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第七十三話「ゼンソン号救出作戦!!(ってゆ〜ほどの救出劇でもないんだケド)」
1999年8月9日11:00 日本 珠洲 ヘミングウェイ海岸其の柔貭
もう何度も走り慣れた山道をヘミングウェイ海岸に向かった。
Sakaが地元の自動車修理工場の社長とともにゼンソン号の所で待っていてくれてるハズだった。
もうかなり時間が遅くなってしまっていた。
そのためKMの運転にも気合いが入る。
緑深い奥能登の山々を縫うようにして槍騎兵は飛ばしていた。
さすがに疲れのためか、ぐったりとしたカニカニ団は、槍騎兵の駁走とは裏腹に虚ろな視線が泳いでいた。
正味20分程でおなじみの海岸道路が見えてきた。
今日も引き続き晴天に恵まれ絶好の海水浴日和だった。

ゲシュケはひと足早く砂利道から草の生い茂ったヘミングウェイ海岸の駐車場に車を乗り入れると、下生えで見通しの悪い場所に車を停めた。
素早くエンジンを切り、大きくため息を吐きながら顎鬚を撫でると後部座席に置いてあったボストンバッグを取り上げた。
彼は用心深く車のドアを開け、身を翻して湯気の立つような熱気の中に立った。
少し離れた茂みの端にゼンソン号が見えた。
素早くゲシュケはその位置を確認すると、頭にたたきこんだ。
ゼンソン号の傍らに汗をハンカチで拭きながら手持ちぶさたといった風な様子で佇む初老の男が目に入った。
ゲシュケは用心深く男の背後に音もなく忍び寄っていった。
湿気が乾いた咽を突いて不意にむせ返った。
自動車修理工場の社長だと認識したゲシュケは何気に近づいていくとその男に声をかけた。
男は近づいてくるゲシュケの声に驚いて顔を上げた・・・その瞬間ゲシュケは猛然と男に踊り掛かった。
無言で素早く強烈な当て身を社長の鳩尾にたたき込むと、意表を突かれた男は、小さく呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
意識を失った社長を肩に抱きかかえるようにして、ゲシュケは林に止めてある自分の車の方に引きずっていった。
重たい男の体を車に凭せかけると、片手でキ〜を取りだして、ドアを開け社長を後部座席に押し込んだ。
タオルで猿轡をかませ社長を身動き取れないようにロ〜プで縛げドアを閉めて慎重にロックした。
緊張の糸が切れたのか、ゲシュケは大きく息を吐くと、思わずその場にしゃがみこんだ。
(こんな事をやるには儂はもう年をとり過ぎたな・・・・)ゲシュケは小さく独りごちた。
意を決してゲシュケは辺りの様子を二度三度窺うと、重たそうにバッグを引きずり出して再びレストハウスの方に向かった。
脇のコンクリ〜ト造りの階段を昇り、青く輝くヘミングウェイ海岸に目を取られながら、その白いペイントが施されたドアを開けた。
レストハウスの二階の更衣室の中には、早くも海水浴を楽しみにした夏休みの子供たちの歓声が聞こえた。
バッグをロッカ〜に置いて、日焼けした腕の時計に目をやった。
11時を心持ち廻ったところだった。
ボヤボヤしている時間はなかった。
取り急ぎ、服を脱ぎだすと持ってきたビニ〜ル袋に手早く詰め込んでいった。
ビニ〜ル袋を丸めてロッカ〜に押し込むと、今度はバッグの中から灰色の作業服を取りだした。
狼煙館での仕事着とは違った色合いで胸に大きな赤い文字で刺繍がしてあった。
同じ色の帽子を目深に被ると、バッグから慎重に重たそうな工具箱を取りだした。
ふぅ〜っと大きくため息をつきながら、ゲシュケはポケットから小銭を出すと
先程のロッカ〜にコインを入れてゆくりとドアを閉めた。
気づくと海水パンツを履いた子供が数人ゲシュケを面白そうに眺めていた。
ゲシュケがそちらを見ると慌てて子供たちは逃げていった。
神経質そうに、締まっていることを二三度確認すると、振り返り振り返り更衣室をあとにした。

そのころSakaは丁度、愛車ランチアをビ〜チホテルを過ぎ海岸道路から駐車場に乗り入れたところだった。
頼んでおいた自動車修理工場の社長は、もう先に到着しているかもしれないと思い車を徐行させてキョロキョロと探してみた。
その時、レストハウスの方から作業着姿の男がゼンソン号に近づいてくるのを見つけた。
遠目にも社長ではないようだった。
ドコかで見たような・・・・しかし見知らぬ男だった。
Sakaはゼンソン号の側までゆっくりランチアを進め、その男の様子を窺っていた。
男がSakaに気づき、気さくな感じで片手を上げた。
それを見て安心したのか、軽く会釈をするとSakaはランチアをゼンソン号の隣に停めて微笑みを湛えながらドアを開けた。
足下まで生え茂った草むらを踏み締めてゆっくりと男が運転席のSakaに近づいてきた。
「Sakaさんですか?」
見知らぬ男に自分の名前を呼ばれたSakaは一瞬驚いたものの、すぐに事情を察し笑顔で答えた。
「ええ、あの・・・社長と待ちあわせしてたんですが」
男は笑いながら額の汗を拭った。
「社長は急な仕事が入りまして、チョット来れなくなったんですよ。ワタシがシャチョの代わりに来ました」
男の言葉はどこか奇妙なアクセントだった。
少なくとも土地の人間じゃない。
Sakaは嫌な予感がした。
「ああ、そうなんですか、お忙しいんですね」怪訝そうな表情を押し殺してSakaはドアを開け降りながら男に対面した。
顎鬚をたくわえた見知らぬ男は思ったより小男だった。
Sakaを見上げるようにして男は言葉を継いだ。
「まぁまぁですかね。最近は日曜日でもお客さんの対応が困難で熾烈なものですから」
「・・・・・・・そうですか( ̄◇ ̄;」なんかワケワカだとSakaは訝しんだ。
俄に疑いを深めたSakaの射るような視線にゲシュケは内心冷や汗ものだった。
「さっそく鍵は開放しますので、ご覧を入れてみせます」おずおずと上目遣いで男は静かに云った。
一瞬にしてその場の空気が重くなった。
「・・・・・お願いします・・・」Sakaも全身の筋肉が引きつったような姿勢になった。
相手の態度の変化に緊張してしまい、ゲシュケはうまく日本語が出てこなかった。
日本の百科事典を読んで勉強したのがここではモロに裏目に出ているようだった。
うまく世間話に持っていこうと気が焦り、ゲシュケは無理に何気ない態度を装った。
「夏休暇はそこはかとなく経過を楽しみますか?」
背中にジっと汗がにじみ出てくるのがわかった。
Sakaはすぐに男のゆってるコトが飲み込めなかった。
「・・・ああ、そうですね」相撲取りのインタヴュ〜のように苦しそうな呻き声での返事がやっとだった。
体中の汗腺が開き蒸し暑くなったのか、ゲシュケはグレ〜の作業帽を脱いで顔の汗に当てた。
その露になった髪は、黒髪なのだが生え際の所が奇妙なことに金髪になっていた。
(・・・フツ〜は逆だろ、それ( ̄◇ ̄;)唖然となったSakaはその場から逃げ出したいくらい、この男が不気味に見えた。
真夏の太陽のもとで汗だくになった二人は向かいあいながら微動だにしなかった。
お互いの呼吸の音だけがクロ〜ズアップされ、その場の静寂を打ち崩していた。
ふとSakaが男の作業着の胸元の赤い糸で描かれた刺繍に目をやると、背筋に戦慄が込み上げてきた。
"自動車しゅりこじょ〜"
「・・・・・・・・・・・・・(こじょ〜ってなんだよ?こじょ〜って・・・しかも平仮名で)((@)) <◎>;)」
途端に吹き出した額の汗が目の中に滴り落ちてきて、苦しそうにSakaは目をしばたいた。
御前試合での居合のように立ち竦んだ二人の緊張を破ったのはゲシュケだった。
「あなたの友人に鍵が入れて閉めました」
ゲシュケの顔の表情は質問のようにに傾いだが、すでに問い掛けになってなかった。

その時、哀れにも自動車修理工場の社長は、長閑な奥能登はヘミングウェイ海岸の片隅に停められた車野中で、
栄えある二代目"汗ダルマ"を厳かに襲名しようとしていた。


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