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復活!  魔人V




  Episode.1  ヴィクトール


  三百年前のことである。

  彼の国は王が代替わりして、宮廷の抱える占星術師、錬金術師、魔法使いの多くが追放されて、代わりにスキタイの技を学んだという大魔法使いが一派を引き連れて宮廷魔道師の座に収まった。

  新王が、占術や魔法を主として政敵の駆逐に使ったために、それまでの王に仕えていた魔法使い達が大挙して辞めていったのだという話もある。

  しかしいずれにしても庶民の生活にそれは関係ないことだったので、都は姿勢のよくわからぬ新王に少々怯えながらも大いに栄えた。

  宮廷の魔法使い達の出処進退など、夜の酒場の噂にはなっても人口に膾炙することはなく、一時の話題となって消えていくのみであったのだ。

  しかしながら追放されたのだか、辞めていったのだかした占星術師、錬金術師、魔法使い達の中には密かに国外に出た者もあって、中には受難の憂き目を見た者もいた。

  かつて、前国王の元にその幼き時は家庭教師として、若き時は右腕として、老いては懐刀として庶民の見知らぬ闇の世界におおいに名を轟かせた国一番の大魔道師アステロの弟子、ヴィクトールがそれであった。

  ヴィクトールは冗談好きで、気性優しく、誇り高く、鋼のような見事な肉体と優れた魔法の知識を持ち、深い智慧と勇気を備えた上、比類無き魔力を持って生まれた天性の魔法使いであった。

  若い頃は少々天狗になっていたが、アステロに弟子入りしてからはことごとくその鼻っ柱を折られ、罪を知り、力を知り、魔法の真なる力を得て地、水、火、風、太陽と月と星々の御名の下にあらゆる魔法の神髄を用いて前王によく仕えた。

  時には外国にまで現れてその魔法の力を使い、ただならぬその魔力にアステロに並ぶ大魔道師と称された。

  しかし新王との間に何があったのか、亡きアステロの座を継いだヴィクトールは王の交代後宮廷を離れ、各地を彷徨っておそらくは新王の密命の下に遣わされた剣士、魔法使い、暗殺者の襲撃を受けた。

  襲撃はいつも人目を忍んで行われたため、またヴィクトールが襲撃のあるを知って人目を避けて旅したため多くの国民に知られることはなかったが、この時彼の大魔道師は受難の憂き目に遭っていたのである。

  窮地を知らされわざわざ駆けつけた、遠い島国の魔法使いに助けられ、国外どころか海外を目指して国を出、魔物、山賊、精霊の跋扈する山中を旅してさえ、刺客に襲われる日々が続いた。

  そんな時である。

  ヴィクトールは夜半の山中に野営して、眠ろうとしたところを襲われて七面六臀の活躍のあげく、遂に敵を駆逐して後、茂みの奥に気配を感じて、追われる暮らしにすさんだ目を向けて誰何した。

  いままた我を狙うものありやと思いきや、現れたのは黒髪の、見慣れぬ合わせの煤けた赤い服を着た、ほんの小さな子供であった。

「マーリン!」

  と叫んで彼は遠い異国より馳せ参じた友を呼んだ。

  駆けつけたマーリンは子供を見て驚き、この服の絵を見たことがある、といった。

「これは遠い東の果てにあるという、島国の者が着る服だ。ヴィクトール、聴いたことがないか?  おまえの国に先月遣わされたという、ヤポンから来た剣士達の話を?」

  ヴィクトールは知っていた。はるかヤポンから使節団として訪れた奇妙な服装の剣士達の話を。そしてその使節達が、新王に首を打たれたということも。

「逃げ延びた者がいたんだ!」

  マーリンは興奮して叫んだ。

「王の手を逃れ、港にも行けず、命からがら逃げ延びた者がいたに違いない。我々と同じ身だ。その連れの子供ではないのか、ヴィクトール?」

「なるほどそうかもしれない」

  ヴィクトールは答え、持っていた剣を納めて辛抱強く子供を呼んだ。子供は長い時間の後に寄ってきたが、言葉は通じず、二人の男を前にして泣くばかりであった。

  二人は子供の頭を撫で、安心させてやってから、親か、連れの者を探したが、夜の闇もあり、近くには誰も見つけられなかった。

  やがて眠ってしまった子供を抱えて、まんじりともせずに夜を明かした二人は里へ下りて子供のことを訊ねたが、ついに連れは見つからなかった。

  子供をどうするのか、迷っている内に二人は再び襲われ、子供連れのこともあって苦戦のあげくに、ヴィクトールは怪我を負った。

  無論のこと、魔法で不老不死を得たほどのヴィクトールであったから、怪我などは呪文の一つで治るようものであったのだが、不思議なことには子供がとことこと寄ってきて、彼の怪我をした腕に小さな手をかざし、くるくると回して舌足らずな声で言った。

「ちちん、ぷいぷい」

「チチン?」

  ヴィクトールがいぶかしむのも構わずに、子供は手をくるくるとまわして、

「たいの、たいの、とんでけー」

  と言った。

  二人は顔を見合わせて、やがてそれが治療の呪文なのではないかと言い始めた。

「ヴィクトール!  この子はきっとヤポンの魔法をとなえているんだぞ!」

  そういって、マーリンは笑った。

「きっとおまえを治そうとしているんだ。大魔道師のヴィクトールを!」

  マーリンは笑い続けたが、ヴィクトールは笑わなかった。惚けたような顔で子供を眺め、ちちん、ぷいぷい、たいの、たいの、とんでけー、と子供が言うのに小声で倣った。

「チチン、ブイブイ、タイノー、タイノー、トンデケー」

  やがて子供は、血が止まらぬのに泣きそうになったが、ヴィクトールが微笑みかけたので涙を堪えた。

  ヴィクトールは小さな、小さな声で呪文を唱え、精霊にマナを与えて怪我を治した。

  子供は両手を上げて喜んだ。

  ヴィクトールはヤポン語を一切知らなかったので、感謝の代わりに盛大に頭を撫でて礼をした。子供は最初嫌がったがヴィクトールがにこにこしているのでやがて笑い始めた。ヴィクトールはマーリンに言った。

「マーリン!  この子は良い子だ。我々はこの子の連れを探すか、国へ送り届けてやろうではないか」

「なんだって?」

  マーリンは戸惑って説得を試みたが、ヴィクトールは耳を貸さなかった。この子の連れが見つからないのは、我々の追っ手に捕まったせいかもしれぬのだ、そうだ、都に戻って、ヤポンの使節達がその後どうなったのか調べようではないか、まだ宮廷に知り合いはいる。あるいはこの子の連れがわかるやも知れぬとまで言い出す始末であった。

  マーリンはほとほと困った末にこの小さな同行者を承諾したが、ヴィクトールの望みは叶わなかった。

  幾日もせぬ内に、都へ戻らんと旅する彼らを、宮廷の魔法の主となったスキタイ渡りの魔法使いが襲ったのである。

  人も通らぬ険しい渓谷を通ったのが災いした。

  四方八方から襲う雷、炎の矢、召還された地獄の番犬等にヴィクトールとマーリンは苦戦した。昼のただ中に天を黒雲が覆い、山の山頂から裾野までを隠して雷鳴が鳴り響き、近辺の者を恐れさせたが、騒ぎが宮廷の貴族達に伝わることはなかった。

  幾百の魔獣を倒し、雷を薙ぎ払い、魔の眷属を精霊の炎を纏わせた拳で打ち、魔文字を刻んだ剣で斬り倒した後に、二人は魔道師の逃げ去るのを見た。

  空には黒雲がまだ残っており暗く、大気には魔法合戦の名残りの金臭い煙が漂っていた。

  折り重なる魔物の死体の中に、ヴィクトールはヤポンの子供を見つけた。火傷を負い、顔色の変色した子供に息はなかった。

  ヴィクトールは慟哭した。

  獣のように雄叫びを上げて、彼は切り裂かれたマントを翻し、さっきまで地上に落ち続けていた稲妻を逆にしたように天に昇った。飛行の結界が張られ、空気をつんざいて彼は空を飛んだ。空中を城へ逃げ帰る魔道師を見つけると、傷ついた自分の腕に、脚に、怒りと涙を漲らせて高速に呪文を飛ばし打ちかかった。

  天が吼え、闇が凝り、幾百幾千の雷鳴が小さな空間を地獄に替えた。

  互いに魔法を飛ばし、抑え、最後には手足を持って掴み合った末に、ヴィクトールは魔道師の躰を白い炎で燃やし尽くした。

  魔法の光が消え去った後には、ヴィクトールの他に、なにも残ってはいなかった。

  渓谷に戻り、ヴィクトールは小さな子供の躰を大きな腕に抱き上げた。マーリンが言った。

「わたしの知る限りの呪文は尽くした。ヴィクトール、この子供はもう生き返らない。天に召されたのだ」

  ヴィクトールはマーリンに吼え、術を尽くして子供の傷を癒し、魂を呼んだ。

  傷は治らず、魂も戻らなかった。

  ヴィクトールは涙も涸れ果て、小さな声で呪文を唱えた。

「チチン、ブイ、ブイ。タイノー、タイノー、トンデケー」

「チチン、ブイ、ブイ。タイノー、タイノー、トンデケー」

  傷は治らず、魂は戻らなかった。

  ヴィクトールの大きな体は小さくかがんで、力無く、やがて子供を地に横たえた。

「マーリン、わたしはなんという愚か者だろう」

  天を仰いで、ヴィクトールは言った。

「わたしは天地の秘力を操り、空をねじ曲げ、精霊の力を拳に込めて彼の魔道師を倒した。だが、異国の子供を死なせてしまった」

「ヴィクトール、しかたのないことだ」

「わたしは寄る辺なき異国の迷子を死なせ、いままた魂を呼び戻すこともできない」

「ヴィクトール、しかたのないことだ」

「この子の、わたしを癒さんと唱えてくれた呪文も、わたしには使えなかった。子供は死んでしまった」

  ヴィクトールの目から、涙は出なかった。

「わたしの何処が大魔道師なのだろう。天地を動かすとも、子供一人救えないではないか。わたしの何処がアステロの偉大な弟子なのだろう。地、水、火、風、太陽と月と星々の力を得ても、子供一人救えないではないか。どうしてわたしが魔法の力を誇れるだろう」

「ヴィクトール、自分を責めてはいけない」

「いいや、マーリン、わたしは責められなくてはいけない。せめて罪を負わなくてはいけない。わたしは魔法の力を憎む。わたしは争う力を憎む。わたしは邪な心を憎む。いまわたしは、魔法を持って魔法の力を封じる。これより後、わたしは罪を負って生きよう。魔法など使わずに、生きている人の役に立とう」

「ヴィクトール、魔法を捨ててどうするのだ。魔法無くして、どうして人々の役に立てよう。魔法のどうしても必要なとき、おまえのような魔道師がいなくてどうするのか」

「ならば、マーリン、わたしは封じた魔法に呪文を施す。この呪文のもし唱えられることがあれば、天と地と星々との契約に基づき、わたしはふたたび魔法を得る。だが、それが必要な時はないだろう。無垢な心の、邪な魔法によって滅ぼされんとする時にしか使うまい。決して使うまい」

  そうしてヴィクトールは魔法陣を描き、呪文を用いて呪文を封じた。呪文を唱えねば呪文が使えぬように、天と地の星々の中に自らの魔法を封じた。

「わが聖なる力よ、もし我が唱える時在るまでは、魔力を地に吸い、空に納めよ。この呪を用いて魔力を封じ、この呪を用いて魔力を呼び、得さしめん。天と地と星々の御名において、わが魔力を封ぜよ。チチン!ブイブイ!」

  ヴィクトールは唱えた。地に横の魔法陣、空に縦の魔法陣が浮かび上がり、青い炎を発して燃えた。

  後には大きな男と、遠い国の魔法使いが残った。

  その後のヴィクトールの行方は、誰も知らない。







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