小さな陰謀 |
「よぉ、どうだった?」 店から出て来たエミールとアトピーにニンが声をかけた。 「残念ながら交渉決裂さ。」 エミールは肩をすくめながら返事をした。 「ちぇっ、また荷物背負って歩くのかよ。」 「今回はこれで良かったと思いますよ。」 「んん? アトピー、そりゃどう言う事だ。」 ニンは怪訝そうな表情で尋ねた。 「ニン、あなただって苦労して捕まえて手間をかけて造った干し肉が安く買い叩かれて、それが後で法外な値段で売られていたら寝覚めが悪いでしょう?」 「まぁ、そりゃそうだがよぉ。」 「そう言う事です、それにあの店の品揃えには少しばかり納得がいかなかったもので。」 そこまで言うとアトピーは表情を少し曇らせた。 「何があったんだ? 俺は何も気付かなかったが。」 「ああ、エミールは交渉で手一杯でしたからね、あったんじゃなくて無かったんですよ。 あの店、食料品を扱っているわりにはこの近辺で採れたと思えるものが一つも無かったんですよ、近くの山にいけば獲物は豊富にあります、狭いながら畑も見かけました、なのに置いてあるのは他所の土地から運んで来た物ばかり、変だと思いませんか?」 「そう言えば、あの店以外に食料品を売っている店が無いってのもおかしな話しだな。」 エミールもあらためて街の通りを眺めながら言った。 「それじゃあ少し調べてみませんか? 親方の仕事が終わるまでにはまだ間がありますから、酒場とかで聞いてみたら何か分かるんじゃないでしょうか。 それに今日はまだ何も食べていませんし・・」 「なんでぇロイド、やけに冴えてると思ったら目的はメシかい・・・」 その時そう言いかけたニンのお腹が大きく鳴った。 「あなただってそうじゃないですか、ニン。」 「へへっ、違ぇねぇや、そんじゃまずメシ喰いに行こうぜ。」 一行はニンの言葉に頷くと酒場を探して歩き始めた。 その道すがら、ロイドが気になる事を呟いた。 「それにしても閉めている店が多いですねぇ。」 言われてエミールも気が付いた。 店だけでなく、行き交う者たちさえこの街に滞在する素振りも見せず足早に通り過ぎようとしている事に。 そして一行は一件の酒場の前で足を止めた。 「キーチン亭か、なんかここも寂れてるな。」 エミールたちが店の中に入ってみると、そこには数えるくらいの客しか入っっておらず、それも泊まり客ではなく軽い食事を済ますと皆足早に出て行くのであった。 「いらっしゃい・・・」 カウンターの向こうからマスターとおぼしき男の覇気の無い声が聞こえた。 エミールたちは顔を見合わせると、テーブルではなくカウンターに席をとった。 「よぉマスター、ここの名物って何だい?」 ニンが必要以上に明るく尋ねるとマスターはため息をついて答えた。 「アンタら、この街は初めてだね・・・ここにゃそんな物ありゃしないよ、何処にでもあるような物だけさね・・・」 言いながらマスターが指差した先には壁にかけられた薄汚れたメニューがあった。 そしてそこに書かれてあるのはマスターの言う通り、どこの街でも見かける軽食と飲物だけであった。 「なんだよー、これじゃ旅の楽しみってものがねぇじゃねぇかよぉ。」 ニンはすっかり意気銷沈して呟いた。 「アタシだってねぇ、何も好き好んでこんなの出してる訳じゃないんですよ、手に入れたくても食材が手に入らないんだ。」 怒りに声を荒げたマスターの目には薄らと涙が浮かんでいた。 「嗚呼すみません、悪気があったんじゃ無いんです、実は私も同じ事が気になっていたんで事情を知っている方の話を聞きたいと思っていたところなんですよ。」 慌ててアトピーがフォローを入れるとマスターは落ち着きを取り戻してすまなそうに言った。 「申し訳ない、つい語気を荒げてしまって、でもどうしてアンタがたそんな話を知りたいんで?」 「実は私たち、この干し肉を売りに来てまして、さっき売り込みにいったのですが値段の折り合いがつかなかったんです、その時に見た店の品揃えが変だったもので気になっていたんですよ。」 そう言いながらアトピーは一切れの干し肉をマスターに差し出した。 「ほぅ、こりゃなかなかの出来じゃないか、それに風味も実にいい、相当に手間がかかったんだろう?」 マスターは干し肉を見つめながらしみじみと呟いた。 「お分かりいただけますか?」 「そりゃあアタシだって料理人の端くれだ、この肉がどれだけ手間をかけられているかくらい分かるさ、これなら1枚に10ダォ出しても惜しくは無い。 ああ、アタシもこんな食材で料理を作ってみたいもんだ。」 「宜しければお譲りしますよ、勿論適正な価格でですが。」 アトピーの言葉にマスターは急に顔をあげると慌てて尋ねてきた。 「なぁアンタら、こいつを売り込みに行ったと言ったよな。」 「はぁ。」 「値段の折り合いが付かなかったと言ったよな。」 「はい。」 「何処の店だ、いったいいくらと言われたんだ。」 「この街で一番大きい店でしたが、1枚あたり4ダォで引き取ると言われましたよ、それと作り方を教えてくれれば8ダォで買ってもいいとね。」 マスターは暫く考えていたが、やがて力なく呟いた。 「そりゃあヤーコブの店だな、奴がこの街に店を開いてからだよ、この街が変わっちまったのは・・・」 「ヤーコブ? その方はこの街の人じゃ無いんですか?」 「ああ、なんでもチクワブイリの方から来たらしい、奴の店も最初は普通の食料や雑貨を売る小さな店だったのさ、だが商売が軌道にのってくると奴はここいらで採れる食料品をみんな買い占めちまったんだよ、近所の農家や猟師たちは相場よりも少し高く買ってくれるってんで街には売りに来なくなっちまったんだ、でもその商品が奴の店に並ぶ事は無かったのさ、奴は買い占めた品を他所の街に流し始めたんだよ。」 「でもよぉ、何でわざわざそんな面倒な事するんだ? その土地にあるもんで十分じゃねぇのか?」 物々交換が主流だった森育ちのニンにとって、貨幣経済というものがどうもいまいち理解出来なかった。 「そうですねぇ、お金って言うものはそれ自体に価値がある訳じゃなくて物の価値を計る物差みたいな物ですから、ありふれた物であれば安く、珍しい物であれば高く、って言う事になる訳です、つまり他所に持っていけば当然珍しい物になりますから安く買った物が高く売れると言うカラクリなんですよ。」 「そいつぁ分かるけど、必要な物が必要な場所に無ぇってのはおかしな話しじゃねぇのか?」 「兄さん、アンタの言うのはもっともな話しさ、だが奴はそいつを逆手にとったんだ。」 マスターの話を聞いたエミールたちは互いに顔を見合わせて頷いた。 「どうやらカラクリが見えてきたようだな。」 「ええ、これで納得がいきましたよ。」 「しかしヒドい話しですねぇ、何とか出来ないんでしょうか。」 普段は控えめなロイドもさすがに憤慨しているようだった。 「アタシが一人で騒いだってどうにもならないよ、どうにかなるならとっくにやってたさ。」 マスターはすっかり諦めきった表情で言い捨てるとため息をついた。 「そいつぁ困ったな、俺たちもこいつが売れないと宿代も無いしな。」 「いや、宿代はいいよ、見ての通りのボロ宿だ、どうせ元々たいした値段じゃないから、アンタたちの干し肉を少し分けてくれればいいよ、好きなだけ泊まっていってくれ。 アタシの愚痴を聞いてくれたせめてものお礼さ。」 そう言うとマスターは小さく微笑んだ、おそらく長いこと一人で悩んでいたのだろう、心に溜っていたものを吐き出したからか、どこか晴れやかな感じのするいい表情をしていた。 「いや、それじゃ逆にこちらが申し訳ない、どうでしょうみんな、ここは一つマスターの力になってあげると言うのは。」 アトピーの言葉に一行は頷いた。 「そうだな、どうせガタシュー親方の仕事が終わるまでは俺たち何もする事が無いんだしな。」 「おぅ、いっちょやったろうぜ。」 「おいおい、アンタたち何だって見ず知らずのアタシにそんなに・・・・」 思わぬ言葉にどう答えていいものか戸惑っているマスターに、ニンはニヤリと笑って答えた。 「オレたちゃよぉ、ガタシュー親方やマスターみたいな正直者が好きなんだよ、いいから気にすんねぇ。」 「アンタたち・・・すまない・・・すまない・・・・・」 後は言葉にならなかった、マスターの目からは大粒の涙が溢れていた。 |