青白き光彩

 六月の半ばを過ぎる頃、
何かに引き寄せられるような気持ちになることがある。


夏至に近いある日、家を出た。

大阪の北の端には北摂の山々が連なり並び、
その入り口付近に修験者が行き交った大きな滝があり、
箕面大滝と名づけられていた。


登り口に着いたのはとうに六時を回っていた。
白夜のような明るい空を恨めしく思いながら
道を滝にとり向かわせた。


しばらく続くみやげ物店をぬけると、
深い森に囲まれた谷川の道になり、
蝉しぐれの中をゆくと
間もなく少し勾配のきつい登りとなる。

その頃より谷の水の音は大きくなり、
まるで揚げ物をしているかのようである。

半時間も過ぎるとひぐらしと
河鹿蛙の鳴き声が時の変化を告げる。


そんな森の精気に見守られどれだけ歩いただろうか、
やがて峠の茶屋が視界に現れ
その屋根の向こうに空から
水を落としたような滝が目にとびこんでくる。


十数人ほどの見物客が、ある者は滝を背に写真を撮りあい、

ある者は数軒並んだ
みやげ物店から香る焼き物に足を取られている。

多くは背もたれの無い木のベンチに座り
静かに思い思いの時を過ごしていた。
幸せそうな人々の表情はみな同じように見える。

そんな人達の群れの一人になりすまし
ぼんやりと時がたつのを待つことにした。


どこからか吹いてきた強い風が
木々の葉を裏返らせたのが合図だった。

気づくとあたりはだいぶ暗くなっている。
回り道の末いよいよ目的のものを探しに
山を下っていくことにした。



夜を迎え幾重にもくねった細い道には
時々電灯が灯りその円錐の光の輪の中に
大きな蛾がどこからともなく現れきらきらと輝いて、
驚かせてはまたどこかに消えてゆく。


なにも起こりそうにない月も星もない静かな夜でした。


そうして幾つかの電灯をくぐりぬけたとき、
大きな紅葉の黒い輪郭が現れ、
なにかの気配を感じとり見ていると、

闇に沈んだ谷底から
ふわりと青白き小さな光が横切ったかのようだった。


それが何なのかを知るには
まだ少しの時間を必要としました。

幻であってほしくない、
確かな手ごたえがほしくまた道を急いだ。


木の葉が邪魔をしない視界のいい所から下のほうを覗くと、
幾つもの青白い光が谷底から沸き立つように舞っている。

まるで無重力に漂う小銀河の光彩。


短い命の最後に集い、
意図せず光彩陸離とした川面を見せているのでしょう。


それが今年も出会えた蛍の姿でした。

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