迷い |
「なぁエミールよぉ、もうそろそろいいんじゃねぇのか?」 ニンは毛皮の山を目の前にして言った。 エミールたち一行はカーニリベを出てアノクタラ山脈に入ると奇妙な行動をとっていた。 狩りをしながら一度山脈を抜け、街道ぞいの宿場街まで出ると狩った獲物を売った金で大量の塩と香辛料、そして細い紐を買い込み再び山へと戻って行ったのである。 そして数週間の間、天然の洞窟を拠点に狩りをしまくっていたのだった。 流石は元々森で暮らしていたニンだけあって、狩りの腕前はエミールの予想を遥かに凌ぐものだった。 そしてその成果がニンの前にある毛皮の山と言うわけだった。 「そうですねぇ、干し肉の方もチクワブイリとの間を三往復は出来るくらい貯まりましたからねぇ。」 そう言いながらアトピーは、煙で涙目になりながら洞窟の奥から出て来た。 そして水を一口飲むとホッと息をついた。 「ねぇエミール、肉を保存するのに塩漬けにするのは私も知っていましたけど、火で乾かすっていうのは初めて見ましたよ、いったい何処で覚えたんです?」 「そうそう、俺も初めてだよ、塩漬けならガキの頃からしょっちゅう手伝わされたけどな、それにこれ結構いい味出してんじゃん。」 アトピーもニンも不思議そうにエミールを見た。 「なに、じぃちゃんの若い頃の日記に書いてあったのを試してみただけだよ、なんでもロマニスタンよりもずっと南の方で暮らしている狩猟民族の保存方法らしいんだ、初めてやってみたんだけどうまくいったみたいだな。」 香木を削りながらエミールは悪戯っぽく笑った。 その方法は、カ・フンショウが若い頃に訪れたという、ロマニスタンの遥か南に位置する大草原に暮らす狩猟民族から、獲物の捕れない時期に備えて食料を保存する方法を教わったものだと言う。 気温が高く食料が腐敗しやすい土地柄のためか、彼等は早くから腐敗を抑える方法を身につけていたようだった。 塩に漬け余分な水分を抜く事や、香辛料に腐敗を防ぐ効果が有る事などかなり昔から生活の智慧として伝えられているらしかった。 加えて彼等は獲物の少ない乾季を乗り切るために雨季のうちに食料を貯える必要があったため、湿度や日照に左右される事なく獲物を短時間で乾燥させる手段として火を使う事を自然と身につけていったのだ。 「じぃちゃんの日記には色んな土地で見て来たこういう事がたくさん書いてあるんだ。」 そう言いながらエミールは削っていた香木を火の中に投げ入れた。 その瞬間、煙が一気に立ち上り洞窟の中はアッと言う間に煙りと香木の匂いで充満し、エミールたちは慌てて洞窟の外へ飛び出した。 「うー、煙が目に滲みるぜ、匂いはまぁまぁいいんだけど煙はたまんねぇよな、エミールよぉ何でわざわざ煙りの多い香木を燃料に使うんだ?」 ニンは涙目を擦りながらエミールに聞いた。 「そ、そうですよ、火を使うんだったら普通の薪でもいいんじゃないんですか?」 アトピーも半分咽ながら言った。 「いや、匂いも煙りも大事なんだよ、匂いの強い煙で燻すと風味も良くなるし腐敗を防ぐ効果もあるんだ、もともと彼等の生活圏に生えている薬草や香草を燃料にしていたらしいんだけど、この辺にゃそんなもの無いからその代用として香木を使ったってわけさ、今のは少し燃やし過ぎだったけどな。」 苦笑しながらエミールは頭を掻いた。 「なるほど、その土地に合った生活の智慧と言うわけですか、それにしても今度はやる前に一声かけてくださいね。」 「まったくだ、不意打ちは無しにしてくれよ、エミール。」 ようやく落ち着きを取り戻した二人はそう言いながら腰をおろした。 「ああ、気をつけるよ、でも煙で燻すのはもう終りだ、あとは自然に火が消えて冷めるのを待つだけなんだ、ロイドたちが戻って来る頃には煙りも収まってるだろうからそろそろ荷物の方をまとめておこう、干し肉の方も明日の朝には出来上がっているだろうし。」 エミールは火の様子を確認しながら言った。 そしてまもなく、沢に水を汲みに行っていたロイドとピリンが戻って来た。 「ただいま戻りました、で、みなさん何をやってるんですか?」 ロイドは、洞窟の外に荷物を広げて所在なさそうにしている三人に言った。 「あれだよ、あれ、エミールの奴がちぃとばっかしヤリ過ぎてな。」 呆れ顔で洞窟を指差すニンと苦笑するエミールを見てロイドは納得がいった。 だいぶ収まって来たとはいえ洞窟の口からは、まだもうもうと煙が立ち上っていたからである。 「で、これからどうするんですか?」 「このまま自然に収まるのを待つそうですよ、だからそれまでの間こうして荷物をまとめてるって訳です。」 外に運び出した荷物を丁寧に梱包しながらアトピーが答えた。 「朝までには肉も冷めているだろうから出発は昼頃だな。」 「やれやれ、やっと出発か、俺ぁこのまま猟師になっちまうんじゃねぇかと思ったよ。」 「猟師は今日までさ、明日からは行商だ。」 ニンの軽口にエミールは苦笑しながら答えると、フッと真顔に戻って心の中で呟いた。 ・・・このままみんなとこうして暮らしていけたら、その方がよっぽど気楽かもしれない・・・ エミールは慌ててその考えを振払うと、みんなと一緒に荷物の整理を始めた。 |