青白き光彩


 揖斐川と長良川に挟まれた岐阜の輪中には
美しい水田地帯がひろがっている。


農家の朝は早い。
まだ星の残るうちから有線放送を通じてラジオ体操やら
野菜の出荷時間やらが大音響で流れてくる。


しかしそれ以前にみんな起きていて
野良仕事の支度が終わっていた。

昼時に戻って食べるいなり寿司やおにぎりが、
たらいのような大きな桶に山のように積まれている。

まだ青い柿の実に朝陽が射す頃にはもう誰もいなくなっていた。


ある日のこと叔父に連れられ
近くにある横蔵寺にいくことになった。

着くとそこには時が意味をなさない静かな歴史がある。

寺に入ると即身成仏された僧の
「みいら」が収められているのを知る。


気味悪くそこを覗くと小さくなった僧が律と座している。

どこかに旅立った蝉のぬけ殻のようなその姿は
なぜか幸せそうにも見える。


叔父の語ってくれた僧の修行の一つにこんな話が頭に残った。

空気口一つの穴を堀り、鉦を手に自らそこに入り蓋をしてもらう。
なにも口にせず念仏を唱えては鉦を一つ鳴らす。

そうしてある日、鉦の音が聞こえなくなる瞬間がやってくる。
それがその日が命日だと言う。


曖昧な記憶かも知れない、
でもなぜかその話は頭から離れなくなった。


その夜、蚊帳の中で寝付かれない頭に、
いつしか想像の鉦の音が鈴の音に変わり鳴る。

これから未知の世界に生きてゆく
喜びと不安に何度も寝返りを打った。


チリーン、チリーン・・・。いつしか音が鳴り止み、寝入った。

ひょっとして生と死は対義語ではなく、相似なのかもしれない。


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