痛みが、胸で疼いた。「・・・・・す・・まぬ・・・。」
今度は、はっきりと聞き取れる声で。
「楊・・・ぜんっ・・・・・・!」
震える声を必死に抑えて、叫ぶように声を上げた。
もはや抱くことすらままならない腕で、
無意識の内に求めたのは想い焦がれた存在。独りで何もかも背負ったまま消えようとする彼をみて。
楊ぜんが小さく歯軋りを鳴らした。
口惜しさ故に。
再度強く抱きしめた躯は頼りなく揺れ。
細い首筋に顔を埋めて、はっきりと、小さく囁いた。「貴方が消えると言うのならば、僕も共に逝きます。」
刻が、止まった。
予想だにしなかった楊ぜんの発言に、思わず上げた伏羲の唇に温かいものが触れた。
楊ぜんが自分のソレを重ねて、掠めるだけの口付けを落とす。
そして、優しく微笑みを浮かべて言った。「・・・言ったでしょう?貴方を失っても尚生き続ける意味など、僕にはもう無い、
と―――――・・・。」
だから、共に逝きます。
腕の中の存在に言い聞かせるように、そう、静かに告げた。「・・・らぬ・・・。ならぬっ!!」
反応を返さずにいた伏羲が、堰を切ったように叫んだ。
それだけはならぬ、と。己だけで消えるつもりだったのだから。
彼を道連れにするために、此処に来たのではないから。
この星となって、人間達を。彼を見守り続けようと思っていた。
彼だけは、楊ぜんだけは生き続けて欲しいと願った。裁かれるべきは、己のみ。
俯いている伏羲の顔を、楊ぜんは両手で包み込んで上向かせる。
藍色の瞳と、電紫の瞳が重なった。
伏羲が再び瞳を逸らそうとするのを許さないかのように、半場強引に目を合わせる。
今にも崩れ落ちそうな程不安な色に彩られた瞳が揺れた。「――――――師叔・・・なら、生きてください。」
その言葉を否定するように、首を横に振る。
その拍子に、零れ落ちた涙が宙を舞った。
「僕のために、生きてください。」
「―――――――っ・・・・。」躊躇の色などまったくない。
その真っ直ぐな意志に、心が揺れた。「――――――――・・・ぜん。」
小さく呼んだ声を確かに聞き取った楊ぜんは、
それに応えるように優しく抱きしめる。
その温もりに、優しさに、藍色の瞳から涙が溢れ出した。
「――――・・うぜっ・・・・・。」
微かに開かれた唇から、紡がれたのはかの人の名。苦しくて。
哀しくて。――――――逢いたくて。
「・・・・・ったい・・・。」
「・・・・師叔・・・?」「・・・・・傍にいたいっ・・・。」
これが、最後の望み。傍にいたい。
(いてはならない)
生き続けたい。
(己に生きる資格などない)使命や導などに縛られず、自由に生きたかった。
ずっと、楽になりたかった。
「傍に、いたい・・・っのだ・・・・!!」流れる涙を拭う事もせず、ただひたすらにそう叫ぶ彼を、
幼子をあやすように、優しい笑みを浮かべて抱きしめた。
「・・・・傍に・・・いて下さい。」
それは心からの言霊。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。「お帰りなさい、師叔―――――。」
彼のその言葉に、その腕に、心から安堵して・・・
張り詰めていた糸が、途切れた。
かつて最後に、心からの笑みを浮かべたのは一体いつだったろうか。
疲れ果てた心身は、とうに限界を越えていて。
全てから開放され、気を失うように崩れ落ちた躯を
楊ぜんが守るように包み込んだ。これ程になるまで、たった独りで戦い続けた彼に遣る瀬無い想いを抱きながら。
それでも尚やっと手にした存在に愁いを感じるのは決して傲慢では無いだろう。「楊ぜん」
不意に、突如現れた見知った気配に。
仰ぎ見た先、目に映ったのは――――――。「・・・・・王天、君・・・・・?」
透けるように、薄い身体。
魂魄体――――――――――。
そして、腕の中には・・・
「・・・・・太公望・・・師、叔・・・・・・?」
彼らが、最も幸せだった時の姿へと、戻っていた。
伏羲ではない。太公望の器に。在るべき姿へ。「魂魄の融合を解除した。
王奕の記憶は残るだろうが、そいつはもう伏羲じゃねえ。」
「・・・何故・・・・・?」
投げかけたのは当然の疑問。
彼に器を与える必要など、王天君には無い。「俺はもう妲己の処に逝くよ。
肉体はこいつにくれてやる。俺にはもう必要ねえからな。」
「―――――・・・王天君・・・。」
眼前に居るのは宿敵。
されどもう既に、怒りは在れど憎しみは無い。
「じゃあな、楊ぜん。」消え去るのは過去の因縁。
残るは夢幻か。それとも現実か。「・・・・謝謝、王天君」
望むはまだ見ぬ未来。
貴方と共に紡ぐ理想郷。“導”亡き今
不完全な未来なれど
指し示すは自由 己、自身。「・・・お帰りなさい、師叔・・・―――――――。」
そして、宿命は終わりの鐘を告げる――――――――――。
―――end―――
久崎 歴さまより頂きましたV
<作者さまのコメント>
……やっと……やっと終わった……。(瀕死)
つか何でしょう、この終わり方。(凍)
散々無駄に時間かけた挙句、
結局うまくまとまらないまま終わったような…
その上師叔は必要以上に弱い…。
あわあわ;
もはや何のお祝いなのかすら相当危ういです。(滝汗)えと、それではこれからも頑張ってください!
これからもよろしくお願いします。
そして最終章。師叔……!(T_T)
うううおめでとうおめでとう、良かったね……!
どうかどうかもう幸せに。希いと、そして慟哭が堪りませんでした。
そして楊ゼンさん。
あんた良い男だこんちくしょう……!>錯乱
どうか二人で幸せに。そして歴さま!こんなに素敵な楊太さんの物語を、本当にありがとうございました。
五章に渡る物語、お疲れ様でした<(_ _)>柚木拝 03/03/13
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