第七十八話「そして東京組も猿、みんなお猿」 1999年8月9日14:00 日本 珠洲 ヘミングウェイ海岸其の弐柔弐 |
駐車場の雑木で形どられた垣根越しに、別れのクラクションを鳴らしながら槍騎兵のぶっ飛んでで行く勇姿が見えた。 「何時間くらいかかるんだっけ?仙台まで」槍騎兵の爆音が遠ざかるのを待ってHirokoが口を開いた。 「ん?今夜中には着くんじゃないの?」相変わらずいい加減な返答しか期待できないカニカニ団であった。 ひんやりとした雑木林を抜けると容赦ない真夏の太陽にさらされて剥きだしの肌が悲鳴をあげる。 「しかしずいぶん焼けたよねえ?みんな」大きなサングラスをかけたSAKAが振り返って笑った。 レストハウスの裏側には簡易シャワー設備がある。午前中に海水浴を堪能した人たちは早めに切り上げて着替えているところだった。 アスファルトの小径の先にあるテラスの白い階段をほんの三段ばかり昇ると目の前の景色がずいぶんと開けてくる。 心地よい海風がカニカニ団の傍らに渦巻いては去っていった。 腹が一杯になったからだろうか、疲れたからだろうか、団員たちはしばし立ち竦んでボンヤリと魅せられたように海を眺めていた。 思い出したようなMBXの声が聞こえた「さあ、最期の海を楽しみましょう!」 そうはいっても東京組も帰る時間が気になり始めていた。仙台よりは近いとはいえ、今日中に帰り着かねばならないのは同じだった。 「えーと、東京までは何時間で帰れるかね?」何回も往復しているのに、 相変わらず学習というものをしないカニカニ団は、オヤクソク通りに時計を見ながらその場で右往左往しはじめた。 その時に団長が重大な事に気付いた「帰りは全員載れないのではないかと思うんですが・・」 団員たちは瞬時に凍りついた。ゼンソン号は5人乗り、後から飛行機できたHirokoで帰りは一人増えているわけなのだった。 「あ、わたし帰りのチケットも取ってるよん」御安心をとばかりにHirokoの弾んだ声がした。 「小松まで送ってくれると嬉しいんだけどぉ…ダメ?」 「それはお安い御用ですよ、何時の便ですか?」時計を見ながら団長が問い掛けた。 「えーとぉ、6時45分かな、早めに着くぶんには構わないんだけど」 時計を見ながら団長の表情がこわばった、カニカニ団にとっては高等数学の境地に入ってきたわけである。 うんうん唸りながら、指を折る団員たち。明石標準時マンセーとかグリニッジ最強だとか一向に埒が明かなかった。 出た結論としては「…まあ大丈夫でしょう!もうひと泳ぎしてから引き揚げますか」 典型的B型団長の力強い言葉とは裏腹に、団員の誰もが地図はおろか、いったい小松空港がどこにあるのかも当然知らなかった。 それどころか名前は聞いたことがあるというレベルの噂話の域を出ないものばかりであった。 とにもかくにも笑いながらヘミングウェイ海岸に取って返した団員は、 熱波で沸き返る砂浜を駈け抜け名残惜しむようにエメラルド色の海に飛び込んだ。 海面近くは太陽光線で熱っせられ、およそ日本海とは思えないくらい暖かかった。 油断していると風に流されてすぐに沖まで離れてしまう、雲一つない青空に白い月がぽっかりと浮んでいた。 波打ち際で集合写真を撮ったり、浜辺で体を焼いたりして小一時間ばかりハシャギ廻った。 やがて定刻の三時が近づくと、オモチャを取り上げられても諦めきれない駄々っ子のように、 振り返り振り返りヘミングウェイ海岸を泣く泣く後にした。 遠くまで続くカラ松の防砂林が陽炎に霞んで、白い砂の上に顔を出しているパラソルを一層引き立てていた。 「チキショ〜また来年くるぞ〜!」ひと気の無くなったテラスにあがると海に向かってheadsがそう叫んでいる。 手早くシャワーを浴びて、とりわけ濃いヘミングウェイの塩を洗い落とせば、これで夏が終わったような気がした。 ようやく動くようになった久しぶりのゼンンソン号に荷物を移し、半ば凭れ掛かるようにして帰りのコースを打ちあわせた。 クロネコは自分の車で横浜まで、途中まで並走して七尾経由で帰路につくことで話は決まった。 「あ、SAKAさん家に寄ってApple IIを降ろしていかないと」思い出したようにクロネコが言った。 「じゃあ、一旦SAKAさん家に寄っていきましょうか、通り道だし、よし行きましょう!」 「俺ん家まで乗っていきなよ」SAKAがレディーたちを手招きしていた。 「来年も来ましょうね、是非是非」慌ただしくドアが閉まるとMBXが魘されたような面持ちで身を前に乗りだした。 思いで深い駐車場を、別れを惜しむかのように蝉時雨が一際高くなり、そして夏草を踏み越えてゆっくりとゼンソン号が走り出した。 SAKAのランチアが一気に出口の角を曲がると、ゼンソン号もそれにならった。 あっという間にヘミングウェイ海岸が飛ぶようにリアウインドウに小さくなっていった。 「楽しかったねえ」ミケくんが窓を閉めながら呟いた。 振り返ると照り返しの強い午後のアスファルトがヘミングウェイまで続いていた。 |