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つくづくやなタイトルだなぁ


棚ぼたウグイス


  どうでもいい話なんですがね。
  ある朝、起きてみるとウグイスさんの声がする。
  近頃、庭から良く聞こえてくるので、おや、またいらしたの?  と思っていると、今度はお向かいさんの裏の山から声がいたします。
  暑さは一段落したとはいうものの、まだむっとする空気を押し分けて出勤し、、冷房のせいなのか鈍く頭痛のする頭を抱えて働いて帰ってきてみると、やっぱりウグイスの声がする。
  ウチの梅の木で鳴いていやがる、ていうか鳴いていやがりなさる。
  絶妙に美しい声で、滔々と演奏をなさっている。ていうか鳴いている。思わず聴き惚れるほどの美声でございますな。音の伸ばし方や、音程の上げ下げがとてもキレイ。
  翌朝も聞こえ、夕方にもまた聞こえます。
  これは特等席。自宅にいながらウグイスさんの独演会を毎日聴けるとはなんと幸運な。偶然に大音楽家のコンサートチケット(しかもかぶりつき)が手に入ったようなものでございます。
  と思って毎日聴き惚れていたら、どうも幾日経っても鳴いているのでびっくり。
  これはもしや、ウグイスさんが引っ越していらっしゃいましたか?
  マジですかウグイスさんが御近所ですか。それってとてつもなくシアワセじゃござんせんか?
  なんと幸運な、と感極まってしばらく毎日聴き惚れていましたな。
  連日美声が耳に届く。この世を桃源の境地に変える法悦の声でございます。昼間はいないから仕方ないが、朝な夕なにウグイスの独演会が行われる。朝は寝ぼけ眼で布団にくるまったままぬくぬくとウグイスの声を聴き、夕には煙草片手にくつろぎながらウグイスの声を聴く。鳴く場所はころころ変わりますが、田舎のことでございますから何処で鳴いてもたいてい聴ける。裏の畑で鳴こうが、向こうの田圃で鳴こうが、道路向こうの裏山で鳴こうが、だだっ広い空間のひらけた田舎の田圃っぺたであるから同じことでございます。きっと川の上を渡って向こう岸のゴミゴミした住宅地の端にもウグイスの声は届いているでしょう。こちらの田舎側のように反響する環境ではないから、向こうの住人にはさほどはっきりとは聞こえないのかも知れませんがこれは僥倖。
  まさに豊かな暮らしでござんす。ほら、今日は休耕田の草の合間から滔々と響きを帯びて聞こえてくる。長く、短く、高く、また低く、速い調子で、また遅い調子で自在に鳴き声は伸びる。テンポを変え音階を変え、ある時はアンダンテのようにある時はアダージョのように。
  あぁ幸せ。なんてリッチな。これは豪華ですヨ。
  嬉しくなって、ウグイスの美声をバックに布団の上げ下ろしも楽しげになってきたりなんかして。どこぞの J-POP じゃありませんが心躍る毎日でございました。
  ところがその後猛暑があまりに連続して、暑さ凌ぎたしの思いが強まるばかりで不遜にもつい、ウグイスさんの美声に耳を傾けるのを忘れうっかり八兵衛と化しているうちにふと気がつくと、かの美しい声が聞こえない。
  ・・おや?  ウグイスさんの声がしませんヨ。この間まであれほどに毎朝、毎夕、心躍らせてくれたあの声は何処に?
  まさか暑さのあまりお亡くなりに?(←不敬)
「ウグイスさん、鶯さん」と呼んでみても
ワハハハハハハハハハとは声がしない。(それはコウモリさん())
  当然現れてくれません。
  悲しゅうございます。惜しゅうございます。
  もしかして・・今年の田舎のあまりに暑いのに嫌気がさして、また引っ越して行かれましたか?  
  あぁ、なんということ。あんなに美しい歌声がもう聴けぬのですか。あぁ、惜しいことをした、もっと連日、耳をダンボにして余すところ無く聴いておけば良かった、と思っても後の祭りで。
  心の底から感じ入る美しい声だったのに、来る日も来る日も、待てど暮らせどもはや聴こえてまいりません。
  がーん。
  後悔先に立たず。覆水盆に返らず。一期一会。逃げた魚は大きい(鳥ですけど)。
  なにを云っても聴こえてこない。せっかくの幸せだったのに・・。あぁ、あの美しい声色は耳の奥の想い出に残るばかり。
  耳を澄ませば記憶の奥から聴こえてきます。ホ〜〜〜〜〜〜〜、ホ〜〜ホ〜〜ホ〜、ケきょケきょケきょケっきょ♪  ・・・文字にするとバカみたいですな。止めておきましょう。
  惜別の思いにはらはらと落涙しながら暮らしておりましたがそうこうするうちにお盆が過ぎ、季節は残暑を迎えようとしております。
  なにごとも縁でございますから、一時の縁、と思って涙を呑みましたが思い起こされるのは貴い鳴き声ばかり。トリさんごときに万感の思いでございます。なんですな、棚から見つかったボタ餅は喜んでいる内が花、過ぎてしまえば返す返すも貴重な体験というものでござる(なんのことやら)。
  かくして渡り鳥のよーなウグイスさんは一夏の想い出と化し、右往左往する人間の前に棚から落ちたぼた餅は、いつのまにやら消えてしまっていたのです。
  やんぬるかな消え去りし時、美声は盆提灯の薄明かりの向こう、かそけき彼方に消ゆ。

  管理人、夏の鶯の声を惜しむ、の一席でございました。




また来ないかな  (2004/08/25)



註:テレビ版「黄金バット」。古い。古すぎる。




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