光が消える時 |
「あの信号弾はマズかったな。」 グリーンペペは森の中を駆け抜けながら舌打ちをした。 辺りはすでに薄暗くなり彼らの制服はその特徴とも言うべき淡い緑の光を放ち始めた。 そしてその原料でもあるミドリダマシの葉も同様に森の中にその光を灯し始めていた。 しかし、グリーンペペ部隊が身を隠せるほどの群生地はまだ近くには見当たらなかった。 「あっちで何か動いたぞ。」 遠くの方から偵察隊のものと思しき声が聞こえた。 「くそっ、このままじゃ埒があかんな。」 「まさか追うのが仕事の俺たちが追われる事になるとはな。」 グリーンペペ部隊は悪態をつきながらも追手の声から巧みに身を隠していた。 しかしいくら振り切ったと思っても次の瞬間にはまた別な方角から追手の声が聞こえてきた。 「どうだ?何か見つかったか?」 「いや、そっちはどうだ?」 「ふむ、この辺りで何か動いたような気がしたんだがな。」 「あっちの方は調べてみたか?」 その声とともに何者かが近付いてくる気配がした。 グリーンペペ部隊の緊張は一気に高まった。 「馬鹿言え、俺だったらそんな明るい所にゃ隠れねぇよ、探すならもっと茂みの深い所だろ。」 「なるほど、そいつはもっともだ、だかこの辺りに何かが居たのは間違いねぇんだ、もう少し人を呼んでこようぜ。」 「ああ、その方がいいな。」 そして気配は次第に遠ざかっていった。 「危なかったな。」 グリーンペペたちは緊張を解いた。 「しかし何時までもこうしている訳にはいかんな、奴らが戻る前に潜伏出来る場所を探さないとマズい事になる。」 そう言うとグリーンペペたちは声が消えて行った方角とは反対の方向へ移動し始めた。 日が沈んでだいぶ時が過ぎた、辺りもかなり暗くなってきた頃、部下の1人から報告があった。 「隊長、向こうの土手を下って岩場を超えた辺りに結構大きな群生地があります、少々急な土手ですが下れない事はありません。」 「そうか、よし、全員その群生地へ移動だ。」 こうしてグリーンペペたちは罠とも知らずにミドリダマシの群生地を目指して移動を始めたのだった。 その様子を樹上から気配を殺してジッと見つめている男が居た。 男はグリーンペペたちが土手の前まで辿り着いたのを確認するとそっと呟いた。 「こっちはもう一押しってとこだな、後はそっちの出来次第だぜ、ハルーシよ。」 一方のハルーシたちは土手下の岩場の陰に身を潜め獲物が罠にかかるのを今や遅しと待ち構えていた。 「うまく追い込んでくれよ、兄貴。」 そんな事とはつゆ知らずのグリーンペペたちは辺りの様子を伺いながら土手の上まで辿り着いた。 月明かりに照らされ眼前に広がる光景は意外なものであった。 土手下に僅かな岩場を挟み、その奥にはミドリダマシの群生地、その彼方には神殿の姿が浮かび上がっていた。 「意外に近いな、だか盲点になるかもしれんな。」 グリーンペペがそう呟いた時、遠くから声が聞こえた。 「おい、こっちで何か聞こえなかったか?」 「ああん、獣か何かの声じゃねぇのか?」 グリーンペペは慎重に気配を探った。 「・・・数人くらいか、まだ距離もあるようだな、この距離なら気付かれても見られる前に群生地にもぐり込めるな。」 グリーンペペはそう呟くと部下たちに合図を送った。 その合図とともにグリーンペペ部隊は一斉に土手の急斜面を滑り降りた。 その音に気付かれたのか土手の上の方が何やら騒がしくなってきた。 しかしグリーンペペたちは間もなく斜面を下りきるところだった。 「ふっ、遅いわ、岩場を越えるてしまえばコッチのものだ。」 そう吐き捨てて岩場に向かって駆け出したその瞬間、グリーンペペたちの足下の地面が崩れた。 「!?」 何が起こったのか訳が解らないままグリーンペペ部隊の面々は穴の中に吸い込まれて行った。 そしてその驚きから立ち直る間もなく頭上から何かが転がり落ちてきた。 「罠かっ!」 慌てて見上げた穴の入口が岩で塞がれた。 「何者だっ!」 グリーンペペが声を張り上げると穴の隙間からくぐもった声が聞こえてきた。 「わざわざここまでご苦労さんだったな、さっきのは俺たちからの餞別だ、それじゃあな。」 頭上の声はそう言うと僅かに空いた隙間を塞いだ。 「くそぉ。」 グリーンペペは己の迂闊さを呪った。 部下たちも怒りにまかせて足下に転がっている物を蹴飛ばした。 その瞬間、口を縛っていた紐が解け、その物体から無数の虫が飛び出してきた。 空腹と巣を攻撃され怒りに満ちたところに好物のミドリダマシの光があれば、その行動は自ずと決まってくる。 餓えたワンナビーの群れがグリーンペペたちに一斉に襲い掛かったのである。 「くっ、コイツら服の光に向かってきやがる。」 パニックに陥った部下たちは一斉に着ている物を脱ぎ始めた。 そして脱ぎ捨てた服を群がったワンナビーもろとも踏み付けた。 踏みつぶされた蜂の体液が緑の輝きの中に黒い染みを作り、それとともに輝きは次第に色を失って行った。 もはや穴の中にはグリーンペペの着ている服以外に明かりは無くなっていた。 「隊長も早く服を脱いで下さいっ!」 部下の1人が叫んだ。 ワンナビーの群れはその攻撃対象をグリーンペペ1人に集中させていった。 「い・・・嫌だぁ、暗いのは嫌だぁーっ!」 グリーンペペは、まるで子供がダダをこねるように首を振りながら必死に蜂を叩き潰した。 しかしその服も自分の血と蜂の体液で次第に輝きを失いつつあった。 「隊長っ、早く脱ぐんです!」 部下の1人がグリーンペペの制服を剥ぎ取ろうとしたその時だった。 グリーンペペの中で何かが切れた。 「あぁぁぁぁぁ・・暗いよぉぉぉぉ怖いよぉぉぉぉ」 グリーンペペの持っていたナイフが一閃した。 グリーンペペの制服に手をかけた部下は悲鳴をあげる間も無く絶命した。 「隊長っ!」 しかしそこにはすでに帝国軍エリートの姿は無かった。 もはやグリーンペペは蜂の攻撃を一身に受け血まみれになりながらナイフを振り回す狂人に過ぎなかった。 「嫌だぁー!出してくれぇー!」 「こうなったら全員で隊長を取り押さえるんだ。」 残った部下たちは一斉にグリーンペペに飛びかかった。 だが正気を失っているとはいえ帝国屈指の実力者、その戦闘技術は身体が覚えていた。 蜂の攻撃を受けながらもグリーンペペは襲い掛かる部下たちを次々と切り捨てた。 そして部下たちが動かなくなった事にも気付かないままグリーンペペはナイフを振り回し続けた。 やがて出血量が限界を越えた時、グリーンペペは暗闇の中で狂気のまま崩れ落ちた。 身動きもままならず薄れゆく意識とともに、その男の名誉のシンボルであった緑の光も次第に輝きを失い、命の息吹きと同時に闇に沈んだ。 戦場において、死をもたらす緑の光が最後にもたらしたものは、己の秘密を守る為に多くの命を奪ってきた男に相応しい死であった。 |