交渉 |
次にエミールたちが訪れたのは街の規模からすると大きめな店だった。 どうやらこの店は食料品から日曜雑貨まで手広く扱っているようだった。 「さぁて、今度の店はどうですかね。」 アトピーは値踏みするように店構えを眺めた。 「あの親方みたいな人だといいんだけどな、まぁダメだったら次ぎの街で売ればいいさ。」 エミールはしれっとした顔で言った。 「オレとしちゃあ此処で余計な荷物は減らしたいんだけどよぉ。」 ニンは辟易したような顔で言った。 「ま、それはこの店の主人次第だな、とりあえず交渉は俺とアトピーに任せとけ。」 そう言うとエミールはアトピーと連れ立って店の中に入っていった。 「二人に任せておけば大丈夫でしょう、まぁそれまでゆっくり休んでましょうよ。」 ロイドは呑気に言うと店の横に有る木陰に腰をおろしてくつろぎ始めた。 ニンは店先で無邪気にタロと戯れているピリンの姿を目で追いながら商談が終わるのを待っていた。 一方、店内ではエミールが主人を相手に交渉の真っ最中であった。 エミールの差し出した一切れの干し肉を味見した主人は一瞬びっくりしたような表情を見せたが、すぐに愛想のよい商人の顔つきに戻り、買い取りは通常の仕入れ値に少し色をつけた値段でどうだと切り出してきた。 だが、エミールも負けてはいなかった。 「この干し肉には普通の干し肉の三倍以上の手間と時間がかかっている、しかも他の物よりも長期保存に耐えられるんだ、その値段ではとても売れない。」 しかし主人はガンとして提示した値段が限度である、と譲らなかった。 流石に商売人の主人は、すでに頭の中で損得の勘定を終えていた。 この若僧の言っている事は本当だろう、言うだけの質はある、とすればこいつは定価の三倍の値でも売れるに違い無い、後はこいつらがどれだけ物を持って来たかだ、いや、作り方を聞き出してうちで独占できればもっと儲けになるやもしれん。 そして主人はエミールにこう切り出してきた。 「買い取りだけでしたらうちとしても先ほどの値段が精一杯です、でも作り方をお教え頂ければ通常の仕入れ値の倍の値段でお引き取りしましょう。 いかがですかな?」 しかしその値段でもエミール達がかけた手間を考えると到底納得の出来るものでは無かった。 「おいおい、それは・・」 「ちょっと待って下さい、結論を出すのは私に任せてくれませんか?」 それまで交渉の行方を見守っていたアトピーが突然、エミールの言葉を遮って言った。 そして、呆気に取られた主人とエミールを後目に店の入口に向かうと外でピリンと戯れているタロを呼んだ。 「タロ、タロ、ちょっと来てくれませんか? 紹介したい方が居るんです。」 呼ばれたタロはアトピーの横にピッタリと寄り添い店の中に入って来た。 誰が来たって言い包めてやると考えていた主人は、突然現れた見た事も無い獣に驚きを隠せなかった。 「ま、まさかそいつで脅かそうってのか?」 「そんな事はしませんって、タロは大人しいですからね。」 アトピーは主人の心配を一笑に伏すと再びタロに声をかけた。 「ねぇタロ、私達はこの方に干し肉を売ろうと思っていたんですが値段の折り合いがつかないんですよ、タロはこの方に売った方がいいと思いますか?」 アトピーは真面目な口調でタロに語りかけた。 聞かれたタロは黙ってアトピーと主人の目を交互に見るた。 一瞬タロの視線に気押された主人だったが気を取り直すとアトピーに言った。 「これはいったい何の冗談ですかな、その獣に何が分かると言うのです。」 「いえ、冗談でも何でもなく私は真剣にタロに尋ねていますよ。」 そう言いながらアトピーは不敵な笑みを浮かべた。 その言葉に応えるかのようにタロは主人に近寄り何やら匂いを嗅ぐと考え込む仕種の後、主人に背を向けエミールの服の裾を噛んで外に引っ張って行こうとし始めた。 それを見たアトピーは満足そうに微笑むと主人に言った。 「どうやら交渉は決裂のようですね、あなたとは縁が無かったようです。」 アトピーは一礼するとエミールと連れ立って店を出ていった。 そして店の中には欲をかいたために折角の儲け話をふいにした哀れな主人が、いったい何が起こったのかも分からずに只一人取り残されていた。 |