kinokologo2.pngのあらすじ(笑)


進化

信じられない出来事に出逢った時、その驚きが大きいほど人は無表情になってしまう。
まるで感情がその事実を理解する事を拒否するかのように。
それ程、彼等の受けた衝撃は計り知れないものだった。
アトピーは、まるで機械のように淡々と記録を語り続けた。

我々はおよそ一年にわたってAOJIRUを動かし続けた。
文明に庇護され弱体化した人類にとって、余りにも過酷な環境だったろう。
すでに既存の資源は消費し尽くし、守ってくれる盾を失った人類に生き残る術は無い。
文明の痕跡が消滅したのを確認して我々はAOJIRUを停止させた。
そして我々は大自然の回復力に賭けた、地球そのものの持つ生命力に。
人類が小賢しい浅知恵でかき回してしまった自然が元の姿を取り戻すまで。
それには気の遠くなるような時間がかかるだろう。
我々はその時間を利用し、徹底的に議論を繰り返した。
同じ過ちを繰り返さないようにするには何を成すべきかを。

何故、人類はこれ程までに慢心してしまったのであろうか。
人類という一種族のみが文明を持った種族であったことが原因なのだろうか。
暗に物質的な豊さのみを追い求めるあまり、精神的な豊さを失ってしまったからなのであろうか。
在る者は言う、競争相手の居ない状況が人類を独善的な考えに染めてしまったのだ、と。
ならば、人類の他にも多数の種族が文明を持ち互いに切磋琢磨しながら発展すれば良いはずだ。
また在る者は言う、物質文明の急激な発展が精神面の成熟を阻害したのだ、と。
ならば進化の過程で価値観の概念に精神面の成熟の重要性を刷り込むべきだ。
また在る者は言う、自分達で制御できないほどの大きな力を手にしてしまったからだ、と。
地球は一個の生命体なのだ、人類もまたそれを構成する一部品に過ぎない。
その部品が巨大な力を手にし、地球自体を歪めようとした、その行為は己自身をも歪めてしまう事なのだ。
そしてその行為に対し、地球が自衛手段をとったのだ、これは言わば地球の意思なのだ、と。
確かに、そうなのかもしれない、人類の歴史において過去にも同様の例がある。
かつて人類の文明は白人社会を中心に発展した物質文明と有色人種の社会で独自に発展した精神文明の二種類が存在した。
やがて技術の進歩とともに物質文明は広がりを見せ、精神文明を次第に駆逐していった。
物質文明社会に生きる白人たちは、自然とともに生きる精神文化を野蛮なものと決めつけ、自分達の文化や宗教を有色人種に押し付けてきたものだった。
物を消費することで恩恵を得る文化、自然の恵みを受けそれをまた自然に還す文化、どちらが野蛮なのだろう。
自分が受けた恩恵を還す、と言う事を忘れた時、人類の未来は決まってしまっていたのかもしれない。
この問題は『プロジェクト・ノア』の基本方針となるもの、これにより計画の成否が決定すると言ってもよいだろう。
我々は数年にわたって論議を繰り返し、ついに一つの方向性が決定した。
あとはその時期が来るのを待つだけだ。
こうして我々はその長い歳月を、コールドスリープで眠りにつくことになった。

地球は長い時間をかけて、その本来の姿を取り戻しつつあった。
最初に復活の兆しを見せ始めたのは、やはり海であった。
様々な微生物たちが屍骸や汚染物質を分解し、それによって海水や海底の土は活力を取り戻していった。
陸上でも同様に微生物たちは汚れた大地をゆっくりと浄化していった。
我々は定期的に最小限のスタッフを覚醒させ、その様子を観察し続けた。
そしていよいよ『プロジェクト・ノア』の第二段階、食物連鎖の再構築が開始されたのである。
冷凍保存しておいた種を解放する時がやってきたのだ。

最初の作業は微生物と植物による食物連鎖の輪の構築である。
だが、我々の行う干渉も地球にとっては自然の営みを歪める行為にほかならない。
我々は『プロジェクト・ノア』の基本理念に基づき、干渉が自然の回復力を上回らないように、そして地球が、その干渉を受け入れて自然の生態系システムへ取り込んでくれるように、その種にとって最も適切と思われる時期を選び、時間をかけて解放していった。
植物の増加は大気に酸素をもたらし、上昇し過ぎた気温を次第に下げていった。
また植物の死骸は微生物たちが土に還す事により、植物にさらなる活力を与えた。
微生物と植物による食物連鎖の輪が廻り始めた。
我々は、食物連鎖のピラミッドを構成する生物種を、その底辺の階層から徐々に解放していった。
そして、全ての生物種の解放が終わると、我々は最低限の監視体制を残し再び眠りについた。
我々が生じさせた歪みを地球が取り込み、自然の生態系システムの一員と認めてくれるまで。

長年にわたる観察の結果、我々の行ってきた干渉はどうやら自然の生態系システムに受け入れられたようだ。
陸にも海にも、そして空にも充分な数の生命が繁殖し、食物連鎖の輪もうまく廻っている。
いよいよ『プロジェクト・ノア』の第三段階、進化への干渉実験に移る時が来た。
いったいどれ程の種が人為的な進化に耐えうるのか、我々は各種族から数体のサンプルを捕獲し実験を開始した。
知的レベルの急激な進化が生物の脳にどんな影響を及ぼすのか、慎重にデータを採取していった。
第三段階の成果が『プロジェクト・ノア』自体の成否を決定すると言っても過言ではない。
我々は、第二段階以上に時間をかけ、膨大なデータを収集・分析し、その結果を基に実験を繰り返した。
そしてその結果、程度の差こそあれ現存する種族のほぼ3割りが進化に耐えうることが判明した。
将来的には、これらの種族は言語を持ち言葉によるコミュニケーションも可能となるだろう。
これらの実験結果と『プロジェクト・ノア』の基本理念を基に、各々の種族に応じた干渉プログラムが作製された。
全ての生物は地球という巨大な生命体を構成するパーツであり、各々に与えられた役割がある。
特定種族が他の種族を自然の意思に反して支配し隷属させることがあってはならない。
自然の生態系システムの意思に反して特定種族を絶滅させてはならない。
過去に人類が犯して来た過ちを根源的なタブーとして、共通の価値観が設定された。
その共通の価値観による精神面の成熟を促すよう作製されたプログラムは、情報が次世代に確実に伝わるよう若干の遺伝子操作を施され、なおかつ何世代にもわたって段階的に刷り込みを行う事となった。

完成したプログラムにより『プロジェクト・ノア』の第四段階、進化への干渉が開始された。
これは、我々が次世代の教育に用いてきた催眠教育装置を利用し、生物の深層意識に情報を刷り込んでゆくもので、刷り込まれた情報は、言わば本能と同レベルの情報として扱われる事となる。
つまり各々の種族が元々持っていた本能に新たな情報を追加する、と言う事だ。
ここまで来たらもう後戻りは出来ない、我々は干渉の対象となる種族を捕獲し作業を開始した。
用意されたプログラムに従い何世代にもわたり慎重に作業を進め、その知能が一定レベルに達する時を待った。
そして、知能が一定レベルに到達した種族から順に、言語とそれに関する概念を刷り込む作業に入った。
言語は、我々が現在使用しているものと同じ共通語を選定した。
これは後に『プロジェクト・ノア』の最終段階にも係わってくる事だ。
後はまた時間をかけて自然が我々の行った干渉を受け入れてくれるのを待つだけだ。
こうして対象種族への干渉作業を終えた我々は、彼等が原始文明を築く日まで再び眠りについた。


back.pngmokuji.pngnext.png