包囲 |
その頃、フンショウたちは楼閣の調査を終えていた。 さしたる成果もあげられず、楼閣の最上階で発見した古代文字の刻まれた石版の破片数個だけであった。 残りの破片はすでに持ち去られたのか結局発見出来なかった。 「結局成果はこれだけか。」 フンショウは力無く呟いた。 「『木は火の糧となり、火は・・・・』に『・・・は金を育み、金は水を・・・』いったい何の事でしょう。」 ドロゥムが手にした破片には製造方法ともとれる文言がきざまれていた。 「こちらの破片は『・・えに世界は五つの要素から成り・・・・』ですか。」 同様にギンが手にした破片にもその一部ととれるような文言があった。 「ふむ、宗教的思想のようでもあり技術的文献のようであり・・・ドロゥム、君の専門でこう言うのは無かったか?」 さすがのフンショウも結論を出しかねているようだった。 「はぁ、歴史上記録に残っている宗教関係では該当するものは無かったように思います、ただ・・・」 自信なさげに言葉を濁すドロゥムにフンショウは問い直した。 「ただ?」 「思想的に近いのではと思われるものは有ります。」 「近い?確信ではないのか。」 「ええ、自然崇拝主義の一派なのですが『万物は根源的力の組み合わせにより成り立つ』と言うものです。」 ドロゥムの説明によると、この世の中に存在する物質は全て根底に共通する力を何種類か内包しており、その比率によって各々の物質が形作られている、と言う説であった。 その根源的力は、時には助け合い、時には打ち消し合いながら世界を形成しているのだと言う。 「むぅ、いまいち決手に欠けるな。」 「そうなんです、根源的力と言うのも何を指しているのか、様々な説があってまだ解明されていません。」 そこまで説明するとドロゥムはお手上げとばかりに肩をすくめた。 「なぁ、ドロゥム。」 黙って話を聞いていたギンが突然口を開いた。 「なんです?ギン。」 「その根源的力というやつだが、それをこの『五つの要素』に当てはめることは出来ないか?」 ギンの言葉にドロゥムは再び顔をあげて答えた。 「ふむ、考えられない事は無い、いや考えられる事が多過ぎて逆に特定出来ないと言った方が正しいかも、宗教的な伝聞は、えてして何がしかの事実に基づいているものだが、その事実が長い時間の中で歪んでしまっている可能性が高いんだ、特に宗教色を強くするために技術的手段を神や精霊の力と言ったりな。」 「まぁ待てドロゥム、特定するのに決手が欠けるのならばその決手を探せば良いだけだ。」 まだ迷いを振り切れないドロゥムにフンショウが助け舟をだした。 「すみません先生、そうでしたね、結論を急ぎ過ぎました。」 ドロゥムはきまり悪そうに苦笑しながら答えた。 「しかし先生、ここはもう調べ尽くしたと思うのですが。」 「ギンよ、なにも遺跡はここだけとは限るまい。」 フンショウの意図をギンは読み切れなかった。 「と、言いますと?」 「忘れたのか?お前がエミールに預けてきた石版の内容を。」 「あぁ、あれですか、私としたことが忘れていました。」 ギンたちは万一の事を考え、唯一完全な形で発見された石版をエミールに預けて出発したのだった。 フンショウは頷くと言葉を続けた。 「あの石版はたしかにこの遺跡の事を示唆しておった、事実その通り遺跡はあった、だが。」 「だが?」 「ああ、その示唆はあまりにも安直ではなかったか?」 フンショウは二人に問いかけた。 「言われてみればそうですね、『我、日出ずる場所に大いなる意思とともに眠らん』でしたか。」 ギンは石版の内容を思い出しながら答えた。 「そうだ、太陽は海から昇ってくる、そして東側が海に面している遺跡はここだけだ。 それに『大いなる意思』と言うのは古代の遺物の事だろう、だがそれ以外の部分は全く謎のままだ。」 「たしかに・・・・あの言葉以外は謎のままでした、意味が抽象的で・・・」 そう言うとギンは、ため息をついた。 「あまりにも比喩的要素が強過ぎましたからねぇ。」 ドロゥムもお手上げとばかりに肩を竦めた。 「しかし実際にここに来てお前たちの推測を聞いてようやく結論が出た。」 フンショウは遠くを見つめ、そこでいったん言葉を区切った。 「一見すると意味の無いような『戯れに一遍の詩を道標に刻まん』の部分も『何処かに手掛かりを残した』と、とれない事もない、それに『智慧求むる者彼地より発ち智慧極めし者彼地に還る』の部分が続くと考えれば手掛かりはここだけに有るのでは無いのかもしれん。」 そう言うとフンショウは楼閣のテラスから外を指差した。 二人の弟子もフンショウの指差す彼方へと視線を移した。 その眼前には遺跡を中心に廃虚が広がり、ただ静寂だけが辺りを支配していた。 そしてフンショウは振り返り、迷いを払うように言った。 「つまりここは出発点であり終着点でもあるのではないか? ならば謎を解く鍵は他の遺跡にも有る、とな。」 「なるほど、それなら手掛かりの少なさも納得がいきますね。」 「次にここに来るのは全ての謎を解いた時と言うわけですか。」 言葉の意味こそ解けなかったものの、フンショウの言葉は二人の蟠っていたものを洗い流したかのようだった。 「そういう事だ、さて次の遺跡を調査しに行くか。」 一行は気持ちも新たに楼閣を後にし、廃虚の出口へと向かった。 まもなく廃虚を抜けようとしたあたりでギンが尋ねた。 「ところで先生、次の行先はあてがあるのですか?」 「そうだな・・・」 フンショウが答えようとしたその時、目の前の森の中から声が響いた。 「それはオレ様が替りに答えてやろう、キサマらの行先は帝都ロマニスタンだ。」 その声を合図に森の中から一斉に帝国兵が飛び出し、あっと言う間にフンショウたちを包囲した。 そしてその後からゆっくりと姿を現した声の主を見てフンショウは驚愕した。 「お、お前はシイタケ大王、どうしてここに・・・・」 「ガハハハハハ、お前らの行動なぞすでに筒抜けだ、オレ様を出し抜くなぞ100万年早いわ。」 「くっ、」 傲慢に笑うシイタケ大王の言葉にフンショウは唇を噛み締めた。 「さぁて、お前らにはいろいろと聞きたい事がある、ひっ捕らえろ。」 大王の命令が発せられると兵士たちは一斉にフンショウたちに襲い掛かった。 まさに虚を突かれたフンショウたちに抵抗する術はあるはずも無かった。 |