新大陸へ |
大王の執務室に通じる廊下をエノキンは共も連れずに歩いていた。 今何をなせば己の野望に最も効果があるのかを、まるで店先で品物を値踏みするかのような感覚で考え続けていた。 まもなく大王の部屋に差しかかろうという所でエノキンは足を止め、独り言を呟いた。 「ふぅむ、どうにも考えがまとまらんわい、ちぃとばかし情報が足りんのぉ・・・」 そして再び歩を進めると大王の部屋のドアをノックした。 「大王様、エノキンでございます。」 「うむ、入れ。」 分厚いドア越しに大王の声が聞こえた。 エノキンは部屋にはいると一礼をして大王の前に足を進めた。 大王は、その派手な行動から想像もつかないほど簡素な部屋の中央にある円卓に地図を広げ見入っていた。 「来たか、まあそこに座れ。」 大王はエノキンに椅子を勧めると再び地図に目を向けた。 「何事でございますかな?」 恐る恐るエノキンが尋ねると、大王は椅子に腰をおろしエノキンの目を見据えて言った。 「今日呼んだのは他でも無い、そのほうに聞きたいことがあったのでな。」 「・・・聞きたい事とは・・・何かあったのでござりますかな?」 大王の言葉と視線の迫力に、エノキンは寿命が縮む思いだった。 ・・・まさか石版の事がバレたのではあるまいか、だとすれば少しばかり面倒な事になるやもしれん・・・・ エノキンは考えつく限りの言い訳を用意し、大王の次の言葉を待った。 そんなエノキンの心配を他所に、大王から返ってきたのは意外な言葉であった。 「今度の遠征だがな、目的地はここにしようかと思うのだが、どうだ?」 大王の言葉にホッと胸をなでおろしたエノキンは、指差された地図の先を見て驚いた。 「だっ、大王様・・・そこは・・・」 エノキンが驚くのも無理は無ない。 大王が指し示していたのは、かつて人類がアマゾンと呼んでいた地域で、一部の好事家が金にあかした冒険に出かける以外に訪れる者もいない未知の領域であった。 それ故、地図も地形が記載されているのみで、その地の詳細を知る者はまだ誰も居ないのである。 問題はそれだけでは無い、その地へと至るルートと帝都からの距離も尋常では無いのだ。 プロミスの街から北へ上り、アノクタラ山脈の西側を迂回し北極圏の寒村ハークロクロを抜け、細長く伸びて氷の海を分断し隣の大陸へと続く雪で閉ざされた道、古代語で『お寒い』の意味を持つカーモカキーコと呼ばれる地域を通らねばならない、それでようやく未知の領域である隣の大陸に入る事が出来るのだ。 これには流石のエノキンも二の足を踏んだ。 「大王様、何故こんな時期に。」 「この時期だからこそ、とは思わんか?」 そう言うと大王はニヤリと笑った。 「儂にはどうも解せませんですじゃ、遺跡の問題もまだ未解決じゃというのに・・・」 「遺跡なぞ後回しでよい、どうせカ・フンショウたち以外にはどうする事も出来ぬであろう、それに奴らを押さえた以上、帝国に叛旗を翻す者など他に居るはずも無かろうて、加えて季節はこれから夏を迎える、冬のカーモカキーコへ臨むのは自殺行為に等しいからな、ならば今こそが隣の大陸へ進出する絶好の機会ではないのか。」 「たしかに、大王様のおっしゃる通りですな・・・・」 そう言うとエノキンは心の中で舌打ちをした。 ・・・遺跡を後回しじゃと? 古代遺物が手に入れば今より容易に世界征服も可能になると言うものを。 そんな悠長な事では儂の野望も何時になるやら分からんではないか・・・・ 「どうした?あまり乗り気では無さそうだな、何か異論でもあるのか?」 エノキンの様子を不審に思った大王は鋭い視線で問いかけた。 「いえいえ滅相もございません、この遠征に何を準備したらよろしいのかを思案していたところですじゃ。 なにせ長く厳しい遠征になりますからのぉ、万全の体制が必要になりますじゃ。」 エノキンは慌てて大王の言葉を否定すると再び考え込んだ。 ・・・考えようによっては逆に好都合かもしれんのぉ、未知の領域にはまだ知られておらん遺跡もあるやもしれんて。 相変わらずの戦争馬鹿じゃが、ここはひとつ大王の機嫌をとっておいた方が得策じゃな・・・ 「ほぉ、もう先の事を考えておったのか、で?見通しの方はどうだ?」 「はい、二週間程いただければ万全の体制を整えて御覧にいれましょうぞ。」 「よかろう、早速準備にかかってもらおう、ところで話は変わるが、そのほう、ここ最近は研究所に入り浸っているそうだな。」 突然の質問にエノキンは一瞬言葉に詰まった、だがその様子を気取らせる事無くすぐに切り返した。 「はい、奴らめなかなか強情でしてな、なかなか首を縦に振りませぬ。」 「ほほぅ、そのほうをこれ程手こずらせるとは、やはり一筋縄ではいかぬ奴らよの。」 「ですが儂にも意地がありますでの、必ずや解読させて御覧にいれますじゃ。」 「よかろう、だがまずは遠征の準備が先だ、任せたぞエノキン。」 「はい、では儂はこれにて失礼いたしますじゃ。」 そう言い残すとエノキンは大王の部屋を辞した。 研究所へと戻る道すがら、あれこれと考えを巡らせていた。 ・・・ふぅむ、ただの戦争馬鹿と思っておったが、まだ大王の耳は生きているようじゃな。 じゃが今度の遠征は長期化するのは必至、なればその間にいくらでも手は打てるじゃろう。 後はせいぜい無事で帰ってくるのを祈るだけじゃな・・・・・ そんな様子を監視している者がいるとは、考えに没頭していたエノキンは気付くよしも無かった。 |