kinokologo2.pngのあらすじ(笑)


不審者

遠征隊が拠点を神殿に移してから数日が経過していた。
調査の方も湖の岸辺から、その範囲は次第に周囲へと拡大していった。
なかでも一向を驚かせたのは湖が海水並みの塩分を含んでいるにもかかわらず、流れ込む川はどれも真水である事であった。
塩は生活に欠かす事の出来ない品であり、その塩が海から遠いこの地域で生産可能であると言う事は、これから入植する者にとって朗報である。
大王はこの地を入植地の第一候補として重点的に調査するよう偵察隊に命じた。
しかし皮肉にもその命令がグリーンペペ部隊を追い詰める事になろうとは、その時誰も知るよしは無かった。
湖に生息する生物の調査をあらかた終えた偵察隊はその調査範囲をしだいに北岸の森へと移していったのだった。
流石に700年もの間、誰も住む者が無かっただけあり動物も植物も手付かずの自然のままに残っており、ディスルの下には次々と朗報が舞込んだ。
誰もがこのまま順調に調査を終える事が出来ると思い始めた頃、不可解な報告がディスルの下に寄せられた。
それは北岸の一角を調査していた第二戦闘班のツチカ・ブーリからのものであった。
誰も住む者の居ないはずのこの地で何者かの姿を見たとの報告がもたらされた。
その報告にその夜の定例報告の場は騒然となった、誰も住む者が居ないはずとの前提で戦闘要員の半数を調査にまわしていたため警備体制が手薄になっている今、不審者の出現は調査要員の安全確保上大きな問題となるからだ。
遠征隊長のディスルが重々しい口調でツチカに問いかけると辺りは一瞬静寂を取り戻した。
「ツチカよ、間違い無く何者かがおったと言うのだな。」
「はい、我らの追跡を振り切り森の中に逃げられましたがこの地には我々以外の何者かが確かに居ります。」
ツチカの言葉に辺りは再び騒然となった。
調査要員たちからは警備の増強を望む声もあちこちからあがった。
「ふん、おおかた憶病者が獣でも見間違えたのであろう。」
その場の全員が声の方を振り向くと、第一戦闘班のフジウス・ターケンが忌々しそうにツチカを睨んでいた。
一同は、また始まったかとばかりに辟易とした表情を浮かべるものの、とばっちりを恐れてか誰も止める者は居なかった。
ディスルもまた、大王をチラリと眺めただけで止める素振りすら見せなかった。
誰も異議を唱えないのを良い事にフジウスの罵倒は次第にエスカレートしていった。
「森に逃げ込むのは獣の習性、そのような戯言は大概にせい、誠に不審者を見たと言うのであれば何故最後まで追跡せんのだ、追跡を諦めて戻って来たのはどう言うわけだ? 不審者の正体が獣だとバレるのを恐れたのではないのか?」
大所帯ゆえに警備にまわされた第一戦闘班と違い、少人数の第二戦闘班は調査にまわされており、その第二戦闘班が不審者を発見したとなれば警備を担当する第一戦闘班の落ち度と取られかねない。
その上、未だ目立った成果をあげていないフジウスは焦りと嫉妬も手伝い、着実に成果をあげているツチカにここぞとばかりに噛み付いた。
「フジウス殿、推測だけで決め付けるのはいかがなものかと思いますが、不審者を発見した時刻は確かに日も落ちて暗くなってからではありますが、あの一帯はミドリダマシが自生しており、獣と見間違うには明る過ぎるくらいの明るさがありました、それに追跡を断念したのも我らのような少人数では山狩りをするには適当ではないし調査行動ゆえたいした武装もしておりませんでした、相手の勢力も不明な状況では無理な追跡よりも警告を発して増援を求める方が利にかなってはおりませんか?」
ツチカはフジウスの罵倒に臆する事無く平然と答えた。
正論で返され一瞬怯んだフジウスであったが、ここで引き下がる事は彼のプライドが許さなかった。
「相変わらず口だけは達者よのぉ、ワシの部隊ならば不審者なぞ徹底的に追い詰めてその日の内にひっ捕えてみせるわ。」
「ならば明日にでもそうされるがよろしいでしょう、私としては調査に臨む方々が安心して作業出来る事が肝心と考えておりますゆえ誰が不審者を捕らえようと関係の無い事、目的に対して最も効果的な手を打つのは戦略の基本ですからな。」
まるで手柄に無頓着なツチカの物言いはフジウスの怒りに油を注ぐ結果になった。
「よかろう、明日からは第一班がその不審者とやらを見かけたエリアを徹底的に調べてくれるわ、もし何も見つからなかった時はキッチリと責任をとってもらうからな、覚悟しておれ若僧。」
「結構です、あそこのエリアを封鎖して調査するには第一戦闘班の人数がどうしても必要となりますので私も第一戦闘班に増援を依頼しようと考えておりました、宜しくお願いしますフジウス殿。」
「う・・・うむ、貴様らは邪魔にならぬよう後ろで見ておれ、よいか、手出しは無用だ実力の違いを見せてくれるわ。」
サラリと言ってのけたツチカに毒気を抜かれたのか、フジウスは振り上げた拳の落としどころが見つからないまま鉾を収める以外に無かった。
それまで黙って話を聞いていた大王は、場が収まったのを確認すると徐に口を開いた。
「話はまとまったようだな、第一戦闘班は本日、第二戦闘班が不審者に遭遇したエリアとその周囲を完全に封鎖し再調査せよ、第二戦闘班は第一戦闘班に代わって警備の任に着け、よいな。」
「はい、第一戦闘班ならば期待通りの成果があげられると思いますので我ら第二戦闘班も心置きなく警備の任に着けます、それでは装備の点検がありますゆえ、これにて失礼いたします。」
そう言うとツチカは大王に一礼してその場を辞した。
その後ろ姿を鼻で笑うとフジウスは大王に向き直り言った。
「最初から第一戦闘班にお任せいただければ無用の心配をせずとも済んだでしょうが、まぁ我々にお任せくだされば明日中にかたを着けて御覧にいれます。」
「うむ、期待しておるぞ、さて他の者は予定通りに調査を継続せよ、ただし封鎖エリアには近付くな、後は準備もあるだろうからこれで今夜は解散とする。」
大王の言葉に一同は各々の持ち場へと戻って行き、あとには大王とディスルの二人だけが残った。
「あの若僧、フジウスの奴をうまく丸め込みおったな。」
そう言うと大王はフッと笑みをもらした。
「そうですな、しかしあやつ本当に欲が無いのか、それとも計算高いのか、いずれにしろ先が楽しみですわ。」
ディスルも笑顔で答えた。
「この遠征が終わったら、あの若僧はお前に預ける、存分に鍛えてやれ。」
「はい、お任せを、しかし奴の見た不審者とは何者なのでしょうな。」
ディスルはふいに真顔に戻ると大王に尋ねた。
「うむ、この大陸に住む者でなければ我らの大陸から渡って来た者と言う事になるな、共和国の残党か、あるいは・・・・」
「あるいは?」
急に言葉を濁した大王をディスルは不安そうに見た。
「いや俺の思い過ごしだろう、いずれ明日になれば何らかの手掛かりくらいはつかめるだろう。」
「そうですな、フジウスも期待通りの働きはしてくれるでしょう、期待以上と言うのは無理でしょうが。」
ディスルの言葉通り第一戦闘班は決して無能な部隊ではない、いや有能であるからこそあの無能な指揮官を現在の地位に留まらせておく事が出来ているくらいだ。
だがその有能さゆえに思わぬ悲劇をもたらすとは、この時二人は予想もしていなかった。


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