第五十八話「槍騎兵様をお迎えに行っちきます」 1999年8月8日16:00 日本 珠洲 ヘミングウェイ海岸其の柔参 |
あれほど激しく輝いていた真夏の太陽が少しずつ、その姿を変え始めた。 金色だった恐れ知らずの容貌は、いつしか柔らかいオレンジ色になり、人気の疎らになったヘミングウェイの海岸を染めていた。 そろそろ車を取りにいく頃合いであった。 青春座りをしていたたつゆきが砂浜から立ち上がるとミケくんに云った。 「そろそろ行きますかぁ〜コラさん」 まるで蝋人形のように血の気のないミケくんの顔が頷いた。 「んじゃ〜ちょっといってきます〜」やけに陽気にたつゆきはそう言って腰の砂をパタパタと払い落とした。 「ほ〜〜い、待ってるよ〜40分くらいかな、最初はちょっと乗りにくいカモ」Sakaが笑いながらランチアのキ〜を放ってよこした。 ミケくんとたつゆきはランチアの停めてある松林に向かった。キ〜を持ったたつゆきが振り返った。 「コラさん、左ハンドルマニュアル車って慣れてます?僕、あまり知らないんで」キ〜を差し出しながら 「いや慣れてるワケないじゃんかよ。」やっぱりなと、たつゆきの顔が頷く 難なくSakaの車を見つけると、とりあえずたつゆきが運転席に座りイグニッションを回した。 借り物だし高そうだし外車だしで怖い車だと二人はビビっていた。(カニには厳しいくせに) 暮れかけた松林に静寂を破って、一際カン高いランチアのエンジン音が轟いた。 たつゆきはおそるおそる右手でギアをロ〜に入れた。 そのときたつゆきの目がただならぬ物を発見した。 「あれっっっ、オイルがないや・・・マズいなァ警告ランプが点いてるわ(゚o゚;) 」 どれどれ?とのぞき込むミケくん。 「うわ〜本当だわ、だいじょびなんかいな(<●> <●>;)」 まぁとりあえず緊急事態って事で先に進むことにした。 たつゆきはゆっくりと駐車場から海岸通りに出た。 狼煙館までの往き道は、前回真夜中だったということもあって少々勝手が違っているかもしれない。 小学校の角を曲がる時までは元気が良かった二人だが、山中の三差路にさしかかって不安が顔を見せ始めた。 「あれ?こっちですよねぇ〜狼煙町ってば」たつゆきが徐行しながら前方を指さす。 「ああ・・・たぶん (^^ゞ」ミケくんが自信なさそうに頷いた。 再び町外れの交差点で、たつゆきが口を開く 「こっちでしたっけ」 「ああ・・・方角はあってる( ̄◇ ̄;」ミケくんが座り直して頷いた。 「コラさん、自分も忘れてて、適当に答えてるでしょ〜(`_´)!ア〜タ」たつゆきが、慎重に交差点を曲がりながら云った。 「バレる?やはし(^_^;)ゞうはは」呑気な会話とは裏腹にランチアのオイルのアラ〜トは点灯しっぱなしだった。 まぁ、向こうについたらオイル漏れを調べて見ましょうということになった。 幸いなことに道を間違えることもなく、ヘミングウェイ海岸を出て20分ほど走ったところで狼煙町が見えてきた。 海岸沿いの道を狼煙館に向かって夕日の中を風のように駆け抜けていった。 そこにはKMの槍騎兵様が今や遅しと神々しくもスタンバイしていらっしゃっいました。 狼煙館の二階の障子が細く開いていた。 ギョロリとしたその二つの目が面白そうにミケくんの姿を追った。 先程ヘミングウェイ海岸の松林までカニカニ団の後を付けて来た男だった。 たつゆきは運転をしながら、あることをずっと考えていた。 この車(ランチア)は確かに慣れないと扱いにくい。 しかしKMのドッカンタ〜ボ搭載の槍騎兵もメチャクチャ扱いにくいということを、たつゆきは知っていたからだった。 たつゆきは、槍騎兵の横にきれいに停めてドアを開きながら云った。 「コラさん、どっち運転していきます?こっちと、あれと」 「うむ〜いずれにせよ、少し休んでからにしよ〜。咽乾いちゃって」運転してないのに早くも一休みしようと目論むミケくん。 「そですね、どっち運転させても大変そうだなぁ」たつゆきは聞こえないように後半は小さい声で言った。 ミケくんは防波堤の脇に立ってる漁業組合の建物にジュ〜スをスキップで買いに行った。 山陰に隠れるようにして太陽が傾き始めていた。それが目の前いっぱいに広がる海面に乱反射して眩しかった。 静かで人っ子一人見えず、通る車もないこの漁師町はどこかダリの絵を思わせる超現実的な風景だった。 飴色のフィルタをかぶせたように、漁業組合の建物がぽっかりと海の上に浮かんで見えた。 |