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北村薫さんの「秋の花」

創元推理文庫

秋の花 (創元推理文庫)






  お母さんはスゴイ、という本です(←断定)。

  「誰も死なない」

  ことで知られる、「空飛ぶ馬」、「夜の蝉」と続いた連作ミステリーの三作目です。

  主人公の「私」と、知人の落語家「円紫師匠」が、日常生活に起こる不思議な謎をささやかに、しかし切なく鮮やかに解いていく、一風変わったミステリーの一冊なんですね。独立した物語なので、これだけ読んでも大丈夫です。文庫本の他に、ハードカバーもあります。

  なにげない日常の滑稽な描写がひかる見事な一人称でとても読みやすく、普段本を読まない人にもオススメです。

  ミステリーといっても、殺人事件は起きませんから、その手の話がキライな人にもお奨めできます。難しい話でもありません。

  「秋の花」は、シリーズ初の人の死にまつわる話です。

  主人公の「私」は大学生で、女子高の出身なのですが、その出身校の文化祭が中止になってしまった話題を友達と話すところから、この物語は始まります。

  その女子高に通う、主人公も顔見知りの仲良し二人組の一人が、夜の学校の屋上から落ち、不幸にも死んでしまった事件の起きたために、文化祭が中止になってしまうんですね。

  その仲良し二人組は主人公の近所の女の子達で、主人公も進学の相談に乗ってあげた後輩なのですが、一人が死んでしまったために、残されたもう一人がどうしようもなく落ち込んでしまいます。

  とても、とても仲の良い二人だったんですね。

  主人公は残された後輩を心配していますが、どうしてあげることもできません。せいぜい声をかけてあげたくらいで、それくらいしかできないのを気にしています。

  そんな主人公の元に、切り取られた教科書の一ページが届けられます。そして次々と不思議なことが主人公の周りに起きます。主人公は知人の落語家、円紫師匠にそのことを相談して・・。

  限りなく優しく、おだやかな円紫師匠がその謎を解くのですが、もう、ね

  (うるうるる〜〜〜)

  物語が佳境にさしかかり、円紫師匠が静かに語ります。

  涙でかすんで読めません。思わず本を閉じ、胸の奥にせり上がる熱く哀しい切なさに身を焦がさずにはいられません。

  なんという、なんということでしょう?

  人の、その優しさと生きてゆくことの、なんという・・・。

  なんのことをいっているのか、とお思いの方、買ってきて読みなさい。図書館で借りても可。これを読まずに死ぬなんて、おおいに不幸です。大損です。

  探偵役の円紫師匠は超人ではありません。謎は解きますが、なにもできません。普通の人に出来ることしかしませんし、できません。だからこそ胸に迫ります。そう、我々には、これくらいしかできないのですから。

  物語の最後の方で、屋上から落ちて死んでしまった女の子のお母さんが、円紫師匠の話を聞き、あることをします。

  子供のいるお母さんなら、誰でも子供にする、普通のことです。子供が雨に濡れて帰ってきたら、誰でもそうするであろう、フツーのこと。でも、ね。

  (うるうるる〜〜〜)

  お母さん、あなたにはそんなことができるのですか。そうしてまで、そのように振る舞うことができるのですか。

  お母さん、スゴイです。

  普通の人です。普通のことをします。しかし

  (うるうるる〜〜〜)

  涙で文字が読めません。人は、これほどまでに凄いのですか(凄いことをするわけではありません)。お母さん、こんな、こんなことが、あなたにはできるのですか。

  人の親というものは、これほどまでに凄いのですか。

  わたしはこのお母さんの行動にこそ、耐えきれず胸が打ち震えました。

  なんでもないことなんですよ。実に、なんでもないこと。そして、とても現実的で、お母さんがすること。

  ミステリーといえば非現実的な世界の展開するのが普通であるのだろうに、作者の北村さんは、いかようにしてこの視点を持ち得たのでしょうか。

  まさに、それこそが才能なのでしょう。北村さんにしか、これは紡ぎ出せぬ物語だったのでしょう。なんであれ、この物語を世に送り出してくれたことに、わたしは心から感謝します。

  北村さん、ありがとうございました。

  この本を読んだことがない、という不幸なあなた、すぐ買いに行きなさい。親を質に入れてでも読みなさい。おいてある図書館をかたはしから探しても可。

  この物語を読まずに、生きてゆくのはよくないことです。

  それは、たぶん傲慢で、そして不幸なことでしょうから。

  この本は面白いですよ、皆さん。力一杯、薦めます。







  2002.09.18

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