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第六十一話「魔が差すペガサスたち」
1999年8月8日18:00 日本 珠洲 ヘミングウェイ海岸其の柔禄
「ゲシュケさん?お風呂場のお掃除は終わったの?」不意に後ろからかけられた声に男はうろたえていた。
「あ・・はい、すぐに」慌てて障子を閉めると、先程の笑顔が早く消えるように無理をして顔をしかめてみた。
名残りの陽が真っ白な障子を一面朱に染め上げていた。
「ボヤボヤしてるとお客様が戻って来ますよ」女将は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、忙しそうに階段を降りていった。
男は悪びれた様子もなく頷くと、古ぼけた畳をすり足で駆け抜けて階下の風呂場に向かった。

「おお〜〜早かったじゃん、お帰り〜〜」ミケくんたちが駐車場から砂浜に現れると、すぐさまMaroが気づいた。
海に向かって手を振ると、それが合図とばかりに皆浜に上がってきた。
中には着替え終わったものもいる。めいめい身の回りの荷物をもってテラスハウスに向かった。
Sakaがおいつくなりミケくんに話しかけた。
「ミケくん、その浮輪イイねぇ、気に入ったから売ってくんない?」
汗が入った目を拭いながら振り返るミケくん。
「ああ、ケンケンの浮輪気に入った?んじゃあげるよ。明日つかった後ね」
「本当?おおお〜サンキュ〜」Sakaは逆光の中で子供のような笑顔を浮かべていた。
ミケくんとたつゆきも着替えることにした。
シャワ〜設備はテラスハウスの裏側に面しており、砂を落とすだけの水しか出なかった。
海とはまた違った冷たいシャワ〜を浴びると身が引き締まる思いだった。
その時、すぐそばで5歳くらいの女の子が全裸でシャワ〜を浴びていた。
「おおお〜さとみちんが居たらアブナイ〜〜危険」口々にここに居ない団員の話題で盛り上がった。
着替えも早々に、カニカニ団は次ぎなる目標のビ〜チホテルを目指して隊列を組みながら砂利の小徑を歩いた。
広々としたロ〜タリ〜にはランチアと槍騎兵がおとなしく待っていた。
団長がおもむろにランチアに歩み寄ると、手に持ったまだ半乾きの海水パンツを掲げSakaを振り返った。
「Sakaさん、これココに干していいですか?」片方の手はランチアのトランクを指していた。
「ああ、いいよ別に」あまりにもスゴい申し出にSakaは一も二もなく、どうぞと手でランチアを指し示した。
「済みませんねぇ、んじゃ失礼して・・・よっこらしょヘ(^^ヘ) (ノ^^)ノ。帰りには乾いてますよね」器用に濡れたパンツを拡げる団長。
「エンブレムのトコだけ腐ったりして、パンツの形に」爆笑するカニカニ団。
ひんやりとしたホテルのロビ〜に入るや、当初の目的は忘れ、土産物に群がるカニカニ団。
いつもの行動パタ〜ンだった。
このホテルの8Fにエアロビ東の勤めるスタジオがあった。
容姿端麗で性格も明るい東はマダムキラ〜として大活躍していた。
ロビ〜脇にあるエレベ〜タを使えば8Fまではあっという間についてしまう。
降りたところにすぐドアがあって、洒落た字体でスタジオの入り口と表記されていた。
毎週練習に通っているSakaが何気にドアを押して入っていった。
まもなく昨晩以来のエアロビ東がドア口から顔を覗かせた。
歓声をあげるカニカニ団。
仕事中に引っ張りだされたのであろう、やや困惑気味で落ち着かない様子だった。
ドアの反対側は全面ガラス張りで、珠洲市内はおろか、遠く輪島の方まで見渡せる。
「そんじゃ、ちょっとお茶でもしてから、例のソバ屋にいるから」手を上げてSakaが笑った。
上のフロアの9階には展望ラウンジがあるというSakaの案内で、全員一致で咽を潤しに行くことにした。
そのカフェは、今度は海側に面しており、足下までガラス張りのせいでまあるい日本海の水平線を一望できた。
人気のまだ少ない店内には窓から入る宵の残り陽が差し込んでいた。
それぞれ好きな飲み物をオ〜ダ〜して寛ぐカニカニ団、予約してある19時までは、まだ小一時間ほど間があった。
窓辺に一列カウンタ〜が設えてあり、大海原を眺めながらビ〜ルをあおっていた。
その時、背後から不意に不吉な物音が聞こえてきた。なにか水が滴るような正体不明の音であった。
「なんだ?この音」KMが最初に気づいた。
皆、声に反応してざわめき始めた。
小さくかかった音楽を遮り、誰の耳にもその音は不安に聞こえた。
どんどん音が大きくなってきた。
昨晩から超異常現象に悩まされていたカニカニ団は、即座に神経が逆立った。
薄暗い明かりの中で次第に大きく、激しくなってくる謎の音。
Hirokoの顔に恐怖を不安の色が拡がっていった。
「済みませ〜〜〜ん、ごめんなさい(゚o゚;) 」ウエイトレスが奥の厨房から飛んでやって来た。
彼女が慌てて取りついたのはビ〜ルの自動供給機だった。
その上にジョッキが置かれ、黄金色の液体が溢れて床に滝のように零れていた。
スイッチを入れたままその場を離れていたらしい。
一同音源が判明したので、ホッと胸をなで下ろしていた。
「また、霊現象かと思ったわ」何気にMBXが首を竦めながら云った。
その直後また今度は海側に座っていたHirokoが叫んだ。
「あれって、人間?」
その指さした方向を見るカニカニ団。
それは小さな白い波を蹴立てて50mくらいの所を海岸線に沿ってゆっくり進んでいた。
もうすでにビ〜チには人影もなく、およそ海水浴客とは思えなかった。
「ああ、水泳バカだな、時々出るんだよね」Sakaが面白ろそうに目を細めると、ストロ〜を銜えたまま云った。
「でも、なんかメチャ速くないですか?人間にしては」headsもガラスに顔を押し付けるようにして見つめていた。
その、謎の物体はグングンとスピ〜ドを上げてすぐ彼らの下まで来た。
もうすでに100Mは泳いでいるのに依然として猛スピ〜ドで泳いでいた。
申し訳けばかりの拍手がパラパラと巻き起こった。
飽きっぽいカニカニ団はすぐにその事は忘れ去り、今夜のディナ〜の話にうつっていった。
前回、そば屋のぎょうざを食べているミケくんと団長は言葉を尽くして、そのウマさを絶賛した。
皆の期待感が膨らんでいくのが手に取るように伝わってきた。
窓の外を見やると、まだ先程のスイマ〜が強引な力強さで依然として進み続けていた。
その泳ぎっぷりは超人じみていた、まるで衰えるということを知らないように見えた。
いい加減、ヘミングウエイ海岸にもようやく夜の帳が降りようとしていた。
薄紫色の水平線が、まるで蝶が羽化するかのように徐々に狭まってきた。
オ〜ロラのような帯状の光が、彼方の海面に映っては消え、また吸い込まれていった。
ビ〜ルをやりながらその光景を眺めているのは、なんとも幻想的でフィルムにはとても収められない気がした。
誰もが頬杖をついて、導かれて、生まれ変わり、そして運命に寄り添って、ただそれを見ていた。
いつかきっと思い出すのだ。
たとえ時が流れて移ろいだとしても、この色と匂いを胸に思い出すのだろう。
件のスイマ〜は、さすがに疲れたのか、彼らの視界を外れたあたりで、ようやく砂浜に上がったようだった。
そして静寂だけが、見渡すかぎりの大海原を覆い始めた。


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