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第七十一話「狼煙館な夜」
1999年8月9日04:00 日本 珠洲 狼煙館其の弐柔
際限ない話もひと段落した頃、竹の間に置かれた置時計の針は、すでに朝方の4時を廻ろうとしていた。
たつゆきは、明日仙台まで長距離運転を担当しているので、四時を廻ったころには隣の梅の間でひと足早くねむりに就いていた。
先ほどまであんなに怖がっていたのに、いざ眠いとなると現金なものであった。
ふと気を抜いた瞬間、ミケくんはガクリと頭をたれていた。Oo。。(_ _))ヽ(^^ )ネルナー
見回してみると、さすがに誰も彼もが一様に眠た気な表情であった。
朝日の黎明を映し始めた窓ガラスが次第にはっきりと浮き上がってきた。
そろそろお開きにするかというSakaの提案で、のろのろと数人が立ち上がった。
Hirokoとあつこは、「松の間」に荷物を取りに行った。
それに釣られたようにミケくんと、KMは梅の間に向かった。
竹の間では依然として残り火のようにまだ目の冴えてる連中で話が続いていた。
ミケくんとKMが倒れこむようにして布団に転がり込んでしばらくすると、ドヤドヤとSakaとMaroも梅の間にやって来た。
どうやら隣はお開きになったようだった。そりにしてもこの2人ってば、なんて元気なんだろ( ̄◇ ̄;

ゲシュケは悪い夢に魘されて寝返りをうった。
真っ白な雪の世界に閉ざされた氷原に独り立ってる夢を見ていた。
そこには吹雪に目を細めて、太陽がキラキラ反射して輝く氷原を見渡してるかってのゲシュケが居た。
虹色の衣装を身にまとった妖精たちがゲシュケを見下ろすように舞っていた。
やがて白夜の太陽は地平線に低く翳り、あたかも日食のように少しずつ欠けてゆき、あたり一面に灰色の帳を降ろし始めていた。
ゲシュケは戸惑いながらも一際高く聳える氷山に向かって歩いていた。
遠くから誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた様な気がした。
かすかな、そして余りにも弱々しい声の方角をゲシュケは探した。
ハインリヒ、ハインリヒ・・・
目を上げるとゲシュケは漆黒の夜のバルト海に浮かぶドイツ海軍の誇る特殊高速艇ヴォルフガング・ゼンソン号のデッキに佇んでいた。
薄く湿気を吹くんだ靄の立ちこめたバルト海に白波を蹴立てて一路カテガット海峡を目指していた。
上官のSD(ドイツ国防軍情報部)の将校で今回の作戦司令であるフォン・クボテンシュタイン少佐がゲシュケの背後に立っていた。
「何を見ているハインリヒ、不安なのか?」悪戯っぽく笑うと、ゲシュケのとなりの欄干に凭れ煙草に火を付けた。
「いや、ちょっと気分がすぐれなかったもので」ゲシュケは驚いて敬礼をすると、
フォン・クボテンシュタインはおどけて煙を吐き出すと踵を打ち付け大袈裟にナチ風の敬礼をして見せた。
元々、国防軍の一機関であったSDは、当時のナチス政権下の産物であるSS(ナチス党親衛隊)とは犬猿の仲だった。
お目付け役のSS将校を送り込んでくるなど、今回の潜入作戦に於ても、なにかとSSとの主導権争いが堪えなかった。
月の陰った11月の夜は視界を遮るものはなく、遠くスカンジナビアの灯が見えるようだった。
幼い頃に両親をなくした彼は、母方のドイツの親戚の家に引き取られ、折しも第二次時世界大戦のさなか、多感な青春時代を送った。
父親が敵国フランス人であったこともあって、当時のナチ政権下では云われの無い数々の重圧が若いゲシュケに熨しかかった。
元々、言語能力に長けていた彼は、フランス語はもとよりあらゆる国々の言葉を瞬時に身に付けることが出来たのもその頃だった。
従軍当初は、ドイツ陸軍に徴兵されたゲシュケも、いち早く言語能力を見抜かれ、ヴィルヘルム・カナリス提督率いるドイツ国防軍情報部に引き抜かれた。
やがて多国語を流暢に操る能力を見込まれて、暗号の解析や、敵国に潜入するスパイとしてイギリス本土に潜入する大事な役目を仰せ付かった。
半分敵国人の血が流れているにもかかわらず、フォン・クボテンシュタインは彼の下に配属された若いゲシュケをいつも可愛がってくれた。
バルト海の上に青く輝く月が、低く垂れこめた11月の雲間から顔をのぞかせた。
天気が不安定なこの時期にしてはひどく穏やかな海面が盛り上がってみえた。
「起死回生の作戦中にお月見とは悠長なもんですな、少佐殿」声と供に突然キツネの様な顔つきをした小男がデッキの影から現れた。
その姿をみとめると若いゲシュケは身体に痺れるような恐怖が走った。
「やや、これはこれは・・・大尉殿も御一緒にいかがかな?」意に介さずといった表情でフォン・クボテンシュタインが振り向いた。
1944年、敗色の色濃くなったドイツでは制式軍隊が白けていくのに逆らうように、SSを始め主要なナチの権力はヒステリックなまでに統制の徹底を強いていた。
「まもなくスケゲラク海峡に接近する。その煙草の火を消して頂けませんかね、少佐殿」
慇懃無礼な口調で、その大尉と呼ばれた男が言った。
「まぁ、こんな誰もいないような大海原では、煙草の火などどうと云うこともあるまい、フクスベルク君」
フォン・クボテンシュタインはこれ見よがしに煙を吐いた。
「灯火管制下においてはデッキで煙草を吸うなんて・・・、まったくどうかしてる」掃き捨てるようにフクスベルクが言った。
ゲシュケは、その先のカテガット海峡を抜けた辺りで大西洋を遊弋しながら待ち受けてるU-ボ〜トに乗り換えてイギリスに向かう予定だった。
「もし、なにかあったらすべてあなたの責任ですぞ。少佐」まさに名前のとおり虎の威を借るキツネさながらだなとゲシュケは思った。
「ああ、わかったわかった、」フォン・クボテンシュタインは長い指で煙草を弾くと、すぐに暗く静まり返ったバルトの海に吸い込まれていった。
「これで文句はなかろう、任務に戻ったらどうだ?フクスベルク君」フォン・クボテンシュタインは小男に向き直った。
「まったくSDの連中はこれだから・・・」それを見やるとフクスベルクは目を剥いてブツブツと嫌みを云いながらキャビンに消えていった。
「どう思う?あの連中」肩を窄めてフォン・クボテンシュタインはゲシュケに聞いた。
「我々を監視してるとしか思えませんね」ゲシュケは落ち着いた口調で頷いた。
「大方、今回の手柄を自分の物にしたいのだろう、小心者のチクリ魔のクセに」キャビンの方を振り返って不愉快そうに云った。
「いずれにせよ、私はできる限りやってみるつもりです。少佐」若いゲシュケは自分の力を信じていた。
「この戦争は間違っている」突然フォン・クボテンシュタインの口から出た言葉に、我が耳を疑った。
「何を言うんですか・・少佐」
そんなことを口にしている所をフクスベルクにでも咎められたら軍法会議ものであった。
驚いているゲシュケの肩を叩きながら子供のように笑ってフォン・クボテンシュタインは云った。
「かまうもんか、間違ってるものは間違ってるのだよハインリヒ」
しっ っと指を口に当ててゲシュケは用心して辺りを見回した。「少佐。今、なにか物音が・・・」嫌な予感に全身が強張った。
その時、暗黒の天空に数条の明光が軌跡を描いて走った。
耳をつんざくばかりの轟音と共に、みるみる目の前の海面が持ち上がっていった。
スロ〜モ〜ションで凶暴化した白い波がデッキに襲い掛かった。
ゲシュケとフォン・クボテンシュタインは嫌おうなく爆風に薙ぎ倒されデッキに臥せったあとに冷たい海水がのし掛かってきた。
「敵機来襲っっっ!!至近弾」吃先にいた見張りの甲板兵の叫ぶ声が折り重なるよにして聞こえた。
あわててキャビンから飛びだして来たフクスベルクが右往左往しているのが見えた。
数機の偵察機が高高度から焼夷弾を落としていった。
第一攻は直撃被弾を免れたが、すぐに態勢を整えて翻ってこちらに向かってきた。
ザゴ〜〜〜〜ン!! 
再び先程よりも至近距離に着弾した爆弾は前よりも大きな波を作った。
船体のどこかに被弾したらしく、前部のほうに火の手があがった。
鼻を突く煙の匂いがゲシュケのところまで漂ってきた。
「少佐。じつは私も今回の戦争は負けるような予感がします、あと敵機来襲は実は、・・・今週だと思います」
「バカモノっっ、今週つ〜か、今だろっっっΨ(`o´)Ψ今っ」さすがに取り乱しはしたが歴戦の猛者フォン・クボテンシュタインは叫んだ。
数名の甲板員が大波に浚われて海に投げ出されていったのだろう、付近の波間に点々と白い軍服がもがいているのが見えた。
今や怪我人の搬入や消化活動でデッキの上は命令や悲鳴が飛び交っていた。
「貴様のせいだ、貴様のせいでこんな事にっっっっ報告してやる。本部に報告してやるっ」
爆風に蹌踉めき海水を浴びてびしょ濡れになったフクスベルクが張り付いた黒髪を掻き上げながら叫んだ。
フォン・クボテンシュタインは、大揺れのデッキに据え付けられた機銃の台座にしがみつき、重たい銃身を敵機に向けた。
狙いを定めてトリガ〜を絞ると低空で迫ってきていた偵察機に弾着をしめすオイルが空中に飛び散った。
エンジンが引火した偵察機は呻くように小さな爆発をすると、くるくるとキリモミ回転をしながら海面に向かって降下していった。
「その話は後だっっっフクスベルク、戦わぬなら下っていろ」詰め寄るフクスベルクを乱暴に振り払い、フォン・クボテンシュタインは睨みつけた。
一喝されたフクスベルクはしぶしぶ後ろに下がり、倒れている怪我人をまたいでキャビンに逃げ込んでいった。
「チクショ〜っっっ覚えていろよ、少佐 (*`´*)」
                                         Λ_Λ  
フォン・クボテンシュタインは機銃の激しいリアクションに歯を食いしばって叫んだ。「( ´∀`)オマエモナ〜 」
「それに・・・、この船の名前は・・・なんか縁起わるいです」ゲシュケは嫌な予感がしていた。
この時、ゲシュケは生きるか死ぬかの瀬戸際にありながらも不思議なことに冷静だった。
ゲシュケは自分には人とは違う特異な才能があるコトを発見した。
それは、未来を垣間見ることのできる予知能力と、脱力感豊富なダジャレ能力だった。


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