寓話 |
帝都を出発した大王とその遠征隊はプロミスの街を抜け、アノクタラ山脈を西に迂回し北極圏に到達しようとしていた。 かつて一人の若者が、その身に超人的な力を宿らせんがため己の身体と心を鍛えたと云う伝説が伝わる山々。 そしてそれらの霊山から少し外れた位置にそびえるカモ山、こちらの山には、かつて己の体面を守るために、人生を嘘で塗り固めた哀しい男の伝説が伝わっていた。 そのカモ山を南に望む小さな寒村がハークロクロであった、この村の名は元々一人の絵描きの名前だったと云う。 そしてその名の由来となった哀れな絵描きの物語も民話として広く伝えられていたのである。 カーモカキーコ越えを前にひと時の休息をとっていた大王もまた、幼い頃にその話を聞いて育った一人だった。 「そういえば母がよく聞かせてくれたものだったな。」 まるで子供の頃を懐かしむかのように大王は呟いた。 |
「母さま、またお話聞かせて。」 「そうね、シータがいい子にしてた御褒美にお話してあげましょうね。」 そう言って母はいつも俺に物語を語って聞かせてくれたっけ・・・・ むかぁしむかしのお話なのよ。 ロマニスタンの街が今よりもずっとずっと小さな街だった頃、とっても素晴しい絵を描くダ・イナミクっていう画家がいたの。 その評判はずっと遠くの街にまで届くほどすごい画家だったのよ。 だから若い絵描きさんたちはみんなダ・イナミクの弟子になりたがっていたの。 でもね、みんなを弟子にしちゃったらダ・イナミクも大変でしょう? だからとっても難しい試験をして合格した人だけを弟子にしていたのよ。 ただ絵が上手に描けるだけでは弟子にしてもらえなかったの。 それくらい難しい試験だから合格するのは一年に1人か2人。 だからダ・イナミクの弟子になれるっていう事はすごい名誉な事だったの。 ある年にカシワンという街に住んでいるハークロクロっていう若い絵描きがその試験に合格したの。 絵の腕前はまだまだだったけどダ・イナミクはハークロクロが将来いい絵描きになるだろうと思ったのね。 弟子になって最初の年、ハークロクロは一生懸命絵のお勉強をしたの、そして沢山の絵を描いたのよ。 絵を描くたびにだんだん上手になっていったわ。 そのうちにハークロクロの絵を買いたいっていう人がでてきたの。 そのころダ・イナミクの絵はとっても高くてなかなか買えるものじゃなかったの。 だからせめて弟子の絵でも欲しいってみんな考えたのね。 それにダ・イナミクはその頃、ナンデっていう詩人の「神の調べ」っていう詩をもとにした大きな作品にかかりっきりで 他の絵を描いている余裕が無かったものだから、新しい絵は全然発表されなかったの。 だから新しい絵を欲しがる人たちはみんな弟子たちの絵を買おうとしたのよ。 でもそれだけじゃなくてダ・イナミクは弟子たちが暮しに困らないように、弟子の絵を買ってくれるようにみんなに頼んでいたの。 そのうちにハークロクロはみんなが自分の絵を欲しがっている、自分の絵はダ・イナミクの絵よりも売れるって思うようになったの。 そしてハークロクロは絵を買いに来た人たちの前でダ・イナミクに言ってはいけない事を言ってしまったの。 「私にはもはや貴方から学ぶべきものは何も無い。」って。 絵を買いに来た人や他の弟子たちはそれはそれはびっくりしたわ。 だってみんなはダ・イナミクが新しい絵を発表しない訳も、弟子の絵を買ってくれるよう頼んでいた事も全部知っていたのだから。 でもハークロクロはすっかりいい気になってしまって、他人の言う事に全然耳をかさなかったの。 そしてダ・イナミクが止めるのも聞かないで彼のもとを飛び出して行ってしまったの。 その頃のハークロクロの絵は上手にこそなったけれど全然心がこもっていなかったの。 最初の頃は下手でも一生懸命心を込めて絵を描いていたのに、絵が売れるようになってからは小手先で絵を描くようになって 心を込めるっていう気持ちが無くなってしまったの。 ダ・イナミクはたいそう悲しんだそうよ、だって自分の作品にかかりっきりで弟子に教えるのが疎かになってしまったから。 それでハークロクロが間違った道にすすんでしまったから。 でもハークロクロはダ・イナミクのもとには帰ってこなかったわ。 自分の絵は黙っていてもみんなが買いに来るって思い込んでいたから。 でもみんながハークロクロの絵を買いに来てたのは彼がダ・イナミクの弟子だったから。 ダ・イナミクの恩も忘れてあんなひどい事を言ったうえにダ・イナミクのもとを出ていったハークロクロの それも上辺だけで心のこもっていない絵を買おうと思う人は1人もいなかったの。 でもすっかり思い上がっていたハークロクロは自分の絵が売れないのはダ・イナミクが自分の絵に嫉妬して 邪魔をしているんだって考えるようになったの。 そして街のあちこちで、「ダ・イナミクは私の才能に嫉妬して邪魔をしている。」ってふれてまわったの。 でも街の人たちはみんなダ・イナミクがどれだけ弟子たちを大事にしていたか知っていたし、どんな小さな絵でも 一生懸命に心を込めて描いている事も知っていたからハークロクロがいくら騒いでも誰も耳をかさなかったの。 それどころか街中の人たちの反感を買ってしまってとうとうロマニスタンの街を追い出されてしまったの。 そしてあちこちの街を転々としながら絵を売ろうとしたの。 でもどこの街でもハークロクロの噂は伝わっていて誰も相手にはしてくれなかったわ。 そしてとうとう故郷のカシワンの街さえ追われてしまったの。 その時ハークロクロを庇ってくれた数人の仲間とともに北のはずれの地まで逃げていったの。 そしてそこに小さな村をつくって誰にも相手にされる事なく一生をすごしたそうよ。 わかりますか?シータ、いくら立派な事を言ってもそれが上辺だけの言葉では他人の心は動かせませんよ。 自分の実力もわきまえずに偉そうな事ばっかり言ってるとハークロクロみたいになってしまいますからね。 |
「ふっ、民話もあながち馬鹿には出来んものだな、ならば誰もが認める実力を身につければ良いと言うわけだ。」 眼前にそびえるカモ山を見上げながら大王は呟いた。 「はぁ?大王様、何かおっしゃいましたか?」 警護についていた兵士が怪訝そうな表情で尋ねた。 「いや、何でもない独り言だ、しかしこのカモ山という山は遠目に見ると立派に見えるが近くで見ると荒れ果てていて酷い有様だな。」 大王はカモ山を見上げたまま兵士に言った。 「はぁ・・・・」 問いかけられた兵士はどう答えていいものやら次の言葉が出てこなかった。 |