対立 |
遠征隊は大王の指示で、拠点を湖畔の神殿へと移した。 そして野営の準備を整え、一時の休息を楽しんでいた。 そんな中で、隊長のディスルを始めとする各班の班長たちは大王の周りに集まり、今後の計画を検討していた。 その席上での大王の発言に、ディスルを始めとした班長たちは驚きを隠せなかった。 「今後は必要最低限の警備要員を残して戦闘要員も偵察及び調査に廻ってもらう。」 「大王様、それはいったいどういう訳で?」 ディスルには、いや集まった班長たちにも大王の意図は読み切れなかった。 「安心しろ、この大陸では戦闘は起こらん、そもそも住む者が居ないのだからな。」 「す、住む者が居ないとは・・・・いったい・・・」 班長たちは互いに顔を見合わせ、自分の耳を疑った。 「だ、大王様、戦闘隊第二班のツチカ・ブーリであります、何故ここには住む者が居ないとお分かりなのですか?」 その時、若い班長が立ち上がり大王に尋ねた。 「控えろツチカ、大王様のお言葉に従えんと申すのか?」 第一班長のフジウス・ターケンがすかさず噛み付いた。 「お言葉ですがフジウス殿、私は大王様よりお預かりした大事な部下を理由無くして危険な任務につかせる訳にはまいりません、納得の出来る理由を尋ねているのです。」 「はぁ? 今度は自分の臆病さを部下の所為するのか、見下げた奴め。」 フジウスの憎まれ口は留まるところを知らずツチカを攻め立てた。 「おい、お前たち大王様の御前で見苦しいぞ、いい加減にせんか、止めないと・・・」 「よい、二人が納得のゆくまで話し合うがいい。」 見かねたディスルが止めようとした言葉を大王は遮った。 「しかし大王様・・・・」 そう言いかけて大王を見たディスルは、意外にも大王がこの様子を楽しそうに見ている事に気が付いた。 そしてディスルもこの顛末を見守る事にした。 「お気遣い感謝いたします、さてフジウス殿、臆病と申されるがあなたは常日頃ご自分の部下がどのような危険な目に逢っているのかご存じですかな、最前線に一度も出る事無く後方でただ指示を出すだけのあなたに。」 「これだから若僧は困る、班長が迂闊に前線にでて万一の事があったら誰が指揮を取るのだ、各々の役割というものを考えた事があるのか? 兵士の役割に危険が付き物なのは当然ではないか、大王様のために命を捧げるのだ、これほど名誉な事はあるまい。」 「ご高説まことにご立派ではありますが、班長たる者、常に現場の状況を確認し最善の措置を講じるのが役目と考えておりますゆえ、それに私の部下たちは万一私に何かあった場合にするべき事は心得ております。」 「ほぅ、すると貴様の班は貴様が居ようと居まいと関係が無いのだな、それともワシの部下が能無しだとでも言うのかな?」 フジウスは脇に置いた刀に手をかけると物騒な目でツチカを睨んだ。 「私の見る限りでは第一班の兵士はフジウス殿の命令を忠実に守る良い兵士だと思います、それ以下でもそれ以上でもない。 それに私も大王様のために命を捧げるのは名誉な事だと思いますが、無駄死には決して名誉であるとは思っていない、私が言いたいのはこれだけです。」 「ふん、若僧が、口だけは達者よの。」 そしてフジウスが何かを言おうとした時、大王が割って入った。 「フジウス、ツチカ、双方の言分は分かった、だが結論はここでは出さん、いずれ時がたてば自ずと見えてこよう、してツチカは納得のゆく説明が欲しいのであったな。」 大王に止められ、フジウスは不満そうな顔をしながらも引き下がらざるをえなかった。 「はい、恐れながら。」 それに対しツチカは悪びれる様子も無く頷いた。 「よかろう、カーモウタ村のキロサトール・ミーロという老人の話によると我々の歴史で言う700年前に滅んだホンダラ教の生まれた場所というのがこの大陸の何処かにあり、この大陸に住む者全てを引き連れて我々の大陸に進出してきたそうだ、つまりこの大陸で生まれて今なおこの大陸に居るのは鳥や獣を除けばカーモウタの住人だけと言うわけだ、ツチカよ、これで納得がいったか?」 そう言うと大王はツチカの方を見てニヤリと笑った。 「はいっ、これで安心して任務に着く事が出来ます。」 嬉しそうに答えるツチカをフジウスは忌々しそうに睨んでいた。 大王はあらためて一同を見回すと話を続けた。 「先ほども言った通りこの大陸には住む者が居ない、だがこのままこの土地を眠らせて置くのは勿体無い話だとは思わぬか? そこでだ、帰国次第この土地に入植者を送り込むこととしたい。」 「なるほど、では今後の調査はその下調べと言うわけですな。」 ディスルもようやく納得したという顔をすると大王は再び言葉を続けた。 「今後は入植者のために産業の基礎となりそうな資源を中心に調査を行う、その他役に立ちそうな物や気になる事があれば忘れずに報告するように、よいな。 ではこれで解散とする、各自十分に休息をとるように。」 大王の言葉に一同は解散し各々の持ち場へと戻っていった。 そしてディスルと二人っきりになったのを確認すると大王は再び口を開いた。 「ディスルよ、あの二人をどう思う?」 「はぁ、フジウスとツチカの事ですか?」 「うむ、どちらの言分にも各々に理があるようだしな。」 そう言うと大王は悪戯を企んでいる子供のように笑った。 大王のその表情を見てディスルもニヤリと笑った。 「正直に答えてよろしいのですか?」 「無論だ、思った事を言ってよいぞ。」 「そうですな、私の見たところ第一班は非常によくやっていると言えますかな。」 「ほぅ。」 大王は意外そうな顔でディスルを見た。 「もちろん、あの班長にしては・・・ですが。」 「やはりお前もそう見るか。」 「はい、あの男は自分の部下を手柄をたてるための消耗品としか見ておらぬようです、奴の報告書を見れば一目瞭然、手柄は自分の物、ミスは部下の所為、第一班の半数以上は元々あの男の家に仕えていた者たちですので恐らく逆らえないのでしょう。」 ディスルはやり切れない表情で肩をすくめた。 「ふむ、ではあの若僧はどうだ?」 「第二班の評価は少し難しいですな。」 「ほう、お前でも難しいか。」 「はい、あやつの力量を考えればもう少し功績があっても不思議では無いと思うのですが、堅い用兵とでも申しましょうか大胆なのか慎重なのかいまいち掴めません、しかし何か切っ掛けがあればいずれ大化けするでしょう、そうなれば今の私の地位も危ないかもしれませんな。 もっとも私もそう簡単にこの地位を譲るつもりは有りませんが。」 ディスルは悪戯っぽく笑いながら言った。 「お前にそこまで言わせるとは末が楽しみだな、大事に育ててやれ、だが甘やかすなよ。」 「はい、お任せ下さい、しかし大王様は変わられましたな、以前はもう少し冷酷な方のようにお見受けしておりましたが。」 ディスルは真顔にもどって言った。 「そうか? 俺は何も変わったつもりは無いが。」 「いえ、変わられました、カーニリベ遠征の頃は正直申しまして恐ろしくてお話するなぞ考えた事も有りませんでした、今回の遠征で隊長に任ぜられた時など逃げ出したいと何度思ったことか、しかしお側で見ておりますと大王様は気付かぬ振りをして部下たちの様子をよく見ていらっしゃる、私はそのお姿を見て大王様こそ着いて行くべきお方だと確信いたしました。」 「もう世辞はよい、が、あの頃は余裕が無かったのは確かだ、だがこのところ心の中に何かゆとりが出来たような気がしないでも無いがな。 さて俺はそろそろ寝るぞ。」 大王はこそばゆそうな表情で言うと立ち上がった。 「ディスルよ。」 「はい。」 「良い部下を育てるという事は結果的に自分が得をする事になる、つまり俺は自分の得になる事しか考えておらんのだぞ。」 大王はディスルを見てニヤリと笑うと用意された寝所へと去っていった。 |