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第四十二話「月明かりに紛れて」
1999年8月8日01:00 日本 珠洲 狼煙館其の録
Sakaを先頭に月明かりの中、猫の子一匹見かけない鄙びた漁村の家々の軒先をくぐって歩いた。
民家には灯は点いているのだが、なぜか人気を感じないのが妙だった。(こんな夜中、団体で練り歩いてる方がよっぽど妙:編集部注)
ミケくんは先程の汗のせいで妙な寒気が膝から這い上がってきた。
やはり気になっていたので、すぐ後ろを歩いていたMaroに話しかけるようにして何度も後ろを窺っていた。
海岸を離れ、最初の角を曲がると石畳の小さな路地を挟んだ木造家屋が続いていた。
Sakaの話だと、戦前はここらは能登でも有数の漁業基地や交易港として栄え、中でもとりわけロシアとの関係は深かったそうである。
当然ロシア船員相手の歓楽街もここらには相当数あったらしい。
「昔はここら辺は遊廓とか飲み屋とかがあったんだよね、今ではとても信じられないほど沢山の人で賑わっていたんだよね」
確かにその繁栄の面影がセピア色の民家のあちらこちらにうかがえた。
暗がりで気づかなかったが、よく見ると不似合いなほど贅沢な造りを見せていた。
「ここが外国にいちばん近かった港だから」Sakaが寂しそうにいった。
団員たちは無言でひときわ大きな母屋を見上げた。
不幸な戦争を挟んで、きっとたくさんのドラマがあったのだろう。
夢をみたり、憤ったり、笑ったり、悔しかったり・・・
不思議と体験してもいないはずの思い出が次々と胸に浮かび上がってきた。
いろいろ考えていたら、なんだか妙に悲しくなった。
何故だかいい思い出の匂いがしない
目を凝らすと、今もその欠片がこの街角に見えるような気がした。
どうしてこんなに今は寂れてしまったのか? 
だれも、その質問はしなかった。
答えはなんとなく想像がつくからだった。
生ぬるい風が傍らを先へ先へと行く
一行の中程を歩くミケくんは、また後ろが気になり始めた。
しんと静まり変えた路地が今来た方向に延びているだけだった。
最後尾のheads の後ろには特別変わったことはなにも見出せなかった。
「この辺りは冬は厳しいんだろうね?」クロネコがSakaに並んで話しかけた。
「ここらは寒いよ、能登で一番」13人の足音だけがこの世のすべてに思えた。
路地を抜けると、灯台への登り口の案内が立っていた。
その先にとりわけ薄暗い階段のようなものが彼らをひっそりと待っていた。
案内板の横には石碑のようなものがあり、長年の風雪に穿たれ朽ち果て、書かれている文字は読めなかった。
文字通りここから先は月明かりだけが頼りだった。
上を見上げると鬼の角ように急であるのが見て取れる。
鬱蒼とした原生林が階段を覆い被さるように茂っており、さながらトンネルのように盛り上がっていた。
その先がまるで迷宮のように光を失い、細く暗闇の中に消えていた。
「おーい本当にここから真っ暗だよ、懐中電灯の用意はいい?ちゃんとつくか?」Sakaがひと足先に階段を上って見下ろしていた。
Sakaの声に反応して何個かの心細いライトの輪が拡がった。
「うわっっ本当に足場が悪いや、皆さん気をつけてください」団長が階段の縁に足を取られてよろめいた。
「そーゆーおめぇ!がまず気をつけろ」どこからともなく悪態が飛ぶ。
本当の話、暗すぎて誰が誰だかわからないような状態だった。
鼻を抓まれてもわからないとはこの事だと思った。
あらかじめ用意はしていたのだが、いざとなると懐中電灯が効果的に働かない。
暗黒の中ではこんなにも頼りないものかと思った。
目の前に上の階段がくるほど急なので、手探りで登っていくしかなかった。
「おおい、みんないるかぁ?はぐれたらおしまいだぞー」Sakaの声が小さくこだました。
全部で300段ほどあるだろうか、その五分の一ほど登った所で、最後尾についたたつゆきを確認しようとミケくんが振り返った時、
月明かりを透かして、路地の闇の中にヤツの姿が見えた


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