水道管尺八と新学習指導要領

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これが水道管尺八 良く鳴ります。

 ひょんな事から

’97年12月6日、PTA関係の依頼で、近所の所沢北小学校に演奏(生徒向け)に行った時、普通の竹の尺八の他に、日ごろから「広まると面白いだろうな」と思っていた水道管尺八も持って行って吹いたところ、これが予想以上に先生方の興味を引いたようで、演奏後に作り方を聞きに来られたり、楽器をさわってみたりと、大変面白がってもらえました。

今年(’00)になって所沢北小学校の音楽の増田先生(女性)から連絡があり、所沢市教育研究部に於いて2002年スタートする新学習指導要領に向けての話し合いの中で、経緯は聞いていないので解りませんが「水道管尺八はどうか」というような事になったらしく、12月に所沢市内小中学校(小学校が33校、中学校が15校、両方で48校もあるそうです。)の音楽の先生のために、尺八の演奏、楽器の説明、水道管尺八の作り方、などの講習会をお願いしたいとの依頼を受け、面白そうなのでもちろんOKしました。

それから又しばらくして、「見本の水道管尺八があった方がいいと思うので、講習会までに日を設けて何人かの先生に水道管尺八の作り方を教えてもらえれば、後は必要な数を私たちの方で暇を見て作ればいいのでは」とのお話があり、僕も「それはいい考え」と、必要な材料や道具を知らせ、日時を決め、水道管尺八作り講習会が決定しました。目次へ


水道管尺八作り

いよいよ当日(10月11日)、晴天、PM3:00、市内中学校の工作室、僕は一人の男性を含む10人程(申し訳ないがよく覚えていない)の音楽の先生方と対面したわけです。増田先生の足元の紙袋には、予定どおりの長さ(54センチ)にカットされた塩ビ管がなんと48本。「えっ!これ全部作るつもり?」と感じた僕は「全部作るのはとても無理なので、とりあえずこれから一本見本に作ってみますので、後は皆さんで作り方を覚えながら何本か完成させることにしましょう。」という事で作業は始まりました。

水道管尺八はものすごく簡単な構造です。指孔を開けるのは、ボール盤という便利な道具が用意されていたので問題はありませんでしたが、唄口(マウスピース)の部分を作る作業には形状(唄口の角度や深さ等)を覚えてもらうのも難しいのですが、それよりもノコギリとヤスリの使い方に慣れている必要があります。(それもかなり高いレベルで)特に舌面(吹き口の斜めに切ってある部分)のヤスリがけは僕がやっても結構手間がかかります。そのヤスリがけの前にノコギリでおおよその所まで切り落とす工程がありますが、それが上手く切れていないとヤスリがけはもっと大変になってしまいます。かといってその作業を僕が全部やっていては、仕事も覚えられないし、時間もかかるし、僕の来た意味もありません。結局ヤスリがけは僕がやった方が安全、と判断して、先生方にはノコギリの作業をお願いする事にしました。ノコギリの作業は思ったより上手く出来てきましたが、やっぱりヤスリがけの方は想像以上に手間がかかります。(竹と違って塩ビはヤスリがけが難しい事も相まって。)ノコギリ工程を終えた塩ビ管がどんどんヤスリがけの工程にまわってきます。周りを見渡すと男性一人をまじえた音楽の先生方がもくもくと作業をされています。しかもかなり気合が入っている様子です。中学校の工作室は尺八工場と化していました。



尺八工場と化した中学校の工作室

僕の指がハードなヤスリがけのため痛くなってきた頃、先生方の方から「今日習っただけでは、ヤスリがけなど難しい作業がいっぱいあるし、自分たちだけでは出来そうにない。かといってもう一度集まることは非常に困難である。最後のサンドペーパーでの仕上げは自分たちで出来ると思うので、その前の段階まででいいので今日中に48本作れないでしょうか。」という、ものすごい提案がありました。夜中まで作りつづけるのなら可能ですが、そういう訳にもいかないらしいのです。「なんぼなんでもそれは無理です。」(正直なところ)と答えましたが、一生懸命な先生方の熱意に押されたこともあって「でも、出来るだけ作ってみましょう。」と、言葉を付け加えました。

そう答えてしばらくしての事です。 見つけました。 見つけました。グラインダー。工作室の隅っこに立派なグラインダーを。「これだ!唄口のヤスリがけの代わりをグラインダーで。」と、やってみると、ものすごく簡単 簡単、それにキレイキレイ、見る見る出来上がります。「この調子でいけばもしかしたら48本全部出来るかも!!」時間的にもPM7:30には終わりそうです。そのことを告げると皆も一段と活気づいたようです。唄口部の作業も順調に終わり、指孔の位置決めのための物差しを作ったり皆でいろんな作業を分担してあれよあれよと出来上がっていきます。指孔をボール盤を使って開ける作業はちょっと危険なので、僕がやりました。なんと開けた穴の数は全部で240個。開いた穴の内側をサンドペーパーがけする工程まで始まっています。休む事も殆んどなく、作業は進み、そしてPM7:00仕上げ前の段階ではありますが、何とか楽器らしいものが48本完成しました。予定より早く終わって、ちょうど4時間で48本、なんと1本5分の勘定です。こんな事をやった人は何処にもいないと思いますが、ギネスブックものだと思います。

とにかく皆の熱気のおかげでものすごい事ができてしまいました。「笛を自分で作ったのは初めて」と、大喜びの先生や、早速プープーと尺八を吹き鳴らす先生やらで、疲れも吹き飛んでしまいました。参加された方が全員音楽の先生という事もあったと思いますが、楽しく笛を作っておられる姿を目の当たりにして、楽器作りの楽しさを改めて実感しました。次の予定である12月の講習会はどんな事になるのか今から楽しみにしています。目次へ

講習会当日 12月12日(火)晴天

いよいよ今日は所沢北小学校で「尺八の紹介と水道管尺八の作り方」の講習会です。

その前に言い訳になってしまいそうですが聞いてもらいたいことがあります。

オーケストラアジアの仕事で12月の1〜7日まで韓国、7日に帰ってきて8日が東京公演でしたがまず4日に韓国で「肉離れ」をやってしまい、(場所は楽屋。原因は恥ずかしくて言えない。まだ完治していない。)その上7日には風邪をひいてしまうというていたらく。(プレーヤーとしてあるまじき、ずさんな肉体管理でした。)も一つおまけに16日本番の演奏会の準備。(これがまた楽しいけれど結構大変)というような訳で殆んど講習会の準備は出来ていませんでした。(言い訳でした。)

昼近くに起きて「よし、出たとこ勝負!!」と変な気合を入れて、講習会の準備にかかる。いつも仕事で使っている尺八が10本ほど入ったカバン、本曲を吹くために愛用の2尺6寸管と2尺1寸管、塩ビ管いろいろ(16日に演奏会で使う1尺8寸で指孔がドレミに並んでいるやつも。)パンフルート、ケーナ、尺八用竹材のまっぷだつに割れたもの(竹の中の構造を見てもらうため)前に邦楽研究所の講師をしたときに使ったノート、小泉文夫著 日本の音(青土社)、などなど思いつくままに、ずた袋に放り込んで愛車ジムニーを蹴って出かけていきました。

早めに着いたので校長室でお茶をよばれてから、いよいよ会場に案内され本番です。会場の外のテーブルには、出席された先生方のために増田先生が作ってくださった、「尺八の作り方」素川欣也著というとても綺麗で良く出来た小冊子が置いてあります。(うれしい)

30人位音楽の先生が集まっておられたでしょうか、学校に行っていた頃は遊ぶばかりで勉強が大嫌いの僕がこんなにいっぱいの先生方の前で講師として立っているという状況を考えるとなんかみょうな気持ちになりましたが、「よし、出たとこ勝負」と、今一度気合を入れて、講習会が始まりました。目次へ

講習内容

さて、と、何からしゃべろうかと考えましたが、ま、とりあえず尺八を聞いてもらおうと、少し尺八本曲(虚無僧の吹いていたSoloの曲)の説明をしてから、本曲の中でもシンプルな作りの「調子」を吹きました。いい拍手をもらって気をよくしたせいか、出たとこ勝負で行き当たりばったりのとりとめの無い話が始まりました。今思い出そうとしても何をしゃべったのか断片的にしか思い出せません。言いたかった事はだいたい次のような事だったように思います。(講習会で言い忘れた事なども書きだしてみました。)

小中学校の音楽教育に邦楽器を取り入れるという事は日本の伝統音楽や伝統楽器の持つ性格から日本文化の素晴らしい所を知ってもらうのに大変いい事だと思います。

日本の楽器が昔のままの形態を頑なに守ってきている事や、日本の伝統音楽に多く見られる一つの音や間(音と音の間、音の無い部分)が非常に大事にされている事も日本文化の面白い所だと思います。

伝統楽器には素朴で簡単な構造のものが多いのですが、伝統音楽にはその簡単な構造ゆえの制約の中でいかに遊べるかという事を考え続けてきた歴史があるように思います。中でも竹の節を抜いた筒をプーッと吹くだけの尺八には特にそういう要素を強く感じます。

尺八は「首振り3年」などとよく言われ、大変難しい楽器だと思われているようです。確かに、リコーダーにくらべると、音を出すのに少しコツがいりますが、そんなに難しいことではありません。ただ、いい音を出すには一生をかけてもまだ足りない、限りなく長い道のりがあることも特に最近実感しています。でもそれは、尺八に限らずすべての楽器に同じ事が言えると思います。(もちろんリコーダーも)だから「尺八だけは特に難しい。」などと思っておられる方は、まずその先入観を取り払っていただきたいと思います。

尺八の音階
尺八は基本的に指孔が5つ(近年は7孔で下からミファソラシドレミと並んだものも使われている。)で標準の1尺8寸管の音階は D.F.G.A.C.D となっています。指孔を半分だけふさいだり息の入れ具合を変えたりする事で5音階以外のすべての音を(約2オクターブ半ぐらいの音域内に限られますが。)出す事が出来ます。

演奏上の特徴
西洋のフルートのような横隔膜を使ってのビブラートは古典には無く、首をすこし縦または横にゆすって息の当たりを変えながら行なうビブラート(ゆり)を使います。タンギングも古典にはありません。例えば、指孔を全部塞いだ音を区切りたい場合(タンギングでいうとtu tu tu )は息は区切らずに下から2番目の孔(第2孔)を素早く開け閉めします。(1回の開け閉めがtuにあたる)他にも開いている孔をポンと打ったりなど、いくつかの方法があります。すりあげ、はある音から一つ上の音に移る場合に指をすりあげるようにして無段階のポルタメントをつける技巧です。他にもコロコロ、カラカラ、等、尺八ならではの奏法があります。

音色の使い分け
尺八の吹き口(唄口)は、ちょうどリコーダーの吹き口のジェットの部分を切り捨てたような形をしています。ジェットの部分の代わりを自分の口で作っている為に音色もいろんな風に変えることが出来ますし(澄んだ音から風のような音まで)音量のコントロールも大変やりやすい楽器です。

そのように習熟してくれば本当に多彩な能力を発揮してくれる楽器ではありますが、僕が今回、水道管尺八を紹介する訳はそんな難しい要求をしているのではなく、もっともっと単純に「竹筒を吹いたら音が鳴った。」というレベルでの尺八というものを理解してもらいたいということなんです。

僕の場合尺八音楽、特に古典本曲をやっていますと、素朴な素直なシンプルな自然な音を求めて、どんどん昔へ昔へとさかのぼって行きたくなる傾向があります。そしてどんどんさかのぼって行きますと「竹筒を吹いたら音が鳴った。」という所にたどり着いてしまうんです。そこには、子供の頃,何か「わあ〜っ」と思わず声が出るような初めての経験に出会った時のような感じがあるように思います。何が言いたいかと言いますと、「竹筒を吹いたら音が鳴った。」「わあ〜っ」の延長上に古典本曲があるのではないかという事と、本来日本人はそういった素朴な素直なシンプルな自然なものをなるべく手を加えず上手に育てていくのが大変得意な(好きな)民族だったのではなかろうかという事なんです。


だから「竹筒を吹いたら音が鳴った。」「わあ〜っ」を感じてもらう事は日本の音楽や楽器を理解する上においてすごく大切な事の一つだと考えています。そんな尺八のもつ面白さを楽しく生徒たちに伝えるのに、作って吹ける水道管尺八がいいのではないかと考えています。

水道管(塩ビ管)尺八について

本当は竹で作った方が面白いのですが、竹は入手が難しい事や個々のばらつきが大きくて(竹材の内部の形状等)鳴らしにくいものができやすい事など、大勢で作るのにはあまり向いていないと思います。

塩ビ管は何処でも簡単に手に入れる事ができますし材料費も格安です。(500円で2本できます。)

材料のばらつきが無いので、品質の安定した尺八をたくさん作る事が出来ます。

楽器として見ても、とても鳴らしやすい尺八が出来ます。

塩ビ管尺八の製作については竹のように割れるという心配はありませんが、唄口の部分(グラインダーがあると便利)や指孔(ボール盤があると便利)については危険がともなうので技術の先生などと相談の必要があります。

注意(重要)

塩ビ管尺八を作ったあとの削りくずなどのゴミは燃やすと大変危険な(発ガン性や胎児の健康への悪影響等)大変危険な毒が発生するので、必ず「燃やさないゴミ」として処分しなければなりません。(本当はもっと安全な材料があればいいんですが。)目次へ

みんなで尺八を吹く

ホワイトボードに唇の形や息をあてる場所などを絵に書いて、先生方全員で尺八を吹く練習をしました。この間48本の水道管尺八を一緒に作った先生方や全員が音楽の先生という事もあってか、最初から鳴っている方も結構おられました。僕がすこし指導しただけで鳴り出す方も結構いました。ふーふー、とかすーすー、という音も音のうちです。時間的にもあまり余裕がないので先に進んで、2つの音で構成されている「かーりーかーりーわーたーれーーー」という曲をみんなで吹いてみました。ちゃんと
皆の尺八からその曲が聞こえてきます。たいしたもんです。これでいいと思いました。


生徒に指導する場合も先に書いたような日本音楽や尺八のお話の他に水道管尺八作りと「雁雁渡れ」が吹ければ十分だと思いますがもう一つ大事な事があります。それは、いい演奏を聞いてもらう事です。いい演奏を聞く事によって習った事、作った事、吹いたことが合わさっていい感じになるのではないかと考えています。

終わりに

こうやって考えながら書き出してみても断片的でとりとめのないお話なので、講習会の時はさぞひどかっただろうという気もします。これから先どういう風に展開していくのか、または展開しないのかはよく解りませんが、音楽の先生方と一緒に尺八を作ったり吹いたり、大変楽しく面白い時間を過ごせたことは僕にとって一つの宝になりました。ありがとうございました。
また何か進展がありましたら、続けてUPしていきたいと思います。目次へ