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第七十七話「仙台組、猿の巻」
1999年8月9日12:30 日本 珠洲 ヘミングウェイ海岸其の弐柔壱
夏の名残を惜しむように、カニカニ団は再びヘミングウェイ海岸に向かった。
荷物を積んであるゼンソン号から水着を探す者、潮の香に惹きつけられて砂浜に急ぐ者、銘々が残り僅かな夏を楽しんでいた。
とにもかくにもカニカニ団は飢えていた。今振り返ってもハンパじゃなく飢えていたと思う。
着替えもそこそこにお馴染の海の家に手頃なテーブルを見つけるや、あっという間に占領してしまった。
間髪置かず大声でウエイトレスを呼び寄せ、矢継ぎ早に注文が舞い、鬼のように団長の檄が飛び、孔雀の乱舞のようにビールを呷る。
世界中どこに行ってもカニカニ団の朝は早い。
今日は月曜日だったせいもあって、さすがのここヘミングウェイ海岸にも心なしか人影はまばらだった。
相変わらずの雲一つ無い晴天に恵まれてはいるのだが、昨日より風があるせいだろうか潮風に熱さが吹き飛んだような印象だった。
そのせいで遥か遠くの水平線の彼方までくっきりと見渡せる幻想的な視界が広がっていた。
カニカニ団今年度能登OFFとしては今日が最後の日だった。
短くはあったが、今年も数えきれないほどの激しいハプニング&アクシデントの連続だった。
それらが皆に伝染したのだろうか、いつしか口数が減り、みな思い思いの能登を静かに噛みしめているように思えてならない。
次々と運ばれてくる絢爛豪華な食物を前にすると、そんなおセンチな感情などドコ吹く風とばかりに獣のように無言で食らいついていった。
特に団長の先程の口数の少なさは単に腹が減って血糖値が下り過ぎて表情が死んでいたためと思われる。
やはりカニカニ団には侘び寂びなどという高尚なメンタリティーを期待する方がどうかしている。
ひとしきり咀嚼の音しか聞こえない花より団子状態が続き、団長がカレー、ラーメン、チャーハン、トウモロコシ、
ときてオヤクソクのフィニッシュゆで卵を丸飲みする頃だろうか、KMとたつゆきがボソボソを何やら相談を始めた。
皆それを察してか予感してか、せわしなく身じろぎを始めると、まるで言い訳のようにKMがぶっきらぼうに口を開いた。
「道が混んできちゃうので、、、」というと、たつゆきが染之助・染太郎のように後を継いだ「そろそろお暇をしたいと思いまして、、」
一瞬の沈黙の後にSAKAが続けた「仙台は遠いもんな」
「へぇ、遠いでし」無表情のままたつゆきが皆を見回した。
カモメだろうか、一声啼くと遠くの波間をすいーと飛びさかるのが見えた。
どこか悪戯がばれてバツの悪い子供のように、おずおずと二人は立ち上がった。
仙台組はジーンズにTシャツといったいでたちで海パンに着替えていなことにその時初めて気付いたのだ。
それを見越したのであろうか、残念そうにKMが笑った「今日は泳げねーもんよ」
「楽しかったー、また来年も来ます」たつゆきがSAKAにそう言うと、SAKAも立ち上がって握手してぽんと肩を叩いた。
「またこいよぉ〜、待ってるから」
皆も無言で席を鳴らして立ち上がり、二人と代わる代わる握手を交わした。
テラスの階段を降り、足を引きずるようにして防砂林を切り開いた駐車場まで一緒に歩いて行った。
裸足が角張った砂利を踏んで痛かったが、気にならなかった。
レストハウスの裏手に出ると、まるで待っていたかのように蝉時雨の大合唱が始まった。
「今年はヤケに蝉がうるせーなぁ」ガキ大将のように先頭をあるいていたSAKAの声が随分と遠くに聞こえた。
ひんやりとした薮の向こうに槍騎兵の姿を認めると、KMはゴソゴソとキーをポケットに探った。
「鍵が無ぇとか抜かすなよ」全く懲りていないミケくんの声が聞こえてきた。
「社長を呼び戻せってか?」KMは笑いながら運転席に乗り込み、たつゆき側のドアをあけて窓を全開にした。
漆黒のボディーに木漏れ日が縞模様を作っていて、まるでデコレーションを施した馬車のように佇んでいた。
カニカニ団が槍騎兵を取り囲むようにして口々に別れの言葉をかけると、
すぐさま強力なエンジンの音に掻き消され、今度は声を張り上げて同じセリフを叫んだ。
目覚めた槍騎兵はウォーミングアップを幾度か繰り返し、団員は道を空け手を振った。
二人は大きく手を挙げ皆に別れを告げると、KMの駈る槍騎兵は夏草の生い茂る道をするすると動き始めた。
「気を付けて帰れよ」団員たちはそう願わずにはいられなかった。


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