静寂すらも、わかちあう。
 静音共有
空は何処までも澄み渡り、心地よい風が頬を撫でる。
そんな空気の中、訓練の真っ最中であろう兵士達の声を遠くに覚えつつ、武王は何事か呟きながら、いっそ静かすぎる程の渡り廊下を一人歩いていた。
「……普通王サマを使い走りに使うか……?」
某かの書簡を片手に持て余しながら、そう一人ごちる。
(まあ執務やってるよりはマシだけどな)
そんなことを思いながら、ぼんやりと空を見上げる。
そう、この使い走りだとて、ようやく手にした自由なのだ。
僅かな自由を満喫しようと、なるべくゆっくり歩いたつもりだったが、ふと目線を戻せば目的地はもう目の前まで来ていた。
こうなってはしょうがない。
「……少し長居させて貰うか」
そんなことを呟きながら、少し大きめの扉から中を覗き込む。
そうして目的の人物に声を掛けようと片手を挙げかけ……そのまま動きを止めてしまった。

扉の向こうには目的の人物である太公望と楊ゼンが、向かい合わせに座り机の上の大量の資料に目を走らせていた。

そうしてその場を占める空気。

踏み込む事を、躊躇う程の静寂。

お互い一言の言葉も発さない。
かといって険悪な空気が流れているわけでもなく、むしろ穏やかな空気がその場を包んでいた。

「----------」

その場を、その空気を壊す事は、なぜだかひどく躊躇われた。
……かと言って引き返すわけにも行かない。

(……どうすっかな)
「武王?」

身動きも出来ず、嚥下するにも逡巡していると、気配に聡い楊ゼンがこちらに気付き、声を掛けてきた。
つられ太公望もその面を上げる。
「……なんだ武王。どうした?何かあったか?……まさか仕事の追加ではあるまいな」
「そう矢継ぎ早に聞いても答えられませんよ、師叔」

------するすると。

「だがこれ以上仕事を増やされてみろ、飯食うどころか寝る間もないぞ!」
「そんな大袈裟な……」

するすると、その場に満ちていた何かが、外へ外へと逃げていく。

(------なん、か)

「…………」
「…………」

勿体ない。
「「武王?」」

「え」
ふと意識を目の前に戻せば、怪訝そうな顔二つ。
「……あー、と」
わりィ、と一言。
気を取り直し、持っていた書簡を軽く揺らす。
「これだけ裁可印漏れだと」
「……なんだ」
それはすまんかった------幾分かほっとしたような顔で、太公望は書簡を受け取る。
そうして、すこし余裕を取り戻したのか、書簡と武王を交互に見比べ、にやりと笑った。
「……しかし武王直々とはの」
ありがたい事だ。
そういって笑えば、武王も調子を取り戻したのか、
「うっせーな、息抜きだよ息抜き!」
そういって、にっと笑う。
「おぬし息抜きばかりではないか……」
呆れたように太公望が呟けば、武王はげんなりとした顔で反論する。
「こんな天気に、野郎と二人っきりで部屋に籠もってられるかよ」
しかも相手はあの旦だ。
沈黙に耐えきれずに話しかけても、返ってくるのは冷たい視線のみ。

……日頃の行いを棚に上げ、武王は本気で憤慨しているようだった。
「それで漸く手にした息抜きがこれか……」
「……ほっとけ」

「武王」
そんな遣り取りを笑いながら見ていた楊ゼンが、不意に立ち上がる。
「ん?」
「……息抜きにいらしたんでしょう?お茶でも入れますか?」
そう言いながら、すでに身体は茶器のある棚へと向かっている。
「あー、いいって楊ゼン!」
もう、戻るからよ。
そう言って笑いながら、朱印が乾いている事を確認し、書簡をくるくると巻きだす。
「いいのか?」
「あー……旦も怖えしな。それに……」
「それに?」
楊ゼンが問いただすような視線を向ければ、武王はにっと笑い、それをさらりと躱す。
「……うんにゃ、なんでもねー」
「?」
くつくつと笑う武王を二人が不思議そうに眺めていると、やおら武王は肩を翻し、巻き上げた書簡を片手に扉の外へと足を向ける。
「んじゃ、邪魔したな」
そうして最後に見えたのは、軽く書簡を揺らす武王の手。
残された二人は、ただ呆然と顔を見合わせた。

「……ついでだから、僕達も休憩にしますか」
しばしの沈黙の後、そういって楊ゼンは笑う。
待ってましたとばかりに顔をほころばせる太公望に、楊ゼンもまた顔をほころばす。
「茶菓子は何にしましょうか」
「うーっと、……あれがいい!あれ!」
「ああ……あれですか?少しお待ち下さいね」

そうして、空間はもう一つの日常へと還っていった。

「……おや小兄様」
一方武王はと言えば、気難しい弟に、少し意外そうな顔で出迎えられていた。
「随分とお早いお帰りで」
「……まあ、な」
そういって笑う兄を、弟はやはり不思議そうに眺める。
「ちっとばかし、あてられてな」
「?」
「居心地良いんだか悪いんだか」
「??」

目の前にはうんざりするほどの書簡の山。
おそらく夜まで部屋には籠もりっきりだろう。

(それでも)

あんな空間を、あんな時間を、保てるならば、守れるならば。

……頑張ってみるのも、良いかもしれない。

「あーあ」
俺が、こんな事考えるなんてな。
「……きっと、この天気のせいだな」
そういって、空を見上げる。

 その日、空は澄み渡り

 心地よい風が、

 心地よい空気が、

 空間には満ちていた--------


仕事中、メモを取る振りをして書き連ねた走り書き(←ダメ社員)。
ようやくUP出来ました(笑)つかなんつか一日で書き上げられたことに私はびっくりです。
……やっぱ勢いって大事ですね(笑)
なんとゆーか、柚木はこーゆう第三者から見たお二人さんってのに弱いらしいです。GWでもやってたし。……そん時はデュオだったけど(笑)今度は発ちゃんかい(笑)いや、なんつか、喋ってくれるキャラって、ありがたいです。……単に好きなだけだけど。(←結局それか)

柚木拝 00/09/30