罠 |
帝国軍がカーニリベに向け進軍を開始したころ、エミールたちはプロミスの街の手前まで辿り着いていた。 「ここから先は街道を避けたほうがいいな。」 エミールは彼方に見えるプロミスの街を睨むと一向に告げた。 「おいおい、なんでだよエミール、プロミスの街にゃ寄らねぇのか?」 「遊びに来ているわけじゃないんですよ、ニン。」 「そうだぞ、プロミスには帝国軍もいるんだからな。」 エミールの言う通りプロミスの街は東部辺境への交通の要、当然ながら帝国軍もいち早く拠点を築いていた。 「しょうがねぇな、だがよ、山道はピリンにゃちとキツイかもしれんから少しは休みをいれてくれよ。」 「ああわかった、ところでアトピー、このへんにカーニリベに抜ける間道があったと思うが。」 「ええ、少しばかり山道になりますが街道を抜けるよりは近道のはずです。」 アトピーは地図を取り出し入念に確認すると山の方を指差して言った。 「ちょうどあの辺りですね、あの道を利用するのはおそらく地元の猟師くらいでしょう。」 「そうか、それは好都合だな、じゃあ行こうか。」 こうしてエミールたちは街道を離れ山岳地帯へと踏み込んでいった。 これから暑くなろうという時季、まだそれ程気温は高くないが、慣れない山道が一行を疲弊させた。 そしてまもなく峠に差し掛かろうかというところでニンが口を開いた。 「よぉ、この辺で少し休憩しようぜ、ピリンにゃ山道はキツイって。」 見るとピリンはさすがに息があがって辛そうに見えた。 「ああ、そうだな、一息いれよう。」 そう言うとエミールは道ばたの木陰に腰をおろした。 よほど疲れたのか、ピリンは何時の間にかニンの身体にもたれかかって眠っていた。 「ところでよぉ、何で先生たちはカーニリベに向かったんだ?」 まだ事情の飲み込めていないニンに苦笑しながらアトピーは答えた。 「カーニリベと言う地名の由来は知っていますよね、ニン。」 「何だよアトピー、俺だって一応は古代語の意味くらいは解るよ、『忘れた頃にやって来る』だろ?」 「そうです、が、何がやって来るのかはまだ解っていないんですよ。」 「それが何か関係あるのか?」 ニンは再び首をひねった。 「その所為かどうかは解らないのですがプロミスより東の地域、とくにカーニリベ方面には伝説が多いんです。」 「伝説?」 「そう、特に古代人がらみと思われるものがね、遺跡が多いのもその所為でしょう。」 「そんなもん、どうすんだ?」 「一説には古代人たちは我々が想像もつかないような技術を持っていたのではないかと言われていますからね。」 「ふーん、じゃ何で古代人は滅んだのさ。」 「さぁ、それは私も解りません、ただカーニリベの東端には古代の廃虚があるそうですから目的地はたぶんそこでしょう。」 「ま、行ってみれば解るか。」 難しい事を考えるのは苦手とばかりにニンはかぶりを振った。 どれくらいの時を過ごしたろうか、爽やかな風がやや湿り気を帯びてきた頃、ロイドが口を開いた。 「あの、アトピーさん、何か雲行きが怪しくなってきましたよ。」 ロイドの言葉にふとアトピーが空を見上げると黒雲が近付いてくるのが見えた。 「エミール、そろそろ出発しましょう、一雨きそうです。」 「そうだな、そろそろ行くか、ピリンはまだ眠っているのか?」 エミールはニンの傍らでまだ寝息をたてているピリンを見た。 「ええ、でも起すのはしのびないですね、ニン、貴方が背負っていってください。」 「ちぇっ、力仕事はみんな俺かよアトピー。」 「ははは、どうせ言われなくたってそうするつもりだったんだろ、ニン。」 「ええぃ、もうとっとと出発しようぜ。」 照れ隠しに大声をあげながらニンはまだ眠っているピリンを背負うと先に立って歩き始めた。 そして一行も再びカーニリベを目指して歩き始めた。 そんな中、エミールはわき上がる黒雲に一抹の不安を感じていた。 そして一行が峠を越えたあたりでとうとう雨が降り出し、その雨足は次第に強くなっていった。 「嫌な予感がする、急いだ方がいいかもしれない。」 エミールは拭いきれない不安に思わず呟いた。 「それじゃ、少しペースをあげますか。」 激しさを増す雨足を気にしながら一行は峠道を一気に駆け降りていった。 そしてしばらく行くと道は小さな川ぞいに出た。 「たしか川ぞいに下った所に小さな村があったはずです、そこで雨をしのぎましょう。」 アトピーがそう言った瞬間、ニンの背中で眠っていたピリンがビクッと震えた。 「どうした?ピリン。」 ニンの問いかけに返事は意外な方角から返ってきた。 「ようこそエミール君、待っていたよ。」 その声に振り返った一行は何時の間にか帝国兵に包囲されているのに気付いた。 「しまった、罠か・・・」 「ガハハハ、もう逃げ場は無いぞ、大人しくしろ。」 「くっ。」 帝国兵たちはニヤニヤ笑いながら次第に包囲を狭め、エミールたちはジリジリと川岸まで追い詰められた。 いよいよ逃げ場が無くなってきたその時、ニンの背で眠っていたはずのピリンが突然声をあげた。 「ぁぅっ・・・ぅぅぁぅ、ぁぁぅ・・」 そしてその指差す方向を見たアトピーは意外な光景を目にした。 川の上流の方角で鳥の大群が一斉に飛び立ったのである。 それを見たアトピーはエミールたちに囁いた。 「みんな、よく聞いて下さい、私が合図したら川を渡って向こう岸の高台に昇って下さい。」 「しかし向こう岸にも帝国軍がいるんだぞ。」 たしかに人数こそ少ないものの対岸にも帝国軍は兵士を配置していた。 「私を信じて、このままじゃ全滅するんです、向こう岸の方が少しでも助かる可能性があるんです。」 そうしている間に帝国軍はますます包囲の輪を縮めエミールたちに迫っていた。 その時。 ゴゴゴゴゴゴッ 上流の方角から不気味な地鳴りが聞こえてきた。 そして帝国軍の動きが一瞬止まった。 その瞬間、アトピーが叫んだ。 「みんな、今です。」 その声を合図にエミール一行は流れの中に身を踊らせた。 一瞬の隙を突かれた帝国軍は慌ててエミールたちを追いかけた。 「逃がすなー、追えーっ。」 エミールたちが川を渡り終えたころ帝国軍兵士たちが川岸に殺到した、その瞬間。 濁流が一気に押し寄せ、川を渡ろうとしていた帝国兵を押し流したのである。 「隊長ーっ!」 突然の出来事に生き残った兵士たちはなす術もなくただ混乱しているだけだった。 その混乱に乗じてエミールたちは帝国軍を振り切って逃走したのだった。 |