尺八おぼえ書き  

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尺八はおもしろい

尺八はおもしろい楽器です。適当な長さの竹の節を抜いて竹筒を作り、その一端を斜めに切って吹き口とし、後は五つの指孔を開けただけでおわり。という素朴な竹笛なのに、その遊べ方というものには計り知れないものがあります。

特に本曲(虚無僧が吹いていた尺八
soloの曲)においてはそのシンプルな楽器ゆえの限られた制約の中で本当に素晴らしい指使いや息使いを生み出しています。

この単純なものを無限に遊ぶというところは日本文化のひとつの大事な要素で、尺八はそれを象徴しているようにも僕には思えるのです。それは演奏上だけでなく尺八作り(製管)にも言えます。

先ほど「遊ぶ」という言葉を使いましたが、本当は演奏、製管、共に難しすぎて遊びを通り越して「あぶら汗タラタラ」と言うことがほとんどなのです。

これは不可能なことですが100%完全な演奏や製管が出来たとすると、それはもう、「おもしろい」とか「遊び」と呼べるものでは無くなっているでしょう。

だから、吹いても作っても先がいつまでも見えない尺八という楽器は僕にとって無限におもしろい楽器であるという事になっているようです。又それは尺八だけでなくすべての仕事や遊びについても言える事ではないかと思っています。    
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尺八で怒られた話

 自動車の整備工をやっていた頃、工場のほうきを切って小さい尺八を作った事がありました。

そのほうきを切るのに使ったノコ(ノコギリ)が木工屋(トラックの荷台などを板張りにしたりする仕事)のものを無断で拝借してきたもので、ちゃんともとどおりにしておいたつもりだったのですが、次の日、どういう訳かばれていて、「だれや、このノコ使うたんは!!」と、えらい勢いで怒られました。

「何で解ったん?」と聞いたところ、やっぱりプロの木工屋ですね、いつも木を切っているノコギリで堅い竹を切ったので、ノコギリが刃こぼれして切れなくなってしまっていたからだそうです。「ウ〜ン、竹はすごい材料やな」と、見当はずれなところで感心した事を今でも覚えています。

ちなみに、仕事で使っているノコギリは切れなくなったら目立てもしてもらえる竹専用の弓鋸(鉄鋼用のような形)を使っています。     
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竹はよく燃える話

 尺八工房(玉井竹仙工房)で丁稚をしていた頃、二階で仕事をしていると、ベランダで天日に干してある竹材を見に行っていた(きれいに干しあげるために向きを変えたり雨が降るとビニールをかけたりする。)福地さん(丁稚)が突然大声で「火事だ〜っ」と叫びました。

僕たち作業中の丁稚一同は「どこや、どこや」と火事場見物気分でベランダに飛び出していくと、なんと煙をモコモコ出しているのはこの家だったのです。

二階の仕事場にも屋根伝いにうっすらと煙が伝ってきていました。慌てて皆で一階におりていくと火元は庭伝いにある竹置き場です。閉まっている戸の隙間から煙がモクモクでています。

僕たちは庭の池からバケツリレーで閉まっている戸の上から水をかけますが埒があきません。すすむさん(竹仙二代目で素晴らしいアイデアマンでしたが病気のため亡くなられました)が思い切って戸を開けると「ゴ〜〜ツ」と言うものすごい音とともにとぐろを巻いて炎と熱が噴き出してきました。

その熱と炎のすごさに煽られてか僕たちも一段と激しく水をぶっかけ続けました。おかげで消防車が来たときにはほとんど鎮火したようでしたが火事は恐ろしいもので家のいろんな所を伝ってブスブスとくすぶっていて消防の人たちは天井裏やいろんな隙間の火を消していきました。

やっと消えたと思った頃どこをどうやって引火したのか隣の家の木の壁からうっすらと煙がでていました。その火が消えてやっと火事はおさまりました。後で警察の人が色々調べていましたが、火元は竹の倉庫で原因はタバコでは、という事でした。

もちろん僕たちは身に覚えの無い事なのですが竹仙先生から「タバコを吸うもんは十分に気いつけてや」と注意を受けました。僕を含めてタバコを吸っていた何人かの丁稚は「は〜い」と元気のない返事をしました。

この事件である事を思いだしました。昔僕の家の風呂は木を燃やして湯を沸かす方式のものでした。その頃父から「竹をくべたら(燃やしたら)釜に穴があくでえ」と教えてもらった事です。

竹仙工房での火事はその言葉を体感できた貴重な体験であり又大変エキサイティングな出来事でもありました。     
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尺八の息漏れで困った話

僕はNHK邦楽技能者育成会27期の卒業生なのですが、卒業演奏会の一週間ほど前でした。

卒業演奏会で使う2尺4寸(
A管)の「乙ロ」の鳴りが「気が付くと」悪くなっていたのです。

「気が付くと」なぞと変な書き方をしましたが本当にあれっ!という感じでした。全く鳴らないのではなく、唇の調子でも悪くなったのかな、と思う程度の鳴りの悪さなのですが、本番で使うにはそれでなくても心配なのにあまりに危険です。

以前玉井竹仙工房で尺八管内の小さな小さな穴を漆でふさいで一発で「乙ロ」が鳴るようになった事を思い出しました。とりあえず洗面所に行って楽器全体をびしょびしょに濡らして吹いて見ると、息漏れ説は大当たりで、良く鳴るようになりましたが、どこから漏れているのか解りませんし、水が乾いてくると又鳴りが悪くなってしまいます。

とにかく本番まで一週間、時間の猶予はありません。水浸しにすれば鳴るのだからと、家に帰ると早速管内に漆を塗りました。一回だけだと心配なので、次の日二回目を塗りその次の日吹いて見るとめでたく元の鳴りに戻っていました。本当に冷や汗ものでした。

本番も何とか無事の終わってゆっくり調べてみると息漏れは7孔尺八にするために中継ぎ部分に開けている指穴からのものでした。

その後何本か同じ症状の楽器を修理しました。ある時などは依頼者から電話で症状を聞いただけで、「7孔にしてらっしゃる、ふむふむ、なるほど、わかりました。」などと、ものすごくええかっこうが出来て気持ちよかったことを思い出します。

この息漏れは7孔尺八を使っておられる方には特に気をつけてもらいたい故障で「最近乙ロがちょっと鳴りにくいなあ。唇の調子でも悪いのかなあ。」くらいにしか感じない場合が多いようです。

中継ぎに開けている孔をよく掃除して、よ〜く見るとうっすらと漆にヒビ割れが見える事があります。ヒビが見付かっても必ず息漏れしているとは限りませんが、可能性はありと言う事です。

場合によりますが瞬間接着剤でも修理できますよ。(瞬間接着剤はスルスルと流れ込みやすいので管内に入ってしまわないように気をつけてください。)         
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