kinokologo2.pngのあらすじ(笑)


既視感

大王は戸惑いを覚えていた。
拳の一振りで叩き伏せられそうなこの老人から何故か抗いがたい迫力を感じ取っていたからである。
それは丁度、カーニリベでエミールたちを追い詰めた時に現れた謎の男が持っていた雰囲気と近いものであった。
もしや、この老人は古代人の末裔かもしれんな。
そう考えると、大王の戸惑いは次第に老人に対する興味へと変わっていった。
「御老人、我ら多少大所帯ではあるが村へお邪魔してよろしいかな。」
大王もまた穏やかな口調で老人に問いかけた。
「久方ぶりのお客じゃ、何を遠慮される、大したもてなしも出来ぬがゆっくりしていって下され、しかし全ての方々をお泊めするのは無理かもしれませんがな。」
そう言うと老人は遠征隊の方へ視線を移した。
「それなら心配は御無用、我らには野営の準備があるゆえ開けた場所を貸していただくだけで結構。」
「ほっほっ、それならばお好きな場所をお使いくだされ、この辺りには儂らの一族より他に住む者はございませぬゆえ。」
「かたじけない、ではお言葉に甘えさせていただこう、ディスル、野営の準備だ、今日はここで休息をとる。」
大王は老人に礼を言うと部下に野営の準備を始めさせた。
その様子を眺めていた老人は大王に食事の準備をさせてくると告げると村へ戻っていった。
「ディスル、我らの食料も拠出しろ、手伝いの者も数名つけてな、この土地柄では食料を確保するのも容易ではあるまいて。」
「はっ、かしこまりました。」
ディスルは数名の部下に食料を持たせ、老人の後を追いかけさせた。
そして、野営の準備が終わる頃、老人が村の若者を連れ、手伝いに出た兵士と共に戻って来た。
村の若者たちは出来上がった食事を荷車に載せ野営地まで運んで来てくれたのである。
野営地のあちこちで焚火が点り、兵士たちは老人の用意した質素だが心のこもった食事を堪能した。
食事も終わり、あちこちで談笑の輪が広がる頃、老人は大王に言った。
「この地では夏の間は日が沈みませんでな、まだまだ明るいですが時はすでに夜中、そろそろ休まれるがよいでしょう。」
「ほう、日が沈まぬとは珍しい、では冬にはどうなるのだ?」
「冬は逆にほとんど日が昇りませぬ、地平より僅かに顔を出したかと思う間も無くすぐに沈んでしまいます。」
「御老人は色々と面白い話を御存じのようだな、その話しの数々を是非聞かせてもらいたいものだ。」
大王は真剣な眼差しで老人を見つめた。
その視線を真っ向から受け止めると老人は穏やかに言った。
「久し振りのお客じゃ、昔語りをするのもまた一興、どうぞわが家におこし下され。」
「うむ。」
大王は部下に消灯を命じると、ひとりで老人の家を訪れた。
家に着くと老人は大王を暖炉の前に案内した。
老人の家に入った大王はその造りの頑丈さに驚いた、見掛けは小さな家だがその造りは王宮に劣らぬ程太い柱や梁が使われていたのだ。
「御老人、普通の家にしては造りが尋常では無いが。」
「これくらいありませんと雪の重みで家が潰れますのでな、これでも冬になると柱が悲鳴をあげまする。」
「うぅむ、それ程までにこの地の冬は厳しいのか。」
大王は思わずため息をついた。
「しかしこれも運命ゆえ、我ら一族はそれに従ごうてこの地で暮らしております。」
そう言うと老人は静かに目を伏せた。
「ふむ、それらの話も含め今宵はじっくりと聞かせていただこう、だがその前にまずは一献、我が国一番の酒で名は烈火酒と言う、果実から造った酒を三日三晩煮詰めて造ったものだ。」
そう言うと大王は小振りな杯を取り出すと持って来た瓶から淡い琥珀色の液体を注ぎ、一つを老人に手渡した。
老人は珍しそうに杯を眺めると暫しの間その香を楽しむように杯を廻し、そして一気に呑み干した。
「恥ずかしながら他所の酒を呑んだのは生まれてこのかた初めての事でしてな、しかしこの酒は実に香しい。」
「ほぅ、我が国でも烈火酒を一息で呑み干せる者はなかなか居ないですぞ。」
大王は驚いた様子で老人を見た。
「この地にも酒が無いわけではありませぬ、名前の方はありませんがな。」
老人はそう言うと悪戯っぽく微笑み、棚から古ぼけた瓶を取り出すと中味を杯に注いだ。
その酒は意外にも水のように無色透明であった。
大王は杯を取ると老人に倣い一息に呑み干した。
「こ、これは・・・・」
大王は驚きのあまり言葉が続かなかった。
「儂もこの酒を一息で呑み干した者を見るのは初めてですぞ。」
老人はまるで悪戯が成功した子供のように微笑んだ。
「俺もこんな強い酒は初めてだ、これに比べたら烈火酒などまるで子供の飲物ではないか。」
「これも自然の恵みでしてな、この辺りで採れる雑穀で造った酒を煮詰めては冷まし、これを二十日間繰返して造っております、儂らはこの酒を気付けや傷の手当て等、暮しの中のあらゆるところに利用しております、この厳しい環境の中では自然が与えてくれる物が全てですからな。」
老人は静かに語ると瓶を棚に戻した。
「なるほど、生き抜くための智慧という訳なのだな、ところで御老人、あなた方は何時頃からこの地に住まわれているのかな。」
「おお、そう言えば昔語りをするお約束でしたな、では我ら一族の歴史をお話いたしましょう。」
そう言うと老人は椅子に腰をおろし、静かに語り始めた。


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